トルコを代表するノーベル文学賞受賞者、私もその深いユーモアと鋭い皮肉と物語のロマンティックさを敬愛してやまないオルハン・パムク。新作は二〇二一年に出版された長編で、舞台は一九〇一年、つまりオスマン帝国末期におけるミンゲル島という美しい場所である。 その地図で見つけにくい島に、ある日ペストが発生し、蔓延(まんえん)する。噂(うわさ)を聞きつけた皇帝アブデュルハミト二世は有名な疫学者を船で秘密裏に派遣するのだが、彼は何者かに殺されてしまう。
「鉄道と愛国」 [著]吉岡桂子 冒頭に、鉄道は国家と個人、歴史と現在の交差する場とある。本書はその通りの書で、新聞記者として、あるいは一人の鉄道マニアとしての目で、日本の新幹線の対外進出(特に中国)、その後のアジア諸国への進出競争、各国の鉄道状況も乗車体験で描写している。 鉄道は人と物資を運ぶわけだが、それぞれの国の文化、生活習慣、速度を競う国民的誇りも運んでいることに気づく。日本は新幹線の輸出にあたって「車両、信号、運行システム」の3点セットへのこだわりが強い。安全確保のために必須との考えだ。日本は売り手の言い分を通そうとするが、買い手の仕様に目を向けるべきではないか、との指摘は貴重である。 鉄道の輸出に関わる政治と経済の関係、泰緬(たいめん)鉄道を国連教育科学文化機関(ユネスコ)での世界遺産指定を目指すタイとそれに抵抗する日本、「鉄道」から見える「歴史戦」に神経質な日本の姿など、興味あ
微生物が地球をつくった 生命40億年史の主人公 著者:ポール・G.フォーコウスキー 出版社:青土社 ジャンル:自然科学・環境 微生物が地球をつくった [著]P・G・フォーコウスキー 生物界をつくった微生物 [著]N・マネー これらの本を読むと、人類がいかに微生物に依存し、限りない恩恵を与えられたかがよくわかる。病気になるのも、健康でいられるのも微生物次第というわけで、全ての動植物は生殺与奪の権を微生物に委ねているのだから、生物圏の支配者は人類などではなく、大気や土壌、海洋、湖沼河川、森林などあらゆる領域を形成し、維持している微生物の方なのである。地球を動かすナノマシンとしての微生物こそが創造主なのである。 人類は目が悪いせいで、ごく最近までそれに気づかなかった。光の画家フェルメールと同郷のレーウェンフックが高倍率顕微鏡を発明し、自分の口腔(こうこう)粘膜を球形のレンズを通して眺めてみた時、
『〈正義〉の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか』(山田俊弘/講談社) いよいよ7月1日からコンビニをはじめ全国の小売店でレジ袋が有料になる。地球環境保護がその主な理由だが、たとえばウミガメやクジラなど海洋生物の体内から大量のプラスチックが発見されるなど、近年プラスチックゴミは多くの生物の命を危うくする世界共通の大問題になっている。だから少し不便になろうが、私たちもゴミ削減に協力するのは仕方ない話……だが、こんな質問をされたら、あなたはなんと答えるだろう。 なぜ、私たちは他の生物の命を守らなければならないのだろう? 「え、そんなの当たり前でしょ?」と、あえて聞かれると答えに詰まってしまいそうだが、『〈正義〉の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか』(講談社)の著者・広島大学の山田俊弘先生によれば、生物学の世界でも「生物保全の理由」をうやむやにしてきたというのだから、ある意味仕方がない
序 ジャン=ノエル・アレと悪臭追放の闘争史 1 知覚革命、あるいは怪しい臭い(空気と腐敗の脅威;嗅覚的警戒心の主要な対象;社会的発散物;耐えがたさの再定義;嗅覚的快楽の新たな計略) 2 … 序 ジャン=ノエル・アレと悪臭追放の闘争史 1 知覚革命、あるいは怪しい臭い(空気と腐敗の脅威;嗅覚的警戒心の主要な対象;社会的発散物;耐えがたさの再定義;嗅覚的快楽の新たな計略) 2 公共空間の浄化(悪臭追放の諸戦略;さまざまな臭いと社会秩序の生理学;政治と公害) 3 におい、象徴、社会的現象(貧民の悪臭;「家にこもるにおい」;私生活の香り;陶酔と香水壜;「汗くさい笑い」;「パリの悪臭」) 《におい》というと、必ず思い出すのがヴァン・ヴォートのSF短編『はるかなり、ケンタウルス』である。それはこんな物語だ。人類はついに長年の夢を実現し、最も近い恒星=アルファ・ケンタウリに向かって亜光速の宇宙船を打ち上
