昔の人はどのようなダイエット方法を取り入れていたのか。作家のイェンヌ・ダムベリさんは「ダイエットの語源にもなった、19世紀のイギリスで葬儀会社を営んでいた男性は、意外にも21世紀のわれわれとほとんど変わらない食事制限をしていた」という――。
※本稿は、イェンヌ・ダムベリ『脂肪と人類』(新潮選書)の一部を再編集したものです。
靴紐も結べない92kgの巨漢
ロンドンの医師・ウィリアム・ハーヴィの診療所に、葬儀会社を経営するウィリアム・バンティングという男が足を踏み入れた。いや踏み入れたというと不正確で、足を引きずって入ってきた、とするほうがバンティング自身が感じていた現実に近い。
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ウィリアム・バンティング(写真=http://www.findagrave.com/cgi-bin/fg.cgi?page=gr&GRid=9022610/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)
30歳を過ぎた頃からバンティングは肥満に苦しんできた。心底苦しんでいたのだ。彼が「邪悪」と呼んだ余分な体重は執拗な敵だった。今では65歳になり、順調な家族経営の会社で社長の座を退いたところだった。
19世紀から20世紀にかけては王室御用達の葬儀会社だったのが、バンティングの天才的なひらめきで事業を一般に広げて成功した。悲しくも豪華な行事を好む人々の役に立つビジネスだ。しかし次は自分の番ではないかと危惧していた。
バンティングは身長165センチながら体重が92キロにも及んでいた。ここまで太ると靴紐も結べず、階段では膝に負担がかからないように後ろ向きに降りるしかなかった。眠りも浅く、動悸と息切れがする。聴力もどんどん悪くなり、それでハーヴィの診療所を訪れたのだった。
「あなたは太り過ぎです」
ハーヴィはそう告げた。
「脂肪が片方の外耳道を圧迫している。体重を減らさないと」