古代ローマの出版事情 古代ローマの「出版」の話をしよう。もちろん出版と言っても、今日みられる活字印刷のことではない。一五世紀半ばにグーテンベルク(Johannes Gutenberg)が活版印刷技術を発明し、聖書の印刷本を刊行し、その後の印刷技術の発達にともない、とりわけ今日ではコンピュータのおかげで出版刊行がさらに容易になり、そのために世の中に出版物があふれかえっている。けれども、西洋の古代世界にも書物の出版なるものは存在した。もちろん、出版の事情は近代以後とはまったく異なっていた。 ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』(Il nome della rosa)を読んだことのある人がいるだろう。あるいは、ショーン・コネリー主演の映画で観た人もいるかもしれない。そこで描かれた修道院の文書館には、多くの写字生とともに、挿絵を担当する細密画家が働いている。一三〇〇年代であるから、時代は中世である。