『夏は来る』に宿る、所在なき美しさ
今、僕が一番食いつきやすい音楽を端的に言うと、それは「ポップス以外の世界を見ているポップス」。やっぱりポップ・ミュージックの最大の魅力って、他の音楽を飲み込んでいく貪欲さにあると思うんです。だからこそ、この度リリースされるのソロ・デビュー作『夏は来る』には否が応にも反応させられてしまった。一度聴いてもらえればわかる通り、彼女には確かなクラシック音楽の素養がある。そしてそれをポップに昇華させるための、声と言葉を備えている。インタビュー前、彼女はルーファス・ウェインライトやアントニー&ザ・ジョンソンズをフェイヴァリットとして挙げてくれたのだが、彼らの諸作に共通してある悲しみと美しさは、この作品にも収められている。この音楽には未来がある。
インタビュー & 文 : 渡辺裕也
→「帽子」のフリー・ダウンロードはこちら (期間 : 10/15〜10/22)
バンド・サウンドは自分の頭の中では現実的じゃなかった。
—ソロを始めるまではバンド活動がメインだったんですよね?
はい。2003年辺りからビンジョウバカネというアコースティック・ユニットをやっていました。
—どういうきっかけでソロとして活動する事になったんですか?
バンド活動を続けていく中で、自分も曲を書きたいなと思って始めてみたら、それまでのバンドというフォーマットにうまく乗らなくて。そこでわがままを言って、いったん一人で活動する事にしたんです。
—曲を書き始めたのはいつ頃?
ちょっと曖昧ですけど、2005年くらいだったかな。ビンジョウバカネの2枚目のアルバムに、私の初めて書いた曲が入っているんです。でもその曲も、私が一人でピアノを弾いて歌っているんですよね。
—その時から既に今のスタイルに近い形で演奏していたんですね。今回の作品も、ピアノに少しヴァイオリンを加えただけの最小限の編成ですよね。
それ以外にアイデアが思いつかなかったんです。バンド・サウンドは自分の頭の中では現実的じゃなかった。
—ヴァイオリンを入れるというアイデアはどこから来たんですか?
室内楽っぽい楽器と一緒にやりたいという漠然としたイメージが元々あったんですけど、その時にたまたまヴァイオリニストと知り合いになって、お願いしたんです。何度かライヴでも一緒に演奏するうちに、今回の音源にも参加してもらおうと思って。もしヴァイオリンでなかったとすれば、クラリネットとかもよかったな。
—室内楽っぽいものをやりたいとおっしゃっていましたけど、インタビューの前の話でさんが挙げてくれたミュージシャン達も、まさにそんな感じですよね。デヴェンドラ・バンハートにしても、アントニーにしても。バック・ボーンに元々そういう室内楽的なものが強くあるんですか?
やっぱりクラシックに寄っていますね。クラシックのピアノをずっと弾いていたし、声楽もやっていたので、そういう曲調に惹かれる傾向はあると思います。
—自分と音楽に対するアプローチが近いなと思える人っていますか?
他の人達と対バンとかすると、疎外感を感じる事はありますね(笑)。
—単なるアンプラグドとは違いますからね。クラシックだとどういうものに馴染みがあるんですか?
昔からバッハですね。最近はモーツァルトも好き。あとはエリック・サティとか、ドビュッシーとか。
—どういうところに惹かれるんですか?
バッハはピアノの持っている機能を最大限に使っているところがすごく好きなんです。それでいてポップなんですよね。モーツァルトもそうだな。
—じゃあ元々ピアノ一台でオーケストレーションのすべてをやるという発想は持っていたんだ?
