ツイッターを中心に反響を呼んでいる、日経ビジネスアソシエ1月18日・2月1日合併号掲載の河野章宏・残響社長インタビュー。2004年、資金10万円でスタートした音楽ビジネスが、この逆風の中昨年(2010年)に5億円の年商を稼ぎ出すまでの、その方法論というか、思想を熱~く語っていただきました。

 おかげさまで普段はあまりアソシエを読んでいないと見受けられるお客さまにまで、お買い上げいただいているようです。実はこの日のインタビュー、2時間を超える長丁場でした。誌面の都合で泣く泣くカットした部分が7割近くもあったのです。そこで、ご愛読いただいた読者の皆さまへの感謝の気持ちを込めて、お送りいたします。「河野章宏の音楽ビジネス革命・B面」。

(聞き手・高橋智樹=音楽ライター、写真・大槻純一、編集・構成 和田一成:日経ビジネスアソシエ編集部)

高橋智樹
1973年生まれ。女性週刊誌、洋邦音楽誌の編集部を経てフリーに。邦楽ロック誌『ROCKIN'ON JAPAN』はじめ紙媒体/Web問わず執筆中。

「やってもいいけど、売れるとは保証できない」。それでどうして手を組める?

河野章宏(こうの・あきひろ)
1974年生まれ。岡山県倉敷市出身。20代はミュージシャンをやりながらフリーター時代を過ごし、2004年に自主レーベル「残響レコード」を立ち上げる。
 10万円の資金からスタートし、2010年の決算ではグループ年商5億を売り上げる。ロックバンド「te'」のギタリストとしても活躍中。著書に『音楽ビジネス革命』(ヤマハミュージックメディア)。

――初めての著書『音楽ビジネス革命』の反響は?

 いやあ、すごい反響ですよ。音楽業界の人はもちろん、全然関係ない人からも結構リアクションが届きます。「やる気が出ました」とか「自分でもやれることをやろうと思います」とか。あと、「講演会やりませんか?」とか「学校で講義やってください」とか。まさか自分が専門学校で先生やると思わなかった(笑)。アップルストア銀座でやった講演会も、アップルストアの方がたまたま僕の本を読んだらしくて、連絡を取ってきてくれたんです。

――でも実際、レーベルの運営方針にしても何にしても、あの本に書かれていたことは、突拍子もないことでも何でもないですよね。

 そうですね。結局、「当たり前のことを当たり前にやろうよ」っていうことしか書いてないですよね、本当は。

――河野さん自身、今のバンド(te')を始めるまではインディー・レーベルを渡り歩いていたわけで。インディー・レーベルって、出版界で言うところの自費出版に近いもの。自費出版って残念ながら、書き手の利益になるようなものではないことがほとんどなんですが…。

 インディー・レーベルも、ほとんどそうです。よっぽど売れなければ儲からないですよ。まあ、バンドマンって、基本的には僕も含めて頭が良くないんです(笑)。世の中で真っ当に生きていくことのできないやつが「バンドで喰っていこう」ってことを考えるんです。基本的に社会常識もないし、何をして生きていけばわからない、っていう人間がすごく多くて。みんな意外と単純で、ちょっと美味しい話があるとすぐそこ(のレーベル)でリリースしたがる、みたいなのがあって。

 特に僕らの若い頃はそんなにインディー・レーベル自体も盛んじゃなかったので、ちょっとでもCDが出せる機会があればすぐ飛びついちゃう、みたいな感じがあったんですよ。でも、今思えば「アホだな」と思って(笑)。ちゃんと一歩引いて考えればいいのに。

 制作費は基本的にはバンド持ちで、CDの流通をやってくれるだけですから。制作費として在庫を買い取り、みたいなところもあるんですけど、それって単純にレーベルが儲かるだけなんです。僕がいたレーベルは今も続いているんですけど、なかには2ちゃんねるを見ると「詐欺で有名なレーベル」みたいな扱いになっているところもありますよ(笑)。

――リスナーとしての問題意識と、そういうバンドマンとしての体験を通した問題意識とが河野さんの中で一体になって、「作る側と買う側の間はどうあるべきか」から、すべてが始まっていくわけですね。

 おっしゃる通りですね。

――で、新たにte'というバンドを組んで、10万円を元手にレーベルを自分で立ち上げてCDを出すわけですけど。その時はもう「どこかのレーベルから」ということは考えなかった?

