「ヤマトホテル」「武蔵屋旅館」と揶揄されるほど、旧日本海軍の戦艦「大和」および「武蔵」は冷房をはじめ艦内設備が充実していました。とはいえ乗員の贅沢のために設けられたものではなく、そこにはもちろん、それが必要な理由がありました。 大和型戦艦も陸軍にしてみれば… 「よくも人力でこのような軍艦がつくれたものだ」 大本営の陸軍参謀 辻 政信中佐は思わずつぶやきました。1942(昭和17)年9月24日、太平洋戦争の激戦地となったガダルカナル島に向かう途中、トラック泊地に連合艦隊旗艦「大和」の山本五十六司令長官を訪ねたのです。「大和」の主砲を見て「海軍さん、これ本当に動くんですか?」と、随行した陸軍軍人が質問したとかしないとか。 拡大画像 1943年にトラック泊地で撮影された、左が「大和」、右が「武蔵」(画像:アメリカ海軍)。 昼食には黒塗り膳に鯛の塩焼きと刺身が出され、さらに冷えたビールまで付いてい