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2012年5月1日のブックマーク (4件)

  • 東京新聞:貸し切りバス 上限670キロ見直しへ:社会(TOKYO Web)

    高速ツアーバスなど貸し切りバスを運転手一人で走らせる場合の走行距離の上限を「一日当たり六百七十キロ」と定めた国土交通省が、事業者と運転手に実態調査した総務省から「健康面や生理学的な面を検討していない」として、二〇一〇年に改善を勧告されていたことが分かった。群馬県藤岡市の関越自動車道で七人が死亡したバス事故を受け、国交省は上限を見直す方向で検討を始めた。 国交省は二〇〇八年の指針で、ツアーバスについて運転手一人の上限距離を二日間の平均で六百七十キロとした。 総務省の資料によれば、国交省は全国九十二の貸し切りバス事業者から提供された実際の運行データを基に、運転手一人による運転時間と走行距離だけから上限距離を計算。総務省は「労使間の取り決め、運転者や有識者の意見などは考慮されていない」と指摘し、改善を促した。国交省の指針では、日中に比べて睡魔に襲われやすい夜間の基準も設定されていなかった。 指針

    o-kojo2
    o-kojo2 2012/05/01
    夜間の基準がなかったのか
  • 高速ツアーバス事故の3つの事故原因を理解しよう 運転ミス・規制緩和・ガードレールの状況

    高速ツアーバスの事故がありました。僕もこれから大阪旅行に行こうと思っていたので人事ではありません。 調べてみると、事故の原因には、3つのことがありそうです。バスを利用する僕らはこの事故から学んで賢くならなければいけません。 ▼高速バス業界の実態を暴いたは殆ど無い ジャーナリズムも高速バス業界にはほとんど注目していませんねえ。 人的原因(運転手の状態)規制緩和ガードレールの設置状況基的に1の人的原因を真っ先に考えてしまいます。 もちろん運転手が事故を起こさないように(居眠りせずに)運転できていれば事故はほとんど起きません。事故に巻き込まれることはあっても。 だから1の人的原因について考えなくてはいけません。 ただし、人的原因だけを追求して、責任の所在を明らかにして償ってもらったところで、以後事故は起きないかというと、必ず起きます。人間はミスをするものだからです。 被害者の感情を考えると

    高速ツアーバス事故の3つの事故原因を理解しよう 運転ミス・規制緩和・ガードレールの状況
    o-kojo2
    o-kojo2 2012/05/01
    「今の時代って、安かろう悪かろうという言葉が、いろんな所に当てはまります」はげどう
  • 自民党と徴兵制について少しまとめ - 法華狼の日記

    「軍の音が聞こえる」という声は時たま幻聴 - 法華狼の日記の続報みたいなもの。 合理的でないから導入されないという立論は、非合理的な制度も導入されうるという[twitter:@Hideo_Ogura]氏の指摘に対して無意味。そもそもが合理的とは思えない憲法改正草案が発端なのだから。 だから、今のところは表立って主流にはなっていない、少なくとも憲法改正草案に直接は書いていない、といった論にとどめるべきではないのか、とid:JSF氏に対しては思う。 また「徴兵制の導入」か? - Togetter ブッ RT @akahataseiji 自民党の「憲法改正草案」には、「徴兵制」の文字は出てこない。しかし、「国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」とか、「国は、主権と独立を守るため、国民と協力して」という記述は、「徴兵制」導入を前提とする規定だという赤旗政治部の担当記者の分析。 obiekt_JP

    自民党と徴兵制について少しまとめ - 法華狼の日記
    o-kojo2
    o-kojo2 2012/05/01
    徴兵制を入れないと若者が教育できないって主張する人って、教育基本法が改正されたことをどう評価してるんだろ?
  • Gazing at the Celestial Blue 旧日本軍第32軍司令部壕説明板記述から「慰安婦」等の記述が削除

    「沖縄情報うちなーぐちフェスタ」さんでは、「旧日軍の第32軍司令部壕」をこう説明していた。この司令部跡は首里城と弁財天の間にあるのですが、看板もなく、どのサイトでもあまり紹介されていないため、誰も訪れることが有りません。 あるいは、「沖縄発!役に立たない写真集」さんによると、首里城と弁財天堂との間の木々の中にひっそりと、首里にあった旧日軍の第32軍司令部壕の痕跡が残っています。案内板も説明板も無く、首里城とは対照的に、観光客はだれも誰も訪れてはいません。 草場の中に埋もれようとしているこのコンクリートの残骸が、旧32軍司令部壕の入口の一つでした。現在戦闘による落盤の為、この入口からは入る事ができません。 そんな旧日軍第32軍司令部壕に、説明の看板が設置されるという話を目にした。説明文案はこんなだったというのだが…。 第32軍の創設と司令部壕の構築 1944(昭和19)年3月、南西諸島