大正末年の9月、上野7時20分発信越本線回り新潟ゆきの普通列車に林芙美子が乗った。東京に見切りをつけ、どこか遠くへ行こうとして時刻表の地図を見たところ、直江津の文字が目に入った。海と港を眺めたくなり…
大正末年の9月、上野7時20分発信越本線回り新潟ゆきの普通列車に林芙美子が乗った。東京に見切りをつけ、どこか遠くへ行こうとして時刻表の地図を見たところ、直江津の文字が目に入った。海と港を眺めたくなり…
わたなべかなこさん(6年生)が描いたクラムボンの想像図 以下に、「クラムボン」に関する諸説をおおよそ年代順に並べます。ただし、各研究者のことばは、その時点における意見であることをおことわりしておきます。つまり、更なる研究の結果として現在では別の意見をお持ちかもしれません。なお、敬称は略させていただきました。 1、アメンボ説(昭和14〜43年) この説が研究初期の主流を占めたのは、十字屋版全集の注に出たことが影響している。新聞掲載された無校訂のものは二カ所がクラムボンではなく「クラムポン」になっていた。初期形原稿が公表されるまでこの「クラムポン」が単なる誤植であるかどうかは定かではなかった。おそらくここからの連想で、英語の「cramp」「clamp」により、かすがい・気根と解釈され、それがアメンボの作る形相と似ていることから類推されたと思われる。現在ではあまり支持されない。 2、小生物説(昭
満を持して、村上春樹を読んでみました。めちゃ売れてるって評判だし、本屋でも下品なぐらい平積みされてるし、アイフォーンの新作かってぐらいの長蛇の列がテレビで流れていたので、あんまりウザイから読んでみたのです。 読んでみてすぐに王様のブランチで本仮屋ユイカとかが「うーん・・・なんか難しいとこもあったんですけど・・・最後にすごい村上さんから明るい励ましのメッセージをもらったようで元気になりました!」ってぶりっ子然な感じでなんの生産性もないコメントをしているのがなんとなく目に浮かび・・・。その脇で谷原章介が「うんうんそこが村上作品の魅力だよねー」とスカした感じで頷いてる光景が脳裏によぎりました・・・。王様のブランチで褒められている小説はたいがいろくでもないという相場は決まっております。だから変な期待を持たずに読み終えることができました。あらかじめ言っておくと、ボクは村上作品のいい読者ではありません
双子の野ねずみが主役の人気絵本シリーズ「ぐりとぐら」で知られる児童文学作家の中川李枝子(なかがわ・りえこ)さんが14日、老衰のため東京都内の病院で死去した。89歳だった。葬儀は家族葬として営む。喪主…
7月6 もし、宮脇俊三氏が志布志で寝坊しなかったら、最長片道切符の旅はどうなっていたのだろうか? カテゴリ:旅・鉄道 宮脇俊三氏の「最長片道切符の旅」は私の愛読書で、今は自炊したものを電子書籍端末で楽しんでいる。 この本は、1978年10月13日から12月20日にかけて実践した国鉄広尾線広尾駅から指宿枕崎線枕崎駅までの最長片道切符の旅の記録で、宮脇俊三氏の代表作の1つだ。 ただ、読んでいてずっと気になっていたことが1つあった。それは、 もし、宮脇俊三氏が志布志で寝坊しなかったら、最長片道切符の旅はどうなっていたのだろうか? という点である。 どういうことかというと、最長片道切符の有効期限である1978年12月19日、宮脇俊三氏は寝坊し、6:24発の大隅線志布志駅の始発に乗り遅れてしまい、この日は八代までしか行くことができず、次の日に、八代から枕崎までの別の切符を買って旅をせざるを得なくなっ
