(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎) 猛烈な勢力の台風10号が九州を襲った。これだけ強烈な台風は、5098人の犠牲者を出した1959(昭和34)年の「伊勢湾台風」以来とされる。 その伊勢湾台風をきっかけに、米国が日本の食料安全保障を大きく変えてしまったことを、どれだけの日本人が知っているだろうか。 いや、知っておくにはいい機会でもあるので、あらためて振り返っておく。 ■ 生きた豚を空輸する前代未聞の国家プロジェクト その年は、台風の当たり年で、伊勢湾台風の前にも大型の台風が上陸している。 それで甚大な被害を受けたのが、山梨県だった。台風7号の直撃に伊勢湾台風(15号)が追い打ちをかけた。同県ではこれを「昭和34年災」と呼んで語り継がれる。 そこに支援の手を差し伸べたのが、米国のアイオワ州だった。同州と山梨県はそれまでに戦後初めての姉妹都市関係を結んでいる。 アイオワ州はコーンベルト地帯と