わきまえちゃってた女も参戦を いつまでも続く不平等社会との闘い
米国を変えるために立ち上がった女性10人を紹介した「私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い」(集英社新書)。著者である女性研究者5人とオンライン座談会を開き<アメリカから学ぶ声の上げ方12カ条>を練り上げていく。中編のテーマは「戦略」。いよいよ声を上げることを実行するときの注意点について議論する。【國枝すみれ】
著者5人は、アメリカ研究が専門の、同志社大学の和泉真澄(いずみ・ますみ)教授▽立命館大学の坂下史子(さかした・ふみこ)教授▽東京大学大学院の土屋和代(つちや・かずよ)准教授▽同志社大学大学院の三牧聖子(みまき・せいこ)准教授▽ハワイ大学の吉原真里(よしはら・まり)教授。(以下は敬称略)
戦略を立て、周到に準備しよう
◆和泉 分析の後は、戦略を立てなければなりません。周到にデータをそろえ、理論武装する。あるいは優しい言葉でより深くメッセージが届くよう工夫する。連邦最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグ(RBG)が典型です。徹底してデータをそろえ、作戦を立て、法廷闘争に挑む。背も小さく、話し方も柔らかい。なぜ現存のシステムが不平等なのかということを、幼稚園の先生のようなつもりで男性判事たちに説明する。そうやって、全米で200近い性差別的な法律を一つ一つひっくり返していったのです。
◆吉原 ハワイアンの主権運動を率いたハウナニ=ケイ・トラスクもすごい人でした。トラスクは聴衆によって演説スタイルを変えました。大学などアカデミックな場では、いかに米国のハワイ植民地化の歴史がハワイアンを傷つけたか、誰も反論できないぐらいに具体的な例を挙げ、徹底的に論拠を示し、早口で説明します。
一方で、ハワイ王朝が非合法に転覆させられてから100年後の1993年の抗議集会での演説は、パワフルなものでした。「私たちはアメリカ人ではない!」。これを6回繰りかえした。一般聴衆を相手に語る時には、直接的で印象的な言葉を使い、人々を鼓舞するのがものすごくうまかったのです。
冷静に、笑顔で、丁寧に
◆坂下 いくら周到に準備して、理論武装して、データを添えても、結局は聞く側が耳を傾けるか、によりますよね。だからこそ、トラスクのようにその場に合わせて話し方を変える必要が出てくるわけです。
トラスクの「私たちはアメリカ人ではない!」や、銃規制を求める高校生エマ・ゴンザレスの「そんなやつらはBSと呼んでやる」(BSはbullshit、牛ふんの略)の演説は、怒りをストレートにぶつけるものです。それは本来あるべき姿だと思うのですが、そうすると聞いてもらえなかったり、信ぴょう性が途端に薄れてしまったり、信用されなくなったりすることが、女性の場合には往々にしてあります。
そのため、声を上げるときには、冷静さ、笑顔、丁寧な態度を保ち、誰からも尊敬され得る人物が声を上げる代表となる、つまり品行方正戦略が使われることがあります。例えば、最高裁判事に指名されたブレット・カバノーに性的暴行を受けたことを上院司法委員会の公聴会で証言した心理学者クリスティーン・ブラゼイ・フォードは終始落ち着いていて「理想的な被害者」でした。感情を、どういう形で、どういうジェスチャーで、どういうタイミングで出すかは、とても難しく大変な問題なのです。
怒りを表すことをためらわない
◆和泉 マイノリティーだったら何倍も優秀で努力しないと、マジョリティーと同じ場所に立てないでしょう。それで、黙って何倍も何倍も努力する。それが一つのやり方です。マジョリティーが覇権を握る空間では、マイノリティーの怒りの正当性が認められることはない。抑圧されれば怒るのは当然ですが、怒りを認めれば、マジョリティーは自分が他人を抑圧していることを認識せざるを得なくなるからです。マイノリティーの正当な怒りはマジョリティーにとっては恐怖です。だからこそ、怒りを表すことで事態を変えることも可能です。冷静に、丁重に行動することで、相手に付け入る隙(すき)を与えないというやり方と、怒りを表すことで、現在の不平等な構造自体が「BS」だと暴露してしまうのと、二つのやり方があるのです。
◆三牧 私はゴンザレスの「BSスピーチ」が好きです。BSは、「ふざけるな!」といった意味で、強い怒りの表明です。ゴンザレスは意図的に激しい言葉を使うことで、「社会に異議申し立てするときはそれなりの手順を踏め」みたいな考えを否定します。毎日のように人が殺されているのに銃規制は進まない。こんな不条理に人々は憤るどころか、慣れてしまっている。こうした人々に対し「もっと感情的であるべきだ、感情を取り戻そう」と訴えたのです。Z世代は、感情をコントロールできることが大人、とは考えていません。こんな狂った世界で、怒るのは当然、と考えています。
笑いにした瞬間、相手の剣がポトンと落ちる
◆土屋 怒りと逆の方向で、笑いも大事かなと思います。「こんなアフロヘアだから、カリフォルニア大で教える資格がないって言われちゃうのよね」。黒人活動家アンジェラ・Y・デイビスが講演会で言うと、みんながワッと笑う。アフロヘアは白人が作り上げてきた美の価値観にノーという思想の表れであり、デイビスにとってアフロヘアでいることは黒人自由闘争の一環です。けれども、…
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