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池澤夏樹のプロフィール 本名:福永夏樹(ふくなが なつき) 生年月日:1945年7月7日 出身地:北海道帯広市 最終学歴:埼玉大学理工学部(中退) 池澤夏樹さんが結婚したのは1972年。 お相手は日本航空のキャビンアテンダントをしていた直美さんという女性でした。 この結婚により安価で飛行機に乗れるようになった事で諸外国を訪れた池澤夏樹さん。 そして池澤さんが魅了されたのが南太平洋の島々。 後に池澤さんは「マリコ/マリキータ」や「タマリンドの木」、「南の島のティオ」など南の島が舞台となっている作品を発表。 さらに谷崎潤一郎賞を受賞した「マシアス・ギリの失脚」も南の島が舞台となっています。 きっと池澤夏樹さんは南太平洋の島々で創作意欲を刺激されたのでしょうね。 もし池澤さんが日本航空のCAだった直美さんと結婚していなければ現在ほどの評価はされていなかったかもしれません。 そう考えると池澤夏樹さ
「暇だね」 「暇だねえ」と配偶者は答えた。 じゃあどこか行こうかということになったのだけど、埼玉のぱっと思いつくようなところはすでに訪問済みの場所が多く、どこに行けばいいのか分からなかった。 「湖でも行く?」僕はGoogleマップで適当にスワップを続けていた。 「涼しげでいいね。そうしようか」 ということで、タイムズカーシェアの車に乗り込み、Googleマップで見つけた、比較的近くにある鎌北湖なる湖に行ってみることにした。 湖だった。 「湖だね」 「そうだね」という会話をした。あまり深く調べもせずに、とりあえず来てみたら、結果、特に大した特徴もない、言葉の通りのただの湖だった。 とりあえず、写真を何枚か撮り、伸びをして、少し散歩して、事足りてしまった。 猫は気持ちよさそうに眠っていた。 当座の目的は達成された。やや不完全燃焼の感は否めないが、まあ他にすることもないし帰るかと車に乗ってしばら
福田和也『遥かなる日本ルネサンス』(文藝春秋) とんかつを福田和也と一緒に食べたことがある。今となっては定かには思い出せないが、福田がまだSFC(慶応大学環境情況学部)の助教授に就任する以前、慶応大学文学部(三田)の非常勤講師をしていた頃だから、1990年代初めのことである。 私は1991年秋には福田と多少の面識を得ていた。1990年に滞在していた米国の大学図書館で、日本の言論状況を知るべく偶々読んだ雑誌に掲載されていた福田の『遥かなる日本ルネッサンス』の一部に接し、若いらしいが聡明な「保守」の登場が、記憶に刻まれていた。 1991年の帰国後、これまた偶々、ある酒場で遭遇して互いに自己紹介したのが最初である。ただ、それ以前から「福田」という名前は知らずとも、コラボラトゥールをやっている面白い研究者が、国書刊行会の周辺にいるらしいことは、蓮實重彦から漏れ聞いていた。 『奇妙な廃墟』(1990
宇能鴻一郎さん死去、90歳 芥川賞作家、官能小説も 時事通信 文化特信部2024年09月10日13時35分配信 宇能鴻一郎さん 芥川賞作家で官能小説家としても知られる宇能鴻一郎(うの・こういちろう、本名鵜野広澄=うの・ひろずみ)さんが8月28日、心不全のため横浜市内の自宅で死去した。90歳だった。札幌市出身。葬儀は近親者で行った。 作家の石川好さん死去、77歳 著作に「ストロベリー・ロード」など 東京大大学院在学中の1962年、巨大なクジラと漁師の格闘を描いた「鯨神(くじらがみ)」で芥川賞を受賞。映画化もされた。性と死の問題から人間の本質に迫る小説を執筆し、70年代からは官能小説に軸足を移した。嵯峨島昭(さがしま・あきら)名義で「踊り子殺人事件」などミステリー小説も手掛けた。 社会 おくやみ 最終更新:2024年09月11日12時30分
このインタビューには福田和也さんの個人事務所(株)FKラボの緒形圭子さんにも同席して頂きインタビューの補佐をお願いしました。 インタビュー構成・写真 桑原茂→ / ページデザイン 小野英作 / 編集協力 株式会社FKラボ 緒形圭子 桑原 ラブ&ピースの世代は、ふわーっとしてて、毎日マリファナ吸って、そのうち平和な時代がやってくるみたいな、そんなアメリカのカウンター・カルチャーから青春が始まっています。「ラブ&ピース」を合言葉に戦争反対を唱えてきた私はいったい何者なのか?「なぜ戦争反対なのか?」地に足がついていない希薄な問いに、常に後ろめたい思いを持っていました。そこへ、福田さんが書かれた『地ひらく一石原莞爾と昭和の夢』との出会いは強烈な一撃でした。先の戦争はなぜ起こったのか? その真実を知ることになりました。戦争について、私は何も学んでこなかったと、改めて考えさせられました。友人達と勉強会
