NHKEテレ「バリバラSP」障害者サミット(再)視聴中。こういう番組は"視点の変更"の提示という多文化共生・多様許容・多元主義の基礎になると思う。今やっている"知的"という語の意味に対して、"知的障害者"が行っている街頭インタビューも面白い。紋切り型の答えを避けると難しそうだ。
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"障害者"という表現も、差別的だと感じる人が結構いる。「言葉狩り」とも揶揄されることも在るが、言葉の響きや表記の漢字の意味に敏感になるのにはそれなりの社会的な要因があるのだと思う。現実社会での評価・待遇の低さがあるから、向上させる切っ掛けとして、表現問題を指摘することになる。
いじめ問題や他の差別問題とも共通するのは、ここに問題が存在するぞと認めさせる段階の壁の高さだ。問題であると認識することも難しいが、様々な理由で認める訳にはいかないという抵抗も根強い。「自分が優位であることを確認する」「他人の不幸を楽しむ」ことが生き甲斐で、奪われたくないのかも。
エンターテインメントとして報酬を貰いながら笑われるリアクション芸というものと、いじめ・ハラスメントとの違いを主張する人も居るが、きちんと違いを認識できている人はどのくらい居るのだろう。成人でも決して多くないのでは?そもそも笑う側にはその違いを求める動機がない。
今回の総選挙だってエンターテインメントとして扱うことに長けた人々によって面白おかしく報道されている。この態度に反発する人も居るが、娯楽として求めるグループの存在の方が影響力が強いのだろう。こき下ろしたり笑い飛ばしたい心境の人もいるだろう。それを咎めることは独善的と自戒している。
いじめや差別やハラスメントを「悪い」として、無くそうと運動することは表面的には受け入れやすいのだろう。しかしそれと自覚すらしていないで行為する人々には結局伝わらない。全ての人に、宗教的求道者や聖人を目指すように強いること指導したりするのも、解決策ではないと思う。
相対化して考える訓練をして居るつもりなので、どれかが正しくどれかは間違っていると決めつけることから離れたい。そうすると、いじめや差別やハラスメントにどういう態度をとるのか難しい。無くそうとする人とそうで無い人と分けることすら難しい。単純な肯定と否定、許容と拒否ではないレベルへ。
(自分自身がどうにもまとめられない問題だからつぶやいています。断言できるほど自分を信じられる人は、本当に心の底から羨ましい。泥沼で溺れ、藻掻いている心境なのですから。)
巨大地震に備え津波の痕跡調査公開 愛知県 | NNNニュース - news24.jp/nnn/news862114… "南海トラフ巨大地震に備え、愛知県は過去に大きな津波があったかどうか、その痕跡を確かめる調査を行っているが、19日、その調査の様子が公開された。"
原子力規制委員会の主要人事って野田内閣が議会承認受けないで強行した経緯があったけれど、安倍新政権ではそれを理由に自民党の政策寄りの人に交代させるつもりが在るのだろうか。再開を熱望している圧力団体は、この数週間の規制委員会の動きを歓迎していなかったようだし。
任期満了に伴う日銀総裁後任人事でもニュースに上がってきた日本郵政社長人事でも、時の政権与党の政策に合う人に交代させる正統な法制度がある。色々な思惑があると忘れがちだが、法制度が道具に過ぎないことを思い出すことになった。
Reading:米原子力委員“規制委の独立性不可欠” NHKニュース nhk.jp/N45760CW "日本が、原発の安全を確保していくためには、何よりも原子力規制委員会の独立性を保つことが不可欠だとの認識を示しました。" でも独立性を担保する手法があるのだろうか?
総選挙と同時に行われた「最高裁判所裁判官の国民審査」のように、国民主権理念の実現のために存在する制度だが形式だけ整えられた儀式がある。こういうものに手を付けることが必要だと思うことも在るが、国民の総意として望まれることなのかがわからなくなっている。必要だと思う人は少数派なのか?