以前紹介したスティーブン・クーニン著の「Unsettled」の待望の邦訳が出た。筆者が解説を書いたので、その一部を抜粋して紹介しよう。 スティーブン・クーニンは輝かしい経歴の持ち主で、間違いなく米国を代表する科学者の1人である。世界最高峰のカリフォルニア工科大学で筆頭副学長までつとめた。伝説の研究者団体JASONの会長も務めた。コンピューターモデルによる物理計算の権威でもある。 温暖化対策に熱心な米国民主党のオバマ政権では、エネルギー省の科学次官に任命されていて、気候研究プログラムも担当した。 クーニンに対して、非専門家だとか、政治的な動機による温暖化懐疑派だとかする批判は出来ようが無い。 政治的な動機だけいえば、本書で書いてあるように、むしろクーニンは多くの政策において民主党を支持している。ならば、党派性からいえばむしろ気候危機説を煽るほうになる。 私利私欲だけを考えるなら、クーニンがこ
人工知能によって人は仕事が奪われる!この手の話はすでにクリシェですよね。今さら真面目に語ってどうするの?今回紹介する"A World Without Work"はまさに語り尽くされた感のあるこのネタを改めて大真面目に検証する本です。 本書を書いたダニエル・サスキンドは情報化による法律実務のパラダイムシフトなどの論文で日本でも知られるリチャード・サスキンド教授の息子さんです。"The Future of the Professions"を父親と共著で出していますが、今回が初めての単著となります。 A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond 作者:Susskind, Daniel 発売日: 2020/01/14 メディア: ハードカバー The Future of the Professions
進化が同性愛を用意した: ジェンダーの生物学 作者:坂口 菊恵創元社Amazon 本書は進化心理学者坂口菊恵による同性愛を扱った一冊.坂口は進化心理学的に性淘汰産物としてのヒトの行動性差,個人差について探究し,その後その至近要因にも踏み込んで内分泌行動の研究も行ってきた研究者だ.単著としてはナンパや痴漢のされやすさの個人差に関する「ナンパを科学する」に続く2冊目ということになる. 本書は同性愛を科学的に考察するものだが,まず同性愛行動そのものが複雑で多層的な側面を持つこと,またラディカルなフェミニズムや社会正義運動の吹き荒れる昨今,同性愛はなかなか社会的に微妙なテーマとなっていること,さらに(環境要因として)同性愛の社会史や文化史まで視野に入れていることから,かなり複雑で込み入った構成となっている. Part 1 同性愛でいっぱいの地球 第1章では動物界に同性愛行動がありふれていることが強
感染症の蔓延から検査の偽陽性・偽陰性、ブラック・ライブズ・マター運動や刑事裁判のDNA鑑定、結婚相手選びまで。重大事のウラに、数学あり。数学は、あなたの人生のそこかしこに入り込ん… 感染症の蔓延から検査の偽陽性・偽陰性、 ブラック・ライブズ・マター運動や刑事裁判のDNA鑑定、結婚相手選びまで。 重大事のウラに、数学あり。 数学は、あなたの人生のそこかしこに入り込んで、生殺与奪の権利を握っている。 生きるも死ぬも、数学次第なのだ。 実際、数学を知らないために、あるいは数学を誤用したために、 命を落としたり、財産を失ったり、無実の罪を着せられたりした例が、どれほど多いことか。 逆に、簡単な数学を少し使えるだけで、マスコミや政治家の嘘を見破ったり、 詐欺に巻き込まれるのを防いだり、健康診断の結果を正しく理解したりできるようになる。 さらには、理想の結婚相手を選ぶのにも役立つかも……。 数理生物学
ウクライナ侵攻から約半年後のウクライナ、 そしてロシア周辺国をめぐる、旅行作家・嵐よういちの最新作 75点 タイトルは ばーんとウクライナですけど 周辺諸国のほうが 沢山ページがかけられてます 内容には不満はないですけど ウクライナメインでは ないかな でも周辺の状況とか ウクライナへの考え方とか 避難した人に 話を聞いているから 興味深いですよ 但し 著者はジャーナリストではないので 危険地帯にいくわけではないです 作家が ほぼ観光として 入国している と言う感じですので 今まさに 私たちが入国したら こんな感じなのかな というのが分かります ➀ウクライナ、②ハンガリー、③沿ドニエストル・モルドバ共和国 ④モルドバ、⑤ポーランド、⑥ルーマニア、⑦ブルガリア ⑧ラトビア、⑨リトアニアの全9か国 各国の一般人の人が ウクライナやロシアのことを どう思っているのか 街の空気が割と伝わっていると
