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歴史と暴力に関するkana321のブックマーク (4)

  • 『暴力の人類史』 人類史上もっとも平和な時代 - HONZ

    テロ、紛争、無差別殺人。世界は悲劇的なニュースで溢れている。人類は自らの手でその未来を閉ざしてしまうのではないか、と不安になる。ところが、著者スティーブン・ピンカーは大胆にもこう主張する。 長い歳月のあいだに人間の暴力は減少し、今日、私たちは人類が地上に出現して以来、最も平和な時代に暮らしているかもしれない にわかに信じがたいこの説を検証し、読者に確信させるためにピンカーは、人類の暴力の歴史を大量の統計データとともに振り返る。書が上下で1,300ページ超という並外れたボリュームで膨大な文献を引用しているのは、並外れた説の主張にはそれに見合った証拠を提出する必要があるからだ。しかし、ピンカーが「統計のない物語が盲目であるとするならば、物語のない統計は空疎である」と語るように、書はデータばかりが延々と続く退屈なものではない。持続的な暴力減少を示す圧倒的な事実の積み重ねとそのメカニズムに対す

    『暴力の人類史』 人類史上もっとも平和な時代 - HONZ
  • 人質と犯人の奇妙な共感、「ストックホルム症候群」事件から40年

    1973年8月23日にスウェーデンの首都ストックホルム(Stockholm)のノルマルム広場(Norrmalmstorg)にある信用銀行クレジットバンケン(Kreditbanken)に押し入り、人質をとって5日間たてこもった後に逮捕され、ガスマスクをつけた私服警官に連行されるジャンエリック・オルソン(Jan-Erik Olsson)元受刑者(中央)。(c)AFP/SCANPIX SWEDEN/EGAN-POLISEN 【8月23日 AFP】スウェーデンの銀行強盗立てこもり事件から生まれた「ストックホルム症候群(Stockholm Syndrome)」という言葉は、40年が経った今も人質の心に起こるある現象を説明する際に使われている。 しかし、この現象がどういうものかを正確に知っている男性がいる。ジャンエリック・オルソン(Jan-Erik Olsson)元受刑者は1973年8月23日、スウェ

    人質と犯人の奇妙な共感、「ストックホルム症候群」事件から40年
  • 戦前は学校でも軍隊でも体罰が絶対禁止だった : 少年犯罪データベースドア

    2013年02月15日00:51 戦前は学校でも軍隊でも体罰が絶対禁止だった 拙著『戦前の少年犯罪』の参考文献にも使った江森一郎『体罰の社会史』なんかを基に、欧米のように殴ったりせず子どもをのびのび育てる日の江戸時代からの伝統をまとめた「日の体罰の前史」というページがあるんですが、途中で戦前には体罰がなかったとかあったとかいう妙な話になっています。 我が国の歴史の基的な処がこうも混乱したままで、正しい日像が日人に共有されていない状態では困りますので、整理しておきます。 戦前にも体罰はありましたが、戦前は体罰が絶対悪で、明確に「犯罪」として処理されていたのです。 なんか、戦中は違うと読み取る方が多いみたいなので、念のため書き加えておきますが、戦時中も体罰が絶対悪で、明確に「犯罪」として処理されていたのです。 変わったのは戦後になってからです。 戦前の新聞を読んでいる方なら、教師が生

    戦前は学校でも軍隊でも体罰が絶対禁止だった : 少年犯罪データベースドア
  • 無責任きわまりない「河野談話撤回」論者たち - Apeman’s diary

    最初に不明を恥じておくと、07年のあの“国辱的”な事態のあとで、「慰安婦」問題へのこれほどのバックラッシュが起ころうとは、想像もしていませんでした。しかも5年間でレトリックをつくり直してきたならともかく、なんとかの一つ覚えよろしく「強制連行はなかった!」でどうにかなると思っている。弁解するなら、いくらなんでも日の保守派・右派がこれほどの阿呆揃いだと予測できなかったとしても、そりゃ私の責任ではないだろう、と。 先日のエントリでも分析しておいたように、「河野談話」は言葉遣いに関して極めて周到であり、その当時政府関係者が知り得たことを非常に忠実に反映していると考えられます。その後20年間で明らかになったこと、特に占領地における性暴力の実態を考慮に入れるなら、いまや「踏み込みが足りない」と評するのが妥当なくらいです。「河野談話」に依拠して「慰安婦」問題についての認識を形成した人間が「そうか、朝鮮

    無責任きわまりない「河野談話撤回」論者たち - Apeman’s diary
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