そうですね。ピアノを弾けば弾くほど、いろんな事が出来るような気がしてきて。極力シンプルな形で、ピアノにしか出来ない構成を作りたかったんです。でもそれにはすごく練習が必要でしたね。今はそこまでの技術がないから、試行錯誤を重ねながら勉強しているところですけど、それが楽しいんですよね。
—クラシックを勉強している人って、そういう発想があるのが大きいですよね。あと、歌詞がすごく丁寧に書かれていますよね。情景描写の中に感情表現がうまく忍ばせてあって、それがさんの曲にポップさをもたらしていると思います。
それはうれしいですね。でも、歌詞は未だに苦労してますよ。なかなか出てこない。まずは適当にほにゃほにゃと歌ってみて、その歌の決め台詞みたいなのが浮かんできたら、そこを固めて、回りを肉付けしていく感じで作ってます。
—「」もそんな感じ?
あんまり覚えてないや。あの曲はいつ書いたかも思い出せない。自分が気に入っている曲っていつ出来たか覚えてないんですよね。だいたい『夏は来る』という作品を10月にリリースするというのもね(笑)。
—なんか深読みしたくなりますけどね。ピアノは何歳からやっていたんですか?
3、4歳くらいだったかな。父がクラシックしか聴かない人なんですよ。だから家ではずっとクラシック。日曜日の朝にモーツァルトのホルン協奏曲が普通にかかっているような家でした(笑)。ロックとかはまったく知らなくて。だから大学に行ったら音楽サークルに入ってバンドをやろうと決めていたんです。そこで初めてやったのがローリング・ストーンズのコピー・バンド。
—やってみてどうだったんですか?
楽しかったですよ。音源を聴いてみたら、ピアノの音が全然入ってないんですよ(笑)。だから適当にやったんですけど、誰にも文句は言われなかったので、多分それでよかったんだと思います(笑)。
—ドラムのビートに合わせて演奏するのもその時が初めてだったんですよね。違和感はありましたか?
うん。スタジオに入るっていうのも初めてだったし。のっけから深夜練習やるぞって言われるし。もう「え? 」って感じ。まあ、その深夜練習には参加しなかったけど。
—そのサークルで、後にビンジョウバカネやAPOGEEで一緒に活動する永野さんと出会うんですよね。作詞作曲をしているバンドに参加する事で、ご自身も感化されていったのでしょうか?
そうですね。自分で曲を書くっていう事はそれまであまりイメージしてなかったんですけど、まわりにそういう人達が出てくると、だんだんやってみたくなってきて。だから自然な流れで始まりましたね。
苦しかったと思いますよ。でもそういうものに美しさがあるんですよね。
—どのようなきっかけで、今回のさん自身のルーツに立ち返るような作品を作ることになったんですか?
私のバンド活動は、いろんな服を着たり脱いだりしながら、自分に似合うものを探しているような感じでした。声に関しては特にそう。自分の声に合う歌と合わない歌がどうしてもあるし。自分が元々持っている声に合う音楽を探していたら、自然と行き着いたのがこれだったんです。だから、あまりないものねだりをしないようになった。
—作品を作り始める前に、青写真のようなものはあったんですか?
たまたま集まってきた曲のすべてに、どこか不安定さがあって。直線的にはハッピー・エンドに向かわない感じというのかな。無意識だけど、それに基づいて作っていたかもしれない。
—その不安定さというのはどこから来るんですか?
だってみんなそんなに安定してないでしょ?
—まあ、そもそも満ち足りてたら曲を書こうとは思わないかもしれませんね。バッハにしても、そういうのはありますね。
苦しかったと思いますよ。でもそういうものに美しさがあるんですよね。以前、京都の三十三間堂というところに行ってきたんですけど。像が千体くらい並んでるんです。それを見た時も「これは苦しかったんだろうなぁ」と思って。でもそこに惹かれたんですよね。
—なるほど。そう言われると俺も好きですね。苦しみ系(笑)。出来上がった作品を聴いてみて、新たに見えてきたものってあります?