 いや、考えてはいたんですよ。いろんなコネクションもあって、いろんなレーベル
から話も来たんですけど、基本的には前向きじゃないんです。「やってもいいけど、売れる保証はできない」とか。所詮は「他人の音楽」と思ってる人ばっかりで。「そういう感じだったら絶対に広がらないだろうな」と思って。

 それで、この際だから思い切って自分でやろう、みたいな感じで始めたんですよね。2003年から2004年にかけてぐらいのことです。それでバイトで貯めた10万円でte'のCDをリリースしたら、それがすごい売れて、50万円ぐらいになったのかな? そうしたら友達のバンドが「うちのも出してよ」みたいな感じになった。

会社の売上のために作られた音楽を買いたいですか

――10万円で、CDって何枚ぐらい作れたんですか?

 500枚ぐらいですね。ディスクユニオン(注1)の下北沢店のインディーズ・コーナーで友達が働いていたので、そこに置いてくれたんです。最初は20~30枚ぐらい置いてたら、飛ぶように売れて。結局、ディスクユニオンのチャートで何週連続かで1位になって。

 そしたら、たまたまそれを見たタワーレコードのバイヤーの人が、僕らのCDを買って聴いてくれて、直接連絡くれたんですよ。「タワー全店に置きませんか?」って。で、タワー全店に置かれたら、一気に500枚ぐらい売れちゃって。本当は300枚ぐらいしか在庫なくて、「500枚納品してください」「いや、そんなにないですから」「いやいや、500枚作ってください」みたいなやりとりをして、結局追加プレスかけて500枚作りました(笑)。「すごいなあ!」みたいな。

(注1)ディスクユニオン:首都圏でチェーン展開しているCDショップ。世間の売れ筋よりは、ややマニアックな品揃えでロック好きな音楽ファンから支持を集めている。

――で、そのお金を元手に友達のバンドのCDをリリースして?

 そうですね。それもまた売れて。それはもう500枚しか作らないって決めてたから、すぐに在庫がなくなって…っていう話を以前に働いていたDTPデザインの会社にいたときの社長に話してたら、「お前、ちゃんと会社としてやれば、意外とうまくいくんじゃないか?」と。よくわからないんですけど、「お前には経営のセンスがあるから」って言われて。最初、1年くらい僕は断ってたんですけど「1千万なくなってもいいよ」って言われたので「じゃあやろうかな」って(笑)。

――著書の中の言葉で「音楽業界を理解しようと思わない」というのが印象的だったんですが、それは後付けでも何でもなくて、レーベル設立の時から貫いてたっていうことですよね。

 そうですね。本当に「音楽業界に入りたい」とかも思ってないし。今は「革命児だ」みたいなことを言われてますけど、そんなつもりもさらさらないし。「単なる音楽好き」でありたかっただけなんですよね。ビジネス的に言うと、ミュージシャンとお客さんの関係性だけが大事で。

 基本的には、「間にいる人は、いい意味でどうでもいい」と思ってます。

 音楽業界の宣伝媒体だったりレコード会社だったりっていうのはどうでもいい。だけど、僕たちの音楽を現状伝えていくには、その辺の方たちとうまくつき合うと広がりやすい、っていうことがだんだんわかってきて一緒に仕事し始めました。その中にも、少数だけど心から同じ考えでいてくれている人もいるんだって言うのはわかってきました。

 レコード会社や宣伝媒体で働く方って、1つのミュージシャンが売れなくても他の売れているアーティストや取引のあるアーティストがいれば食べていけるじゃないですか。でも、ミュージシャンは1枚の作品が売れなければ次回はない。つまり、レコード会社や宣伝媒体は1つのアーティストに対して責任がないじゃないですか。1つのアーティストを一生懸命売って、売れなければ仕事をやめるって選択肢は基本的に考えてないですよね? そこに大きなモチベーションの差を感じるんです。