一九二五年三月二十二日、日本でラジオ放送が始まって、まもなく百年。同じ一九二五年にラジオ放送が始まったのが、当時オランダの植民地だったインドネシア。ともに島国で、地震や津波、火山噴火など自然災害の多い国だ。 太平洋上に浮かぶ二つの国をつないで活躍しているのが、かばんやスーツケースに入る「バックパックラジオ」だ。簡単にいえば「持ち運べる災害ラジオ局」。スマホアプリと小型FM送信機、アンテナを組み合わせた、簡便で安価な物。本書は著者らのアイデアによって生まれ、インドネシアの火山地帯に配備されるまでになった「バックパックラジオ」誕生の記録だ。 話はインドネシアの火山から始まる。度重なる火山の噴火とともに暮らす現地の人々に、いちはやく噴火の危険を知らせる道具として、二〇〇二年に小さな村にラジオ局が生まれた。やがてラジオは災害情報や音楽だけでなく、住民同士の対話の場となり、自治の手段に成長していった
もうダメかも 作者:マイケル・ブラストランド,デイヴィッド・シュピーゲルハルター発売日: 2020/04/13メディア: 単行本我々はウルトラマンに守られているわけではないのだから、死ぬときがきたら死ぬしかない。その事実は多くの人が認識しているだろう。が、実際に自分が人生の各フェイズでどれぐらい死ぬ確率があるのか、多くの人はそこまで認識してはいないのではないだろうか。10代、20代なら自分が死ぬことなど意識しないだろうし、30代でもそう大きくは違わないだろう。だが、人は何歳であろうともポカっと死ぬものだ。 というわけでこの『もうダメかも──死ぬ確率の統計学』は、ノームと名付けられてこの世に生を受けた一人の男性の成長を歩調をあわせて、人生の各フェイズでどのような死亡リスクがあるのかを細かく統計でみていこう、という本である。 たとえば、交通事故、出産時、タバコを一本吸った時、放射線を浴びた時、
禍いの科学 正義が愚行に変わるとき 作者:ポール・A・オフィット発売日: 2020/11/19メディア: 単行本(ソフトカバー) Kindle版もあります。 禍いの科学 正義が愚行に変わるとき 作者:ポール・A・オフィット発売日: 2020/12/08メディア: Kindle版 内容(「BOOK」データベースより) 科学の革新は常に進歩を意味するわけではない。パンドラが伝説の箱を開けたときに放たれた凶悪な禍いのように、時に致命的な害悪をもたらすこともあるのだ。科学者であり医師でもある著者ポール・オフィットは、人類に破滅的な禍いをもたらした7つの発明について語る。私たちの社会が将来このような過ちを避けるためには、どうすればよいか。これらの物語から教訓を導き出し、今日注目を集めている健康問題(ワクチン接種、電子タバコ、がん検診プログラム、遺伝子組み換え作物)についての主張を検証し、科学が人間の
内容紹介 デジタル化の波の中で古くなった社会制度やそれを支える哲学をデジタル時代に適したものに根本から見直した方がいいのではないか? 20世紀に大成功した近代工業モデルを修正しながらデジタル経済に合わせてきたが、いよいよ矛盾が大きくなりすぎているのではないか? 過去の成功体験にこだわっていると単に落伍してしまうだけでなく、格差の拡大や監視社会の暴走などの形で不幸な未来につながってしまうのではないか? 明治維新の時に、単に蒸気船や電信を受け入れるだけでなく、政治体制から法律、芸術や言語にいたるまで造り直したように、今回も仕組みを全面的に再構築しないといけないのではないか? それは結局のところ、新しい文明を構築するということではないか? 近代工業が生み出した、「大量生産品の排他的所有権を匿名の大衆に市場で販売(金銭と交換)する」モデルから「モノやサービスから得られる便益へのアクセス(利用)権を
