ごく一部の世界の話ではあるが、オートクチュールを”普段使い”の洋服として楽しみたいというニーズから、提案するスタイルという点におけるオートクチュールとプレタポルテ(高級既製服)の境界線は曖昧になりつつある。だからこそ、最近のオートクチュール・コレクションは、半年前のプレタポルテ・コレクションを参考にすると理解しやすい。
「ディオール(DIOR)」もそうだ。2025年春夏オートクチュール・コレクションで提案したのは、ごくごく繊細なチュールのブラウスやブルマーなどシアーな素材で作ったアイテムを基調とする軽やかなスタイルや、随所に刻んだフリルやパフスリーブ、リボンのディテールなどに代表される装飾主義の復活、そして精悍なジャケットに繊細なシアー素材のブラウス、足元はグラディエイターサンダルという自由奔放なミックス&マッチなど。半年前の「ディオール」はもちろん、同じシーズンのプレタポルテのトレンドとの共通点は数多い。
そうなると、オートクチュールとプレタポルテを分けるものはなんだろう?それは、夢だ。マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)の「ディオール」は今季、プレタポルテのトレンドに圧倒的な“夢”を盛り込み、見る者・着る者を夢の国に誘うことによって、オートクチュールの存在感を示した。
マリアが誘った夢の国は、童心に溢れた少女が自由奔放に駆け回る花畑のような世界だ。ファーストルックは、バージャケットのシルエットを思わせるスタンドカラーのロングジャケット。前合わせや背面には同色の花を豊富に散りばめた。多出する、生地を緩やかに捻ることで今花開こうとする蕾のようなシルエットを描いたバルーンスカートにもたっぷりの花のあしらう。ジャケットから一転、セカンドルックは肌が透ける繊細なチュールのボウブラウス。蕾のようにふんわり膨らむパフスリーブのブラウスには、こちらも小花柄のレースを絡める。その姿はまるで、花畑で“かくれんぼ”をして、花と一体化した妖精のようだ。随所にあしらったパフは花の蕾を思わせ、カスケード状に連ねてケープに仕上げたチュールの一枚一枚は花弁のよう。クリノリンから垂れ下がるフリンジは蔦のように見え、チュールに金糸の刺繍で描いた花は押し花のようだ。レオタードにドライフラワーの花束をいくつも重ねてスカートのように見せたり、クリノリンに花模様のレースを絡めてトピアリーの仕上げたり。今季はイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)が「ディオール」で発表した、裾広がりのトラペーズラインにオマージュを捧げたが、終盤のシルエットはドラマチック。ハリのあるチュールを贅沢に用い、ペプラムやラッフルを刻んだり、大胆に捻ったりすることで、まるで花の中に身を潜めたかのようなドレスが完成した。
感覚的には、「花柄の洋服」というより、「花そのものの洋服」という趣の今季。新たな発想と、それを実現する素材やテクニックで、プレタポルテではなし得ない夢を描き、その世界に誘った。
PHOTOS:DIOR、ADRIEN DIRAND、LAURA SCIACOVELLI