見もの・読みもの日記

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鮮血の少年英雄/映画・山中常盤

2005-05-02 23:59:14 | 見たもの(Webサイト・TV)
○岩波ホール 映画『山中常盤~牛若丸と常盤御前 母と子の物語』

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 昨年、千葉市美術館の『岩佐又兵衛展』に行ったとき、ちょうどこの映画の上映イベントをやっていた。しかし、ふーん、絵巻をそのままフィルムに収めた記録映画か、というくらいで、あまり関心は湧かなかった。

 そうしたら、先週末、実家の母から電話があって「あんた、『やまなかときわ』って映画の前売券があるんだけど行かない?」と言う。やれやれ、物好きな母親だなあと思いながら、せっかくなので最終日の最終上映の回を見に行った。

 会場には監督の羽田澄子さんがいらしていて、この映画を撮るに至った経緯をお話してくださった。1960年代に洛中洛外図屏風を撮ったとき、照明を当てたり、細部に寄ったり、カメラのフレームを通して絵画を見ると、全く違った表情が見えることに気づいて、ぜひ絵巻を撮りたいと思ったこと、1980年代にMOA美術館に『山中常盤絵巻』撮影の許可をもらい、1994年に撮影を行い、いろいろあって、ようやく昨年(2004年)完成したこと、などを伺った。

 そうか。照明を当てたり、細部をクローズアップすることって、絵画の見方としては邪道のような気がしていたけど、そんなふうに思わなくていいんだな、と思ったら、ちょっと気が楽になった。

 『山中常盤』は、元来、義経を主人公とする古浄瑠璃である。曲は絶えてしまったが、詞章は絵巻とともに伝わっている。そこで、映画では、文楽の鶴澤清治が新たに曲を起こし、呂勢大夫が語っている。これがすごい。「岩佐又兵衛も天才だが、鶴澤清治も天才である」というのが、いまさらながら、私の発見である。

 物語は以下のようだ。義経の母、常盤御前が、旅の途中、山中の宿で盗賊たちに衣を剥がれ、惨殺される。その晩、義経の夢枕に常盤が立つ。母の死を知った義経は、ひとりで6人の野盗を殺害し、母の仇を討つ。

 前半は、比較的、聞きなれた文楽の節回しに近いので、頭の中に文楽の舞台や人形の動きが、はっきり浮かぶ。あ、ここで場面転換だな、とか。瀕死のくどきとか、見得を切るところとか。後半、義経が復讐を誓って奮い立ち、豪華な小袖を座敷いっぱい並べて、盗賊をおびき寄せようとするあたりからは、オリジナルな要素が強いんじゃないかと思う。華やかで、凄惨で、生気に満ちた三味線は、又兵衛の濃密な絵に一歩も負けていない。絵筆の天才と音曲の天才の一騎討ちである。

 画面では、少年・義経が、あっという間に6人の野盗をめった斬りにしてしまう。返り血も浴びず、白面の頬を上気もさせずに。飛び散る鮮血。バラバラになった死体。千葉市美術館では意識的に展示から外されたのではないかと思われる残酷シーンだ。

 又兵衛は、幼い頃、信長の軍勢によって母を惨殺された。その記憶が、母のために復讐する少年・義経の物語を絵巻に描かせたのではないか。映画はそのように語っている。そうかもしれない。しかし、そうでなくてもいい。「母のために復讐する少年」の物語には、何か、又兵衛という個人の記憶を超えて、神話につながる欲望があるように思う。
コメント (4)
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