1本のマイクを持って、その日の出来事、あるいはそこから巻き起こった感情を言葉にする音楽。僕はヒップ・ホップという音楽をそう捉えている。そしてその定義の「マイク」の部分を「ギター」に変えてみると、それはそのままフォーク・ミュージックを指す言葉になる。つまり僕はこのふたつの音楽を同等のものとして考えている。
では、このラッパーとアコースティック・ギタリストによる二人組、MOROHAが鳴らす音楽はなんと呼ぶことが出来るだろうか。フォークと言ったら、きっと本人達は違和感を示すだろう。ヒップ・ホップと呼べば、むしろその界隈から爪はじきにされてしまいそうな気がする。彼らは既に唯一無二の個性を手にしている故に、まだ特定の居場所を持たない。しかし、彼らを取り巻く状況は必ず一変するだろう。強い野心と不遜な態度だけでなく、その裏にある不安や葛藤も包み隠さず言葉にするアフロのラップ、そしてそのラップをより鮮やかでドラマティックに響かせるUKのギターに、まだ自分の為の音楽を見つけていない少年達の胸は次々と打ち抜かれていくに違いない。同時に少年達はこう思うだろう。「自分達にも出来る」と。そして彼らがギターを手に取り、ラップし始めた時、2010年は「MOROHAがデビューした年」として記憶されるはずだ。時代を切り裂くような、最高のデビュー作。
タイトルは『MOROHA』。
インタビュー & 文 : 渡辺裕也
曽我部恵一に「登場は事件」とまで言われた唯一無二の存在
MOROHA / MOROHA
1. 二文銭 / 2. 奮い立つCDショップにて / 3. 涙 / 4. 行くぞ / 5. 俺のがヤバイ / 6. イケタライクヲコエテイク / 7. Brother / 8. 恩学 / 9. YouTubeを御覧の皆様へ / 10. あなたから渡詩
ギター1本、マイク1本でリリックを訴えかけるライヴの姿を見た人は、良くも悪くも「ヤバい」という。満を持してROSE RECORDSからデビューが決まったMOROHA。あなたは彼らの音楽をどう感じる!? これが本当の衝撃といえるアーティストだ。ファースト・アルバムをチェックしてほしい。
東京のクラブにいる自分に酔いたかった
——MOROHAを結成する以前には、それぞれどんな音楽活動をされていたんですか?
アフロ(以下A) : 僕は高校の時は野球をやってたんですけど、彼は軽音でバンドをやってて、羨ましく思っていましたね。なんか華やかに見えた(笑)。僕もラップがやりたいと思っていたんですけど、その時はまだ野球があったから、誰にも内緒でこっそりリリックを書いてました。それからタイミングを狙ってるうちに友達が誘ってくれて、ようやく始まった感じですね。
UK(以下U) : (MOROHA以前にも)いくつかバンドを組んでやってました。もともと僕は音楽をやることを目的に上京してきたから、バンドが解散してなくなった時も、音楽を続けることに迷いはなかったんですけど、また一からメンバーを探して曲を作るのも時間がかかるなと思って、どうしようか考えている時に、彼が身近にいて「一緒にやろう」みたいな話になったんです。
——音楽に興味を持つきっかけになったアーティスト、あるいは作品があれば教えてください。
A : ラップでいうと、ドラゴン・アッシュですね。あとはキングギドラの『最終兵器』。その頃は中学校だったかな。「ビーフってなに? 」とか思いながら聴いてました(笑)。「公開処刑」っていう曲を聴きながら「こんなこと言っちゃっていいんだ! 」って。今思うとプロレスを観てるような感覚だったのかもしれません。あと、正直に言うと最初はファッション感覚でした。「俺ラップやってるんだよね」って言いたかった。これを言うと非難されちゃうんですけど。
——いや、それほど健全な理由なんてないと思うよ。
A : (笑)ですよね。地元に上田Loftっていうクラブがあるんですけど、そこにちょこちょこ遊びに行ってて、上京してからは渋谷のatomに入り浸ってました。音楽がどうとかではなくて、とりあえず東京のクラブにいる自分に酔いたかったんです(笑)。だから、僕が音楽で食っていこうと思ったのはまだ最近の話で、今から一年半くらい前にようやく腹をくくった感じですね。
U : 僕は、小学生の時に兄貴がX(JAPAN)のビデオを見せてくれて、そこで初めて音楽に興味を持ったんです。でもその時点ではまだギターを手に取らなかったんです。兄貴が高校の時から始めていたので、俺も高校に入ったらやろうと思ってました。
——アフロさんも最初はトラックに乗せてラップをやっていたんですか?
