世の中には色々な生き方があるけれど、結婚ってなんだか面倒くさい。そう感じているのは、私だけじゃないはず。恋人との関係は楽しいけれど、苗字が変わるとか、親戚付き合いとか、結婚式とか、想像するだけでうんざりしてしまう。
「結婚」という二文字が頭をよぎるたびに、逃げるように漫画の中に没頭していた私、楓(かえで・28歳)に、ある日、雷が落ちた。
「ねえ、お兄ちゃん。私たち、このまま結婚せずに、ずっと一緒に暮らすってどう思う?」
夕食の食卓で、向かいに座る兄、聡(さとる・30歳)に、私は突拍子もない提案をしてみた。
聡とは、2歳違いの兄妹。物心ついたときからいつも一緒だった。ケンカもするけれど、一番の理解者であり、何でも話せる大切な存在。実家を出てからも、お互いの家は徒歩10分圏内。週に何度も食事をしたり、映画を観たり、まるでルームメイトのような関係だった。
私の言葉に、聡はポカンと口を開けて固まっている。無理もない。私も、ほんの数分前まで、こんなことを考えていなかったのだから。
「え、楓、何言って…」
「だって、考えてもみてよ。結婚って、色々面倒じゃない?苗字が変わったり、親戚付き合いが大変だったり、結婚式とか、準備が死ぬほど大変そうだし…」
私がまくし立てると、聡は苦笑いを浮かべた。
「そうでしょ?それに、私たちは、もうずっと一緒にいるようなものじゃない?今更他人と暮らすとか、考えられないし…だったら、このまま兄妹で一緒に暮らした方が、ずっと楽じゃない?」
私は、畳みかけるように言った。聡は、少し考えてから、
「…確かに、楓の言うことも、一理あるかもしれないな。俺も、今更他人と暮らすのは、ちょっと想像できないし…」
聡の言葉に、私の心臓が高鳴った。もしかしたら、この突拍子もない提案、受け入れてくれるかもしれない…!
「それに、経済的にも助かると思うんだ。家賃とか光熱費とか、折半できるし。それに、お互い一人暮らしだと、どうしても食生活が偏りがちだけど、一緒に暮らせば、ちゃんとご飯も作れるし…」
私は、メリットを次々と挙げた。聡は、真剣な表情で私の話を聞いている。
聡がニヤリと笑った。
「ちょっと!それは余計でしょ!」
私はムッとしたが、聡が冗談を言うほど、この話を真剣に考えてくれているのだと思うと、嬉しかった。
「…でも、本当に、兄妹で同棲って、アリなのかな…?世間体とか…」
聡が、少し不安そうに言った。
「世間体なんて、気にすることないよ!私たちは、誰に迷惑をかけているわけでもないし。それに、私たちは、ただ一緒に暮らすだけで、変なことをするわけじゃないんだから!」
私は、力強く言った。
「…そうだな。確かに、楓の言う通りだ。俺たち兄妹が、一緒に暮らしたいと思って、一緒に暮らす。それの何が悪いんだ?」
聡の言葉に、私は満面の笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん…!」
とは言っても、私たちは、今までも、ほとんど一緒にいるようなものだったので、生活自体は、それほど大きく変わらなかった。ただ、今まで別々だった家賃や光熱費が一つになり、食費もまとめ買いするようになったので、経済的にはかなり楽になった。
それに、一人暮らしの時は、どうしても外食やコンビニ弁当が多くなりがちだったが、一緒に暮らすようになってからは、ちゃんと自炊するようになった。料理が得意な聡がメインで作り、私はたまに手伝う程度だが、それでも、温かい手作りのご飯を一緒に食べるのは、とても幸せな時間だった。
もちろん、兄妹だから、ケンカをすることもある。些細なことで言い争ったり、お互いの生活習慣の違いにイライラしたり。でも、私たちは、どんなことでも、ちゃんと話し合って解決するようにしている。それは、今までもそうだったし、これからも変わらないと思う。
私たちの同棲生活は、世間一般の「普通」とは違うかもしれない。でも、私たちにとっては、これが一番自然で、心地の良い形なのだ。
結婚という形に囚われず、自分たちにとって一番幸せな形を選ぶ。それも、一つの生き方だと思う。