消費増税は今後10年間必要ない――。2019年に安倍晋三元首相が発したこの言葉は、永田町や霞が関でいまだに大きな影響を及ぼしている。世界情勢や景気動向はめまぐるしく変化し、日本を取り巻く環境は年々厳しさを増している。財政需要も増大する中、霞が関の一部に安倍発言の「呪縛」を解こうとする動きがある。
「霞が関では消費増税を政策手段として議論することも許されない」。霞が関で政策立案に携わる官僚はこうつぶやく。
19年7月3日に安倍氏が「安倍政権ではこれ以上(消費税を)引き上げることは全く考えていない。今後10年間ぐらい必要ない」と表明した。安倍発言以降、この官僚の認識は霞が関で共通化している。
「水と油」の官僚同士が…
消費税は幅広い世代へ薄く課税できる半面、景気への影響が大きく、低所得者ほど税負担は重くなるとされる。こうした影響を考慮してか、菅義偉前首相や岸田文雄首相も安倍発言を踏襲した。
そんな状況下で、この「呪縛」を解こうと財務省と厚生労働省の有力幹部たちが水面下で動き出した。
「次期公的年金制度改革の機会に、消費増税を政策の俎上(そじょう)に載せるべきではないか」
21年、75歳以上の医療費窓口負担を巡る改革を終え、こんなやりとりを始めた。財務省と厚労省のみならず、自民党と公明党ばかりか時の首相である菅氏をも巻き込み、一定の所得がある高齢者の窓口負担を増やす政策が一大騒動になった記憶も新しい時期だった。
その経歴や当時のポストからそれぞれの省で出世を約束された有力幹部たち。社会保障制度の持続可能性や財政健全化を憂え、電話や会合などの度に問題意識をすりあわせていった。
財政規律を重んじる財務官僚と、社会保障制度の充実に向けて財政支出を求める厚労官僚は、もともと「水と油」のような関係だ。だが、意外にも厚労省内には、社会保障制度の持続可能性を維持するため効率化にも目を配る官僚は少なくない。
毎年末の予算編成過程では、医療や介護の無駄を省き、自ら財源を調達して財務省との交渉を優位に進めようとする厚労官僚もいる。ある厚労官僚は「中央官庁の中で財源を持ち込んで予算を折衝する省庁は厚労省ぐらいだろう」と自嘲気味に笑う。
描いたシナリオ
奇妙な信頼関係を築く両省の有力幹部は政策論議を重ね、消費増税案をひそかに練り始める。描いたシナリオの大枠は次のようなものだ…
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