松本清張. 岡倉天心 : その内なる敵. 河出文庫. 河出書房新社, 2012. 南富鎮. 松本清張の葉脈. 春風社, 2017. 星崎波津子という人物がいる。もともとは花柳界の出身で、結婚は文部官僚で貴族院議員となった九鬼隆一に嫁ぎ、哲学者の九鬼周造の母である。九鬼との結婚はうまくいかず、岡倉天心と恋に落ちて同棲したが、天心とも結婚することはなかった。九鬼周造の随筆に、波津子と天心が幸福そうに同棲する家にいたありさまを美しく描いたものがあり、岩波文庫に入っている。 波津子が東京の精神病院で人生のかなりの部分を送ったことは事実である。巣鴨病院と松沢病院の私費患者として過ごしていた。巣鴨病院に再入院するときに、九鬼隆一らが再入院を願い出て作成して巣鴨病院に提出した文書の写しとして、松本清張が著作『岡倉天心』の冒頭で用いている長大な史料が「巣鴨病院宛星崎波津子再入院申請書」である。波津子が起こ