酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

愛とは、家族の形とは~「往生際の悪い奴」が提示するもの

2015-03-19 23:55:45 | 読書
 経済的貧困とともに憂うべきは知的貧困で、とりわけ永田町界隈で蔓延している。三原じゅん子参院議員が予算委員会で、アジア侵略を正当化した「八紘一宇」を建国以来の価値観と語った。グローバリズム企業への課税強化を訴える質問の趣旨を否定するつもりはないが、歴史理解の乏しさが、先進国基準から乖離した発言を生み出した。

 鳩山由紀夫元首相のクリミア行きへのバッシングが喧しい。仕事先の夕刊紙コラムで同行した高野孟氏が、<バッシングは、政府に対する異論を許さない戦時下の統制社会を思わせる>(論旨)と記していた。28日に開催される鳩山元首相と三宅洋平氏のトークイベントには、仕事の関係で残念ながら参加できない。

 外交には二重、三重の保険が必要だ。ニクソン大統領は〝敵国〟中国を突然訪問し、独裁政権を認めながら、フィリピンではアキノを、韓国では金大中を支援していた。アメリカはある時期まで外交上手の代表格だった。

 元外交官の天木直人氏は、<アメリカはいずれ辺野古移設を断念する>とブログで記していた。国内でも文化人が反対の声を上げ、環境保護派からの批判も強い。自由と民主主義の看板は色褪せたが、<米軍が日本政府とともに沖縄県民を抑圧している>と世界に大きく報じられるのは避けたいだろう。ヒラリー・クリントンが次期大統領になれば、天木氏の予測は現実になりそうだ。

 外交に二枚舌、三枚舌は不可欠だが、恋愛では果たして……。島田雅彦の最新作「往生際の悪い奴」(日本経済新聞出版社)は現代日本における愛の形を提示した作品だった。

 島田の代表作は、「彗星の佳人」、「美しい魂」、「エトロフの恋」からなる無限カノン三部作だろう。天皇制を背景に据え、カヲルと不二子が織り成す宿命のドラマが心を打つ。ちなみに、不二子のモデルは皇太子妃雅子さんである。三部作は「ドクトル・ジバゴ」――雅子さんが最も感動した小説に挙げていた――に匹敵する恋愛小説だ。

 三部作と比べると、通俗的で、ポルノグラフィーの側面もある「往生際の悪い奴」は、お堅い? 日経に連載された。主人公のおまえ(山下清)、弁護士の三島、女子大生の絵美里、ストーカーの伊東の4人が主な登場人物である。

 28歳のおまえは行き詰まり、自殺の二字が脳裏で揺れている。冒頭で〝ダメ男〟と決めつけかけたが、後半の活躍を見るとかなり有能で、負の連鎖で堕ちただけだ。経済の初歩に立ち返ったおまえは、わらしべ長者にヒントを得て、物々交換で少しずつ上昇していく。この辺り、島田は掲載紙を慮ったのだろう。偽ロレックスをゲットした時点で振り出しに戻る。

 死出の旅という意識はなかったが、おまえはなけなしの金をはたき、富士河口湖行きのバスに乗り、青木ケ原の樹海に吸い込まれた。迷子になった時、三島と出会う。55歳の三島は多忙な弁護士で、人生に倦んではいるが、死ぬ理由はない。人知を超えた〝引き寄せの法則〟を実感したおまえは、住み込み助手として三島の下で働くことになる。

 三島はニッチ弁護士で、仲裁に入って示談を成立させる専門家だ。仕事の内容は私立探偵に近い。おまえと三島には、仕事上のよき相棒というだけでなく、父子の情が芽生えてきた。幼い頃に亡くした父は三島と同い年だった。

 2人の新しい事案は、美人女子大生ストーカー事件だ。清楚な絵美里を執拗に追い回す伊東は匿名性に紛れていたが、おまえは機動性を発揮して、その正体を余すところなく暴き出す。解決後、「ミイラ取りがミイラになる」の諺通りにストーリーは展開する。三島が絵美里に恋をしたからだ。

 三島は島田の分身なのか、本作には老いへの考察がちりばめられている。俺も年齢が近いから、共感を覚える部分も多々あった。振り返ると若い頃の恋は欲望と分かち難く混ざり合っており、自信を持って「俺は純粋だった」なんて言えない。ルースターズの「恋をしようよ」の歌詞、<俺はただおまえとやりたいだけ>が真理を言い当てている。

 俺ぐらいの年(58歳)になると欲望は衰えるが、恋するという気持ちだけは維持している。老人施設での恋愛沙汰が頻繁に報じられているが、ケアハウスで暮らす母によれば、老カップルは幾組も成立しているという。三島は欲望の残り火を、絵美里で満たそうと試みる。協力者はもちろんおまえだが、想定外の事態が起きる。

 かつて三島と先輩弁護士に起きたことが、因果応報というべきか、立ち位置を変えて再現される。絵美里の存在感に、島田の観察眼が窺える。若い女性特有の感情や思考が詳らかにされ、絵美里ほど美人でなくても、「こんな人、いたな」と3人の女性の顔が浮かんだ。年齢を問わず、男が女性に抱く幻想の本質も描かれている。

 本作が行き着いたのは、常識を逸脱した<新しい家族の形>だ。おまえも三島も、そして絵美里も了解した上で大団円のはずが……。成就したかどうかは伏せておこう。映画化を期待している。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「きっと、星のせいじゃない... | トップ | 「イミテーション・ゲーム」... »

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事