A : 友達のDJに作ってもらったりしながらやってました。当時は練習もそんなにやってなくて、みっともないライヴしか出来なかったんですけどね。でもその頃から、クラブに行くとラッパーの発しているリリックが聴こえないっていうことが、なんとなくもどかしく感じていました。低音がきつすぎて、かき消されてしまうんですよね。だから自分のリリックも、ちゃんと届いているのか不安だったんです。そこでギターと一緒にやってみたら、ビートがなくてもラップは出来るってことに気づいたんですよね。2人で1曲、2曲と作っていくうちに、生演奏ならではのグルーヴが生まれてきて、練習を重ねる毎にお互いが研ぎ澄まされていくような感覚がありました。あと「クラブにギターを背負っていく」っていうことをイメージしてみただけで、なんかワクワクする感じがあったので、その発想が生まれた時点で、もうやらなきゃって感じでしたね。
——ギタリストとしてはどのような姿勢で臨んでいるのですか?
U : 特に何が正解というのもなかったので、自分達がやろうとしている音楽をなるべく客観的に捉えた上で、どんな風にギターを弾こうかを考えてやってきました。なるべく目立たないようにしようと思っていた時期もあったんですけど、やっぱり言葉だけじゃなくて、音も強くないとだめだと思って。ビートがない分、ギター1本でベースもドラムもメロディも、すべて表すような意識でやっています。バンド演奏をギター1本で表現しているようなイメージですね。
——曲はリリックとギターのフレーズのどちらから生まれることが多いんですか?
A : どっちもあります。ギターに引っ張られてラップすることもあるし、僕が書いたリリックを渡して、イメージを伝えながら作っていくこともあります。
U : でも、リリックからスタートすることの方が多いような気がする。伝えられたイメージをまずは自分なりの解釈で弾いてみて、それがアフロのイメージと違った場合でも、そこで新たに生まれたイメージに合わせて、また別のリリックを書いたり。その繰り返しですね。
——MOROHAという名前の由来を教えてください。
A : 最初は漢字の名前にしようと思っていたんですけど、それだとなんかフォークの人達っぽく見られるような気がして(笑)。だからといって英語も気取ってるみたいで僕らっぽくないから、諸刃っていう言葉をローマ字表記にしてみたんです。なんでMOROHAかというと、言葉は人を傷つけも癒しもするっていう意味合いもあるし... でも、2人でやってるからっていうのが一番大きいかな。俺はトラックなしでもヤバいって言われるラッパーになりたいといつも思ってるし、UKもリリックなしでもヤバいと言われるギタリストになりたいっていうのが常に目標としてあるんです。そのふたつが合わさった時、足し算じゃなくて掛け算になってほしいっていう思いも、MOROHAには言葉に込められています。
——最初はこの編成を色眼鏡で見られることも多かった?
A : 今も変わってないです。ライヴ・ハウスに行けば「え、ラップ? 」って言われるし、クラブに行けば「え、ギター? 」って言われますから。いつまでも自分達のやっているものが「新しい」とか「珍しい」みたいに思われているのは、ちょっと悔しいですね。「自分達はまだそこか」って。
——このスタイルを早くスタンダードなものにしたいってこと?
