とりあえず現状想定できる感じだと
ようやく土壌が出来てきたクリエイターの作品発表と
それに伴うクリエイター数の減少並びにアニメ産業の衰退ってところか。
の裏の人たちに金が回って終了だろ。
でも、その頃は80年代初頭か70年代だったから、そもそも実用的なPCすら無かった時代だったしなぁ。銀行のオンラインですら、今より遥かに未熟だった時代だしw
高校は工業系だったけど、ミニコンで動いてる成績管理システムがあったし(後に32ビットのPC98数台で稼働するようになったみたいだが。流石に今はどうなってるかは知らんが)、それが普通だと思ってたよ。
18歳未満に見える、だからな
作者も購入者も20代後半の人妻モノだという認識を持っていても誰かが18歳未満に見えると言いだして公的機関がそう認定したらアウトだからな
手書きをワープロに置き換えただけで楽になると本気で思ってんの?
だとしたら、アンタの要求は通らないよ。楽になんかならないからなw
とりあえず、外枠だけでも作って、後はコピーでも取って文字だけ手書きで十分じゃね?
楽にしようと思ったら、それこそシステム化しないと無理かもよ?アンタには理解不能だろうけど。
俺は高専行ったから通知表のようなものは無くて、単位取れたかどうかだけ書いてあるやつだから高校がどうなってるかは知らんのでその高校での話はなんとも言えんが
ほぼPCで作って、最後だけ、簡単な一言と自分の名前をボールペンで書くようになって何年経ったかな。
初めてやったときは落ち着かなかったけど、世間的に年賀状がかろうじて付き合いを消さないための義務みたいな感じになって
今時、手書きの通知表ですか?
申し訳ない。本当に日本ですか?
80年代後半、高校生だった自分はプリントアウトされた通知表貰ってたんで。(つーか、成績管理システムが印字してた代物だから、Excelがどうとか言う次元では無かった)
次の自殺関連の表現規制で事実上キツイ死を原動力にしたマンガやアニメも縮小方向に。
感動の源みたいのを失った業界に残るのはなんなんだろうなぁ。
拝承できない人の特徴は、よくネットやテレビで見かけますが、SIerに向いていない人の特徴 はあまり見かけたことがないので、10個挙げてみました。
いくつか似たようなのが含まれてますけど。
過去に出会った人々(自分も含め)の中で、「SIerに向いていない」と思った人々の特徴をあげていってみました。さすがにこの特徴を全て満たしている人には会ったことないですが、近い人はいた気がします。(自分も含め)
あくまで「SIerに向いていない」なので、納品しない受託開発などの場合にはこの限りではありません。
他にもたくさんあると思うので、これぞという特徴を思いついたらぜひ教えてください。
都会はどうか知らんが俺の地域は通知表といえば手書きに判押しだ。
だから俺は提案した。「通知表をパソコンで打てるようにしましょう」と。
「おおいいね。来年度からやってみよう」とすんなり決まると思っていた俺が馬鹿だった。
「うーん、ちょっと難しいな」
「え、なぜですか?」
「手書きのぬくもりがさぁ」
「え?」
ぬくもりって何?
まぁ確かに、お手紙とかでも手書きの方がなんだかいい気がするのはわかる。
まず労力。PCでぱぱっとやっちゃった方が失敗を気にする心配もないしぱぱぱっと打ち込んでいける。
全然労力が違う。
それはなぜか。
だいたい俺みたいな新人ちゃんは、書いたら先輩に見せる。
それで誤字脱字はもちろん、おかしな表現がないかチェックしてもらう。そこで教師独特の表現技法を学ぶんだ。
それが済んだらだいたい清書をする。
ここが大変なんだが、書けたら校長に提出。
そこで問題が発生する。
先輩先生のチェックはかろうじてくぐりぬけても、校長チェックにひっかかる文章がある。
でも、もうすでにボールペンで書き込んであるので書き直すには全部いちからやり直し。
1学期ならまだしも、2学期3学期なら保護者の判子もあるから一からなんてまず無理。
それがPCだったらどうか。
最終原稿が上がって校長チェックを受ける。そのとき何かまずい文章があれば
「ここ直してよ」
「了解です」
で済む。
いろんな目を通すので文章のクオリティが上がる。
それなら下書きの段階で見てもらえばいいじゃないかという意見もある。
確かにそうだが、俺のような新人ならともかく、ペテランになってくるとあまり人に見せず自分だけで仕上げてしまうことがよくある。
家に持ってかえって(本当はダメだが)仕上げてくる。
調べてみると小学校で通知表のデジタル化に取り組んでいる学校はたくさんある。
コンテストなんかもやっている。
大概のPC通知表はファイルに紙を差し込んでいくタイプになっている。
そこに通知表だけでなく、学校でもらった賞状などをはさんでいくことができる。
卒業したとき、通知表や賞状が1さつの本になっている仕組みだ。
これは子どもたちに大変好評らしい。
その唯一のデメリットも成り立つか怪しい。
ただでさえ教師は多忙で自殺者もでるくらいなのに、もうちょっと労力を削減する方法をとってもいいと思う。
好きで残業するヤツは別として。
学校現場の中でのぬくもりという言葉は、「子どものため」という言葉と同じぐらいずるい言葉だ。
枕詞にそれをつけるだけで、ほとんどの行動が正当化されてしまう。
そう言われた頭ごなしに怒りにくい。
ぬくもりも一緒。
このタイミングで「ぬくもりが・・」と言われたらも言い返せない。100対1でも負ける。伝家の宝刀。
ずるい。
本当にずるい
でも俺は断固として通知表ワープロ打ちを推し進める。誰が何と言おうと。
学級通信でさえ、昔は手書きだった。古い先生に聞くと「ガリ版というのがあってね」と話しだす。
だが今はどうだ。ワードや一太郎(←これも教育界の特徴)で作ってるじゃないか。
手書きしている人の方が珍しがられるくらいだ。
それに小学校以外、つまり中学校や高校ではもうほぼワープロ打ちだ。
ぬくもりが何にも変えがたいかげがえのないものなら、50年後100年後も手書きでしろよ?