 ミュージシャンは1枚売れなければ終わる可能性が高いのが、音楽業界の構造ですからね。ミュージシャンは使い捨てじゃないんですよ。一人ひとりそれぞれ、人生があるんです。音楽業界の構造自体が、ミュージシャンの気持ちが理解されるようなものになっていないこともだんだんわかってきました。

――自分たちは安全なところにいて、ミュージシャンだけにリスクをとらせている…。

 「ミュージシャンではない誰か」が儲かるように組みあげて、それで儲けている人がいる図式にしか見えなくて…。それは、従来の音楽業界が作り上げてきたシステムなんだと思います。僕はその図式がミュージシャンを非常に苦しめているし、人生賭けて音楽活動している人の魂を利用しているだけにしか見えなくなっています。

 もちろん、ミュージシャンのためだって言っている場所もあるけれども、僕から言わせたらそれは上辺だけのものも多い。リスナーの皆さんも、はじめはミュージシャンが作っているメッセージを受けとれていたんですよ。それがいつの間にか、レコード会社や宣伝媒体が作り上げたものを買わされている状態に変わってしまった。

 魂のこもっていない「作られた」CDを買うことがリスナーにとって、魅力的だとは思えません。そこがCDが売れない理由ではないかなと思います。みんなも「売るため」が最優先で作られた音楽を買わされるのは、いやじゃないですか。

 だから、僕らのやり方は、音楽業界のシステムをうまく使わしていただいている、っていう考え方に近いですね。基本目線はもう、お客さんとミュージシャン、っていう。

撤退寸前に爆発した「9mmパラベラム弾」

――それは非常にリスキーな判断でもあると思うんですが。

 相当リスキーですよ(笑)。「会社っていうものを維持するために仕事をするのか、それとも自分のやりたいことをやるための会社なのか、どっちを考えるべきか?」って考えると、本当は両方あると思うんですけど…会社にいるから、会社のためになる仕事をやんなきゃいけないっていうのがあるじゃないですか? それなら、とりあえず生計を立てるためのお金を稼ぐ必要があるな、とも思ったんですね。

 でもそれが会社の目的だと、自分が何のために独立したのかブレると思って。そんなことやるために音楽レーベル立ち上げたわけじゃないから、そこは真っ向から勝負しようと思って。でも本当にヤバかったですよ、最初は。利益がないのに口座のお金から給料を引いていくと、「あれ?あと3ヵ月ぐらいでなくなるな」みたいに思うわけですよ。で、実際になくなりそうになって「来月どうしよう?」みたいな(笑)。

 でも「ダメならダメで諦めよう」ってやってたら、もう「カネが底をついてなくなる!」っていう時に9mm(Parabellum Bullet)に出会って(注2)、彼らが大爆発したっていう感じですね。

(注2)9mm Parabellum Bullet(キューミリ パラベラム バレット):2004年に横浜で結成された4人組ロックバンド。ヘヴィ・メタル、ハードコアなど多彩なサウンドとキャッチーなメロディを融合させた独自の音楽性で、10~20代を中心に熱い支持を集める。2007年にEMIミュージック・ジャパンからメジャー・デビュー。2009年9月9日に行った、初の単独武道館公演は一瞬でチケットが売り切れた。

――バクチだったんですね。

 バクチですね。でも冷静に考えてみれば、単なるフリーターが会社やってただけだから、別にフリーターに戻ればいいや、っていう感覚で。カネ出してくれるっていうからやってみるか、ダメならダメで戻りゃいいしって。

――で、9mmという新しいバンドに出会うわけですけど。9mmには他のレーベルからの誘いも来ていたわけで、残響が「カネのためにいろんなことをやってる会社」だったら、もしかしたら河野さんとはサインしてなかったかもしれないですね。

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 そういう気がしますね。9mmと会った時は本当に音楽の仕事しかやってなくて。彼らは、お金の匂いがするのをすごく嫌うんで(笑)。で、お金が欲しかったら他の会社に行ったほうがいいよ、って普通に勧めてたんです。

 うちはほとんど僕1人みたいな状況だし、費用をかけられないから満足いくレコーディングもさせてあげられないし、宣伝費もない。でも、音楽を追求する気持ちや姿勢を持ってる仲間だけを集めたい、みたいな話をしたんですよね。

 ビジネスっていう観点からすると矛盾すると思うんですけど、結果的にそれがビジネスに、お金に結びついたっていうことなんですよ。そもそもカネに興味はないし、今でも、いつフリーターに戻ってもいいかな、みたいな感じではあるんです。

宇多田ヒカルがどうして怒ったのか、わかりますか?