A : もちろん。僕にとって一番大きな曲は、中島みゆきさんの「ファイト」なんです。大震災の時に中島みゆきさんが神戸の人達へ歌ってるのを聴いたら、涙が止まらなくなっちゃった事があって。その時に問題は場所やジャンルじゃないって確信できたんです。中島みゆきさんがその時歌っていたようなものを聴かせることが出来れば、どんな場所だろうと関係ないと。すべったら、それは自分達の実力不足以外の何でもないから。でも、実は中島みゆきさんの曲は「ファイト」くらいしか聴いてなかったりするんです。一張羅があったらそればっかり着ちゃうような感じと言えばいいのかな(笑)。中島みゆきさんのことはよく知らないけど、同時にあの曲を聴けばそれでわかるような気もするし、僕らもそういう曲を作りたいんです。
——これまでミュージシャン以外の職業を考えたことはありましたか?
A : 営業はやりました。浅はかな学生ってよく「起業する! 」とか言いだしたりするじゃないですか? 俺もそのノリで、まずは営業能力をつけようと思ったんです(笑)。で、まず入った事務所で一番を取ることを目標にして、1ヶ月間がんばって、本当に1番を取ったんです。そしたらそこでプツッと切れてしまって。達成感はあったけど、それで終わってしまった。そこから先のモチベーションが続かなかったんです。その後はコンビニでバイトしてました。でもコンビニは長野にもあるし(笑)、親にも心配かけるし、どうしようと思ってましたね。
U : 僕は、行動に移したのは遅かったけど、X(JAPAN)を聴いた時から「自分はこれで行こう」って決めてました。何かやりたいことがあるのかって聞かれたら、ずっと「音楽」って答えてましたね。今思えばそうやって他の選択肢をあえて潰してきてたような気がするし、必ずそうなるっていう自信もありました。それは今でも変わってません。高校の時は戦略的なことばかり考えてましたね。まずは名前を売ろうと思って、まだ1回もライヴやってないのに、回りの人達のほとんどが自分のバンドのことを知っているっていう状況を作ったんです(笑)。とりあえず周りに期待を抱かせておけば、いざライヴをやる時に集客に繋がるだろうと思って。
A : 最低だな(笑)。
U : そのライヴでこけたらもうダメなんですけどね(笑)。俺は自信過剰なところがあるのかも。でもそこが自分のモチベーションを繋いでるんです。だから高校の時から、何の根拠もないのに「俺が今やってるバンド、ヤバいから」と言って回って、逃げ道をなくしてました。
A : 俺もライヴ観たことないのに「こいつすげえんだ」って思ってましたもん(笑)。
——(笑)。洗脳されたんだ?
A : (笑)。まさにそうです。だから声かけたんです(笑)。
U : (笑)。音楽に必要なのはセンスで、あとは戦略的なものだっていう持論があったんです。でも今は何よりも音楽の力でどれだけお客さんの心を動かせるかだと思ってます。
妄想を信じればひとつの形になる
——じゃあ、MOROHAでは戦略面を担っているっていう意識はない?
U : ないですけど、アフロがまっすぐだから、自分はそこら一歩引いて物事を考えるように心がけてはいます。
A : 僕は「これから自分達みたいなスタイルでやり始めるやつがどれくらい出てくるんだろう? 」みたいなことをよく想像したりしてます。
——(笑)。気づいたら自分達が先頭を走ってたみたいなイメージ?
U : (笑)。想像というより、妄想ですね。
A : そう! ローズ・レコードに声をかけてもらえたことも、既に俺の妄想にあったことなんですよ。「なんで俺達こんなにヤバい音楽やってるのに、なんでどこも声かけてこないんだろう? 」って思いながら、そうなる時のことは常に妄想していて。そんなある時に曽我部恵一さんが見に来ていて、僕らはそこで妄想していた通りのライヴをやって、それが妄想通りの結果に繋がったんです。だから自分の妄想を信じればひとつの形になるんだっていうことが、僕らの中でひとつ実証出来たんです。
——レーベルから声がかかった時は、気持ちの準備は出来てた?
A : もちろん多少テンパりはしましたけど、準備は出来ていました。線引きが難しい部分ですけど、その時は妄想より確信に近い感じだったから。曽我部さんが声をかけてきてくれた時は「まさか! 」っていうのが半分で、もう半分は「そのうちこういう時が来ると思ってたけど、ここだったか」っていう感覚でしたね。
——曽我部さんのことはそれ以前から知ってはいたんですか?
