『徴候・記憶・外傷』(みすず書房)所収の「統合失調症の精神療法——個人的な回顧と展望」という文章(初出は一九八九年)に、精神科医になるに当たって中井氏が自分に課したという条件が八つの項目に整理して書いてある、それを抜き書きしながら私の考えたことを書こうと思う。 【1】治療だけをする。(学者や研究者として患者に接しない、患者を研究対象としない、ということらしい。) 【2】「有害なことをしない」という古来の医師の原則に従おうとした。前進する展望が当面ない場合は現状維持に努めた。【3】科学や原則にこだわらずに、良いとされることは有害性が予見されない限りやってみて、だめならさっとやめる。科学はきわめて限定された力である(傍点部を中井氏は前提としてでなく結論として書いている)。 「因果関係を考えることは、複雑な事象においては、しばしば過度の単純さあるいは端的な誤りに導かれるのを、私は経験していた。私