それくらい覚悟を決めてつかえよ、ぬくもりを。
周りが始めたから始めたとか言うなよ。
診察おわた。進展なし。空いてた&父が来ていることを事前に話しておいたため、医者の態度は前より良くなった。あんまり進展がないので診断スパンをふやしてもらうことにした
もういいんじゃないのと思う。
青二才の日記見たら、次の診察あたりで躁鬱病の診断受けてから一ヶ月ぐらいになるようだ。
その間大学病院には何回ぐらい行ったのだろう。
確か3回だか4回だか、そんなところだろうか。
それで特に鬱病でもないって言われてるんだから、いいかげん諦めた方がいい。
なんかつらいつらい言ってるけど、それは鬱から来るものじゃなくて、例えば仕事行きたくないとかそういうもっと単純なものなんじゃなかろうか。
まぁそういうのも含めて鬱病なのか知らないけど。
そしてこの件に対する青二才のメンヘラ仲間(四十半ばのおっさん)からのありがたいアドバイス。
@tm2501 んーそんなこったろうと思ったぜい。あんまりナメたマネをして、青パパに怒鳴り込まれると恐いもんね。チンカス野郎め。f*ck! 進展ない場合、多少の演技という名の誇張は必要かもしれんよ。
く、クズだ……
ていうか、精神科ってこんなのばっか来るの?
mashable(http://mashable.com/2013/06/11/google-design-guidelines/)の記事から
Googleの中の人によるデザインのガイドラインを知り(http://www.behance.net/gallery/Google-Visual-Assets-Guidelines-Part-1/9028077)
このプラットフォームがデザイナーのポートフォリオサイトに焦点を絞ったSNSだって知って目を白黒させてるところ。
たまに眺めているのは悪くないな。
これは確かにそう思うね。企画やプロデュース系の友達がいて、彼らがどう考えて日々仕事しているかもよく知ってる。
だから開発以外いらないんじゃね?って思うし、実際そういう会社なり部署なりもある。
しばらくはそう考えていたけど、最近は少し違う考えも持ってる。
例えば、作業者が自分ひとりなら問題ないけど、人が組んで仕事し始めると、高い確率で人に由来するような問題が起こる。
誰かが病気になるとか、サボるとか(貢献度が揃わない)、喧嘩するとかね。
企画・命令する側といっても、企画やアイディアを考える仕事の他に、そういう管理系の業務もやってくれてるんだよね?むしろそっちが時間の9割とかでしょう。
逆に開発に専念できることを感謝しないといけないのでは?"もっとこうすれば良いのに"ってアイディアがあれば、進言すれば受け入れてくれるでしょう。
なので一度自分で人を集めて仕事をしてみることをオススメする。才能や仲間に恵まれれば、そっちのほうがうまく行く可能性がある。
で、先輩に対して礼儀を払う社会と、払わない社会、どっちが理にかなっているのかという科学的な調査結果でもあるのか?
「アメリカがこうだから、日本もこうなるべき」ってんなら、まず軍事費を倍増させて憲法九条を改正して銃刀法を廃止すべきではないか?
そもそもジョブズって、「週90時間、喜んで働こう」って言い放つような、ワタミのような精神構造を持ってる奴なんだよな。おしゃれな商品を出してるから騙されてる奴が多いけど。
言いたいことはわかる。
別にアーティスティックな見た目だけの芸術作品をとか言う話じゃないんだよな。
「こういう感じで、こんな感じで」ってクライアントの前で
ボールペン一本で絵に起こせない奴は総じてクソ。
http://anond.hatelabo.jp/20130612141710
性に合う合わない、どっちが好きとかはそらあるだろ。
でも「楽」ではねえよ。
そもそも設計の人間が企画のことを「ラクだな」なんて思ってないだろ、
頭悩ませたりクライアントに媚びへつらったりとか絶対しんどいわ。
制作側は制作側で細かいところまで頭悩ませたり、納期に間に合わせるために自分の休み削ったりしてるんだよ。
だからな「対等」なはずなんだよ。
「あいつらは頭で考えられない馬鹿」みたいに扱う場面が多いのが我慢ならない。って話。
全てとは言わないが。
だから我慢してやってるってのがわかんねえのかなあ。
かかっておいでよどうぶつの森って誰が考えたんだ。
身の回りに、理系の大学だけあってそんなに多くないのだが、いわゆる"意識高い"やつらがいる。
"意識高い"にもいろいろあるだろうが、ボクが言っているのは「楽しいことがしたいです。今が楽しければいいです」と言って、校外活動やら、ボランティアやらをしているやつらだ。
勝手にやらせておけばいいじゃないかと思うかもしれない。実際その通りにしているのだが、そもそも考え方が嫌いなのだ。
最近気づいてしまったのだが、やつらの「楽しいことがしたい」は「楽しくないことはしたくない」なのだ。それでいて、優越感に浸り、自分たちが世の中を動かしていると勘違いしている。
世の中のどれだけのことが楽しくないことでできているだろうか。
楽しいか楽しくないかなんてものは意識次第だという人がいるかもしれないが、そういう問題ではない。
ぼくはブルーカラーの人たちこそが世の中を支えていると信じているのだが、そういった人たちを世の中の負け組と見下す彼らが嫌いだ。