「麻薬と人間 100年の物語」 [著]ヨハン・ハリ 読む前と読む後で目の前の風景が一変する本である。結論はこうだ。100年前にアメリカで始まった麻薬撲滅運動(麻薬戦争)がかえって麻薬依存症を増やし、ギャングに麻薬売買の特権を与えた。「え?」と最初は思った。が、警察官、密売人、依存症者、殺人者、ホームレス、大統領などへの膨大な聞き取り、一次史料の深い読み込み、徹底した自己懐疑力に鍛えられた本書を読んで、エルトン・ジョンから麻薬取り締まり当局者まで絶賛を惜しまない理由がわかった。 麻薬戦争のきっかけは、麻薬を禁止した1914年のハリソン法である。連邦麻薬局長アンスリンガーは、使用者は黒人ばかりで共産主義者は麻薬でこの国を滅ぼそうとしている、と宣伝し、ジャズ歌手のビリー・ホリデイを標的にして死に追いやった。 だが、麻薬戦争は目的と正反対の方向に向かう。価格が暴騰し、隠れて運びやすいように濃度を上
著者:アダム・ハート翻訳:柴田 譲治出版社:原書房装丁:単行本(240ページ)発売日:2021-03-17 ISBN-10:4562059117 ISBN-13:978-4562059119 ストレスが溜まる、肥満になりやすい、精神的に不健康、ドラッグにはまる、フェイクニュースにだまされてしまう……現代はとにかく、生きているだけで辛いことが多い。人類の誕生から長い年月を経て、今の人類はかつての人類よりも、優れた存在になっているはずではないのか? なぜこのようなことが起きるのか? 生物学の専門知識をもつ著者がその理由を探っていく新刊『目的に合わない進化』から、訳者あとがきをお届けする。 進化の不都合な真実人類の遙かな過去から進化の流れを眺めてみれば、ゴリラやチンパンジーと袂を分かちホモ・エレクトスからホモ・サピエンスへ、狩猟採集から農耕へ、産業革命を経てさらに高速化した輸送や情報化の進んだ現
ミシンと日本の近代―消費者の創出 [著]アンドルー・ゴードン [訳]大島かおり 米国の「知日派」というと、最近は外交・安全保障の専門家のみ注目されがちだが、著者は歴史研究における筆頭的存在だ。 ある日、彼は、ふと1950年代の日本の既婚女性が毎日2時間以上も裁縫に費やしていた事実を知り驚愕(きょうがく)する。それが今回の知的探究の出発点となった。 ふつうの日本家庭に入った最初のミシンはジョン万次郎が母親へ贈ったもの。シューイングマシネ(縫道具)がマシネと略され、さらに2音節に縮まって「ミシン」となった。 その出現は〈洋裁〉と〈和裁〉という新語を生み、キモノを〈洋服〉に対する〈和服〉とし、〈日本〉と〈西洋〉が対峙(たいじ)する独特の世界観を固着化した。 とりわけ「世界初の成功した多国籍企業」と称される米シンガー社の家庭用ミシンは10年代までに日本でも無敵の存在となった。それはまた「セールスマ
数覚とは何か?―心が数を創り、操る仕組み 作者: スタニスラスドゥアンヌ,Stanislas Dehaene,長谷川眞理子,小林哲生出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2010/07/01メディア: 単行本購入: 5人 クリック: 144回この商品を含むブログ (31件) を見る 本書は認知心理学者スタニスラス・ドゥアンヌによる数量の認知や計算,そして数学に関する脳の仕組みにかかる本だ.ドゥアンヌはフランスの研究者で数学から認知心理学に転向したという経歴を持つ.原題は「The Number Sense: How the Mind Creates Mathematics」,出版は1997年とやや古い.もっとも訳者の長谷川眞理子先生のあとがきによると,現在でもこの主題についてはわかりやすいまとめとして有用な本だということだ. ドゥアンヌは,まず動物とヒトに共通の「数を量的に把握できる能力」が
書評:『「走る原発」エコカー:危ない水素社会』 上岡直見 著 橋本正明(市民研・会員) PDFファイルはこちら→csijnewsletter_032_hashimoto_20150925.pdf “「走る原発」エコカー”私がこの奇妙なタイトルの本に遭遇したのは、ある大型書店の大きな書架を曲がりきった処であった。一見して人の注意を惹きつける黒と黄のコントラスト、いわゆる踏切の遮断機の色だ。自然界ではそれは「警戒色」と言われ、他の生物にその存在と危険性を知らしめる役割を果たす。 それにしても奇妙なタイトルだ。いや、エコカーが「走る原発」だって言われても私のここ10年来の愛車はその代表格ともいうべきプリウスで、東日本大震災の際にはガソリン不足の中、たまたま直前に満タンにしていたとは言え、一度も給油せずに1ヶ月にも渡る窮乏生活を共に乗り切った信頼のおける私の相棒である。それが原発と何の関係があると
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