『逃亡くそたわけ』(絲山秋子著・講談社文庫)より。 (精神科の病院から「逃亡」し、九州を車で南下していた「あたし」と同行者の「なごやん」の宮崎市でのやりとり) 【「久々にネクタイをした連中を見たな」 そう言ってなごやんは少しだけ表情を曇らせた。 「出張も多いんだろうね。空港近いし」 「飛行機やったら東京もすぐやけんね」 なごやんは浮かぬ顔でフォークとナイフを揃えて皿の上に置いて、言いにくそうに言った。 「東京から福岡までの距離ってさあ、福岡から東京までの距離の倍以上あるんだぜ。わかる?」 「どういうこと? 一緒やろ」 「遠く感じるってこと」 「そうね」 「俺さ、前につきあっていた彼女に『九州なんかにまわされてかわいそう』って言われたんだ。田舎だからなんだって。ちょっとショックだったよ」 「福岡やったら都会やのに。田舎ちうたら……」 その先は言わずもがなだった。あたし達は多分、同時に昨日通っ