名作誕生の裏には秘話あり。担当編集と作家の間には、作品誕生まで実に様々なドラマがあります。一般読者には知られていない、作家の素顔が垣間見える裏話などをお伝えする連載の第20回目です。今回は、大ベストセラー『恍惚の人』の著者・有吉佐和子さんとの秘話。『和宮様御留』が執筆されるに至った背景を、担当編集者だけが知る目線で語ります。 水口義朗よしろうさんという、とても変わった編集の先輩がいる。水口さんは、私の高校の先輩でもあるのだが、中央公論社に入社後、「中央公論」や「婦人公論」や「小説中央公論」の編集に携わり、副編集長や編集長になったりして、テレビ朝日のワイドショー「こんにちは2時」のキャスターを8年間も務めたあと、復帰して「婦人公論」の編集長を務めている。この経歴を見るだけでも、奇人と言ってよいほどの人であることが分かる。90歳になろうかという歳で、いまも現役の文芸評論家として、編集者でなけれ
かなかわ @kanakawa12 ちょっとアングラめの本を見えるところに起き、「大人向けの本だからまだ読むな」といえば、一発です 俺は湊かなえの「告白」でこれをやられた x.com/livermore_777/… 2024-07-17 12:07:31 モア @Livermore_777 どうやったら子どもが「本を読むようになるのか」と聞かれることがあるが、当たり前だが、読ませようとすると間違いなく読まない。そして、残念ながら非常に高い確率で、親や大人が勧めるものに限って読まない。自身を振り返っても親が薦めた作品は、何故か読みたくなくなるという事はよくあった。↓ pic.twitter.com/SrgSShM2YL 2024-07-16 17:03:13
原稿枚数1万5000枚に及ぶ世界最大の大河小説。魔剣「音無しの構え」に翻弄され無明の闇を遍歴する机竜之助を核に、多彩な人物が入り組み展開される時代小説の最高峰。大菩薩峠の頂上で老巡礼を… 原稿枚数1万5000枚に及ぶ世界最大の大河小説。魔剣「音無しの構え」に翻弄され無明の闇を遍歴する机竜之助を核に、多彩な人物が入り組み展開される時代小説の最高峰。大菩薩峠の頂上で老巡礼を一刀のもとに斬り棄てた机竜之助の無双の剣は、魔剣と化した…一大巨篇の発端から、江戸、京都、大和へと流転果てない運命をさすらう「甲源一刀流の巻」「鈴鹿山の巻」「壬生と島原の巻」「三輪の神杉の巻」を収める。 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――と最初に謝ってしまう。ある雑誌の仕事がきっかけになって『大菩薩峠』を読み始めたのだが、これが予想を裏切って面白い。何しろ富士見書房の「時代小説文庫」で全二十巻という大長編である。私
死ぬときに思い出す小説の一つ。 あれを読めば良かったとか、これがまだ途中だったとか、未練は必ずあるはずだ。どんなに読んでも足りることはないから。そんな後悔の中で、エピソードや描写を思い出し、読んでよかったと言える作品の一つが、『イギリス人の患者』だ。 映画が公開されたときだから、20年以上前に読んだのだが、いま再読しても美しい。詩的で情緒豊かに紡がれる、四人の男女の破壊された人生の物語だ。 あらすじはシンプルだ。 第二次世界大戦の終わり、イタリア北部の半ば廃墟となった修道院が舞台となる。そこで生活を共にするのは、看護婦のハナ、泥棒のカラヴァッジョ、インド人の工兵のキップ、そしてイギリス人の患者となる。人生のわずかな期間にすれ違う男女が、自身の半生を思い出す。 ただし、けっして読みやすい、ストレートなお話ではない。 時系列は無警告で前後するし、エピソードの粒度や解像度はバラバラだ。後になって
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