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神保町に関するshomotsubugyoのブックマーク (3)

  • 東京・神田界隈が「カレーの街」になったワケ ある古書店主の思い

    輸入当初のカレー、材料に「アカガエル」も 材料はアカガエルやネギ、ショウガ……。 1872(明治5)年に横浜で発行された料理「西洋料理指南」で紹介されたカレーの材料の一部。小麦粉でとろみをつけるなど現在の手順と大きく変わらないものの、材料の「アカガエル」が目を引く。 日カレー横浜開港後に、英国製のカレー粉が輸入されたことで始まったという説が有力だ。だが当時は、高級官僚などごく一部の人が口にする珍しい料理だった。 「格的なカレー文化を日でも」 カレー総合研究所の井上岳久さん(49)によると、庶民がその存在を知り始めたのは、旧陸海軍の事に採用されてから。鍋ひとつで大量に作ることができ、栄養バランスがいいカレーは軍隊で重宝された。「退役した人々が故郷に帰り、卓で作ったことで全国的な広がりを見せた」と井上さん。戦後は学校給のメニューになり、幅広い層に親しまれる味に成長した。 東京

    東京・神田界隈が「カレーの街」になったワケ ある古書店主の思い
    shomotsubugyo
    shomotsubugyo 2018/02/01
    「古書店「高山本店」の店主、高山肇さん(70)がロンドン留学中に味わった感動が誕生のきっかけ。高島平でカレー店を営んでいた故・村田紘一さんに打診し、店の一切を任せた」へぇ(・o・;)あの高山さんがきっかけだ
  • 企画展 神田学生街の記憶1880-1980 五大法律学校の軌跡

    明治大学史資料センター、専修大学大学史資料課、中央大学大学史資料課、日大学企画広報部広報課、法政大学史センター主催、三井住友海上火災保険株式会社共催により、2018年1月9日(火)~2月28日(水)の日程で、写真を中心に神田学生街の移り変わりをたどる企画展「神田学生街の記憶 1880ー1980 五大法律学校の軌跡」を開催いたします。 神田地域(現・東京都千代田区)は、明治以降にさまざまな学校が設立され日有数の学生街として今日に至っています。 江戸時代、神田地域は東側に町人地、西側に武家地があるという二面性を持つ地域でした。明治維新後、旧幕府直轄地を明治政府が接収し、そこに官立学校が設置されていきます。明治10年代からは私立法律学校や各種の学校が神田西側の旧武家地域に数多く創立され、日でも最大規模の学生街に発展して今日に至っています。現在まで神田の学生街は続くといっても、時代によってそ

    企画展 神田学生街の記憶1880-1980 五大法律学校の軌跡
    shomotsubugyo
    shomotsubugyo 2018/01/29
    ECOM駿河台 これは知らなかったΣ(゚◇゚;)
  • いよいよ本番: 神保町が好きだ!

    shomotsubugyo
    shomotsubugyo 2012/10/20
    やややっ(`・ω・´)
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