【書評】『SMの思想史 戦後日本における支配と暴力をめぐる夢と欲望』/河原梓水・著/青弓社/3300円 【評者】井上章一(国際日本文化研究センター所長) 村上信彦は女性史の研究家として、よく知られる。庶民女性の生活史をさぐった先駆的な歴史家として、高く評価されてきた。いわゆるフェミニズムの人たちからも、一定の敬意をいだかれている。 その村上は、『奇譚クラブ』という雑誌への、常連と言っていい寄稿者であった。1950年代に吾妻新というペンネームで、サディストとしての論陣をはっている。女性を、妻をさいなむプレイに、しばしば彼の文章は光をあてていた。 そういう性癖とフェミニズムにもつうじる歴史観は、矛盾しないのか。この点に疑問をいだくむきは、多かろう。だが、著者はサディズムとフェミニズムのおりあえる回路を、あぶりだす。そして、『奇譚クラブ』が、この邂逅をささえうる希有の雑誌であったことを、さぐりあ