――会社の方針としては、今もそれは変わらない。

 自分たちが「いい」と思うものだったり、「これは大切にしたい」「このアーティストの作品はリリースしたい」って思うものはどんどんやれ、それに対してカネをかけろ、っていう。それで会社が潰れたら潰れたでいいじゃん、って感じですね。

 それが意外と、ビジネスでは黒字になるんです。赤字のことを一生懸命やってると、それ以外のところから仕事が舞い込んでくるんですよ。いちばんそれを感じたのが…うち、洋楽のアーティストもやっているんですけど、洋楽っていまなかなか売れないじゃないですか。

 だけど洋楽系イベンターと一緒に仕事をしていて、「すげえカネかかるし赤字だけどいいや」と思ってやってたら、ある日イベンターの人に「そういえば河野さん、9mmっていうアーティスト所属してましたよね?」って言われて。「洋楽ロックのフェスティバルで急遽空きが出たんで、出てもらえませんか?」って。で、それでギャラが何十万円か入ってくるし、Tシャツとか物販も売れるし…。

 そういうことがあってから、「あ、赤字の仕事を一生懸命やってたら、全然違うところから仕事が入ってくるんだな」って気がついたんですよ。結局、それを合計すると「黒字じゃん!」って(笑)。そういうふうに物事を考えていったほうがいいんだな、っていうことに気がついた。

――今は逆に、赤字の部門は早い段階でもどんどん損切りしていきますよね。会社としても、規模が大きくなると「対前年比◯%減」とか「予算達成率◯%」とかいうことに気を取られて、冒険できなくなる。

 はい。うちは全然そんなことしないです。「好きなことやっていいよ」って。「200万出してほしいです」って言われたら「いいよ、使えよ」って。

 僕はよく「もっとカネ使えよ」って言ってるんですけど、単純にみんなやっぱり赤字は怖いじゃないですか。社員としての評価も下がるし。でも、全然そんなの気にしてないからって言いますね。

 むしろ、赤字を怖がられるほうが怖いですね。

――それはどういう意味ですか?

 うちのスタッフには帳尻合わせのための仕事、たとえばメジャーのレコード会社がやっているような「予算合わせのためのリリース」だけはやってほしくないんですよ。「ベスト盤」って、たいていはそういうことなんですよ。あれ、本当に腹立つんですよね。それって単なるレコード会社の都合じゃないですか。

 最近だと、自分のメッセージの入っていない作品をリリースされた宇多田ヒカルさんが怒ってましたよね(※本人のメッセージはこちら)。ベスト版を否定しているんじゃないですよ。ミュージシャンのメッセージが入ったベスト盤ならいいと思うんです。

 さっきも言ったように、アーティストと客の間にいる人たちの都合なんて本当は関係ないんですよ、僕らからすると。

――でも、そういうリスナー側の変化に、レコード会社が気づいていない、あるいは着いていけていない…。

 っていう状態にはなってますよね。だから、僕は「音楽業界の中にいる」っていうよりは、僕の進んでいるラインがあって、音楽業界はこっちの離れたところにあって、そこから横目で見ながら、ちょこちょこつまませてもらっている、みたいな感覚ですね(笑)。音楽業界の利用できるものを利用させてもらってるけども、基本的には自分だけの道を進んでる感覚です。

――今の音楽業界はCDが売れないのはダウンロードのせいだ、YouTubeのせいだ、レンタルのせいだ、っていう悪者探しに躍起になっていて、「音楽の聴かれ方そのものが変わってるんじゃないか?」っていうところに問題意識を持てていない。

 気づいてない人が多すぎるし、みんな目を背けて逃げてるんですよね。従来の音楽業界のしきたりからハミ出たものに関してはみんな叩く、みたいな。でも、僕からすると「言ってりゃいいじゃん、そんなこと」みたいな(笑)。その間にこっちは先に進むよ、って。

――叩かれることってあります?

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