今回はすべて一発録りで、微調整もしなかったので、自分の演奏面で気になる部分はどうしても出てきましたね。でも、演奏している時の空気感もそのまま残したかったんです。だから、大変ではあったけど、仕上がったのを聴いてみて、やっぱりこれでよかったと思えました。
—これからも作品を重ねていかれると思いますけど、これと同じような作品はもう2度と作れないですからね。さんの現在の姿がしっかりと収められた、とても愛される作品になると思います。
アルバムというのはミュージシャンとしての活動をしていく中でのひとつの記録として考えていて。だからその時に出来るベストなものを残したいし、今回もそうしたつもりだから、これから先に改めて聴いてみても、後悔するような事はないと思います。
—そういえば、森さんは「ほぼ日刊イトイ新聞」で、大槻あかねさんのブログ音楽を担当していますよね。あれ、NHKの『みんなのうた』みたいだなぁと思って。
それは面白いな。『みんなのうた』はすごく思い入れがありますよ。「メトロポリタンミュージアム」とか、「まっくら森の歌」とか。知ってます?
—うわ、すごいへヴィな曲ばっかりじゃないですか!
あともう1曲あった。「海へ来て」という曲なんですけど、森昌子さんが歌ってるんですよ。
—森昌子という時点で影を感じますね(笑)
そう? でも、確かに昔から影があるものに惹かれていたのかも。
LIVE SCHEDULE
- 10/22(木) @ 青山 月見ル君想フ
- 10/25(日) @ 南堀江 bigcake
- 10/28(水) @ 四谷 区民センター10F 音楽室
- 11/7(木) @ HMV新宿タカシマヤタイムズスクエア
PROFILE
現在APOGEEのボーカルとして活躍している永野亮とアコースティック・バンド、ビンジョウバカネのボーカルとしてデビュー。その後はAPOGEEにサポート・キーボーディストとして活動し、その後2008年よりソロ活動をスタート。「ほぼ日刊イトイ新聞」大槻あかねさんのブログの音楽を担当する等、その活動は多岐にわたる。 2009年10月7日に1stミニ・アルバム『夏は来る』を発表。
個性溢れる女性ヴォーカリストを紹介
BLIND MOON / SAKANA
ポコペンさんの、ふくよかで深みあるボーカルが紡ぐ、ヨーロッパの短編映画のような世界には、聴くものの想像力をどこまでも掻き立ててゆく力があります。アメリカン・ルーツ・ミュージックとサラヴァ的なフレンチ・アヴァンギャルドが東京郊外で出会い生まれた、どこまでもオリジナルな日本語ポップ・ミュージックは、当時隆盛を誇っていた音響/ポスト・ロック/オルタナティブ畑の人たちからも広く支持をあつめつつ、そういう細かな括りをはなから越えて、あらゆる層の音楽ファンの胸に響いていったのでした。いま聴きかえしても、この音楽のなかには一色たりとも褪せる場所がありません。
・ SAKANA インタビュー : https://ototoy.jp/feature/20090414
パンパラハラッパ/ 松倉如子
元はちみつぱい/アーリータイムス・ストリングス・バンドの渡辺勝、二階堂和美の才能に狂喜した渋谷毅氏がもっぱら惚れ込んでいる天性爛漫治外法権な狂喜のシンガーの登場! 矢野顕子や大貫妙子も髣髴とさせるがその中にも少女性と幼女性が見え隠れして魔性の臭いを漂わせる。曲ごとに変化する雰囲気/演技力は鬼気迫るものが。スウィング、ムード歌謡、フォーク等の要素を完全に松倉ワールドに染め上げてるところは エゴラッピン〜小島真由美好きにもたまらないはず。
・ 松倉如子 特集 : https://ototoy.jp/feature/20090615
メリーゴーランド/ 小島麻由美
小島麻由美5年振のニュー・シングル。 10月リリースが決定している3年半振のニュー・アルバムに先駆け、 2009年下半期大忙しの小島麻由美から届けられる新曲1曲と、 ライブ音源5曲による全6曲。