A : 僕は知らなかったんですけど、あるインタヴューで、曽我部さんが「広告費に何十万も出すなら、一枚のレコードを作る」って言ってるのを読んだことがあって、それがずっと印象に残ってました。この人の言うことは多分本当だなって思ったんです。そこで実際に会ったら、やっぱりその言葉通りに動いている人だった。音楽で生きてる人ってこういう人なんだなって思ったし、自分もこうなるんだなとも思いましたね。
——曽我部さんの他にも、プロのミュージシャンとしてお手本になったような人はこれまでいましたか?
A : ブルーハーブはそうかもしれないですね。彼らが出てきたことで、「アンダーグラウンドだから食えない」みたいな言い訳は出来なくなったと思っていて。CDが売れないとか、不況とか言うけど、すごい音楽を作って、それで収入を得ている人が実際にいるってことを僕らは確認出来ているんだから、それをミュージシャンが不況のせいにできる訳がないと思うんです。これを僕らが売れた後に言えたらかっこいいんですけどね(笑)。
——今回こうして初の音源作品ができたわけですが、レコーディング作業はスムーズに取り組めましたか?
U : 自分は意外とスムーズに進められたと思っています。
A : 僕はこれ(ヴォーカル・ブースの固定マイク)にテンション上がりました(笑)。でも、レコーディングに関しては相方と揉めたことがひとつあって。相方は「原曲をしっかり録りたい」という考えだったんですけど、僕はそもそも原曲っていう発想がなかったんです。自分達はライヴがすべてだと思っていたから、実際のライヴには及ばないにしても、それに近いものを出せればと思っていた。そこで何度も話し合っていく中で、僕も納得することができて、所謂原曲と言われるものが出来たと思ってます。
——僕の聴いた印象では、これでもかなりライヴ感のある作品になっていると思うけど。
A : もっと生々しいんです。でもそれはやっぱりライヴじゃないと出せないんだよなぁ。
——じゃあ、この作品に何かひっかかるものを感じた人は、ライヴに来てもらわないとね。
A : そうですね。
U : 音源を作ることに特別な思い入れがあったわけではないんです。MOROHAを知ってもらえるきっかけになってくれれば、それでいいです。
A : 僕らの音楽の到着点はやっぱりライヴなんです。音源はずっと出さないっていう案もあったんです。それでもライヴには毎回お客さんがたくさん来るっていう。
——(笑)。まあ、それが一番かっこいいのかもしれないね。
A : そうですよね! 現場に行かないと音楽が聴けなかった頃の感覚に、人が戻って来るのを楽しみにしてるところがあって。
——(笑)。音源を聴く文化が終わるのをちょっと期待してる?
A : そういったものが無くなれとは思っていないですけど、そうなったらもう俺達の時代ですよ。
Live information
- 10/22(金)@渋谷axxics
- 10/24(日)@京都 三条西木屋町 BAR bowl
- 10/25(月)@下北沢屋根裏
- 10/29(金)@杉並区無力無善寺
- 10/30(土)@下北沢風知空知
- 11/2(月)@新宿JAM
- 11/4(水)@福島 2nd Line
- 11/5(木)@名古屋 CLUB ROCK'N ROLL
- 11/7(土)@大阪 名村造船所跡地 STUDIO PARTITA
MOROHA Profile
2008年に結成されたMCのアフロ(写真 左)とGtのUK(写真 右)からなる2人組。結成当初は、渋谷Familyや池袋bedなどでクラブ・イベントをメインにライヴを行うが、ビートの無い編成ゆえに出演者やオーディエンスから冷ややかな視線を浴びることも多々あった。こうした現場を通して屈強な精神力を培う。言葉から汗が滲み出る程に熱量を持ったラップ、そして、ギター1本だからこそ際立つUKの繊細かつ獰猛なリフ。個々の持ち味を最大限に生かす為、この MC+Gtという最小編成にこだわる。抽象的な表現を一切使わず、思いの丈を臆面もなく言い切るそのスタイルとリリックは賛否両論を巻き起こしている。鬼気迫るLIVEはあなたにとって毒か薬か!? 雪国信州信濃から冷えた拳骨振り回す。