撃沈3度、死と隣り合わせ 仲間、いまだ海の底
太平洋戦争では、国家総動員体制の下、兵隊や武器などの輸送のために民間船が徴用され、多くの船員が命を落とした。徴用船の乗組員だった吉田香一郎さん(92)=大阪府吹田市=も、連合国側の攻撃によって乗っていた船が3度沈没し、多くの仲間を失った。「ほとんど丸腰で危険な海に出され、まるで特攻に行くようだった」と振り返る。
吉田さんは戦時中、日本郵船で経理関係の仕事をしていた。しかし、戦局の悪化で船員が不足し、1944年1月に海上勤務を命じられた。当時はまだ18歳。戸惑いはあったが、「同じ年ごろで軍隊に取られている人もいるのだから、仕方がない」と受け入れた。
この記事は有料記事です。
残り982文字(全文1281文字)