タイポスはスパイスの文字である。そこには窓際のトットちゃんがいる。料理の素材も仕上がりもスパイスでおいしくなるように、タイポスで文章がおいしくなっていく。それにくらべると、精興社の書体はプロの料理人がつくる氷の彫刻のようだ。研ぎすまされた刃先の跡がある。 正木香子(まさき・きょうこ)が綴った文字についてのエッセイは、とても新鮮だった。文字文化論ではない。エッセイの関心はひたすらタイプフェイスやフォントに向かっているだけなのだが、文字にこんがりした焼き目が見えてきたり、香ばしい匂いがしてくる。 どのようにか。こんな調子だ。 ドリトル先生も長靴下のピッピもナルニアの魔女も、岩田明朝体に攫われて読んだ。あの書体はドロップの缶から出てくる文字だ。けれどもデジタル化された「イワタ明朝体オールド」はもどかしい。チョコ味のドロップを食べたくても、たいていハッカ味が出てくる。 小川洋子の『密やかな結晶』を