海の目の前に建つ異色の酒蔵
日本酒の味は、水に大きく左右されると言われる。適しているとされるのは、伏流水や雪解け水だ。山地に降った雨や雪が地中に染み込み、地層に沿って流れる水だ。それらの水は地層によって濾過され、土壌のミネラル分を取り込む。カリウムやリン酸、マグネシウムを含む、酒造りに適した水質になっていくのだ。
ここまで読んで、酒蔵のある街をイメージしてほしい。「雪深い里山の麓、清水がたどり着く自然豊かな農村」みたいな風景を思い浮かべてはいないだろうか。実際、そんな風景のある東北は酒所として有名だ。
だが、取材に訪れたのは茨城県日立市。明治後期に日立鉱山が拓かれて以来高度経済成長の波に乗り、全国でも有数の工業都市として発展を遂げた海辺の街だ。しかも森島酒造があるのは、太平洋に面する川尻海水浴場からわずか70歩。潮風が漂い、髪が塩気を帯びるロケーションである。
「東京のど真ん中でもうまい酒はつくれます」
もちろん、森島酒造で使っている仕込み水は塩水ではない。海のそばギリギリにある井戸から汲む硬水だ。岩盤を通り抜け、ミネラルを溶かし込んだ伏流水ではあるが、「仕込み水に最適か」というと、そうではないという。加えて発酵時の冷却のために1割ほど、水道水で作った氷も使っているそうだ。
「条件が不利だ」と思うかもしれない。しかし同酒造の酒は、日本航空(JAL)と取引している酒販売店から推薦を受け、2018年に国内線、2023年には国際線ファーストクラスの提供酒に採用された。「南部杜氏自醸清酒鑑評会・吟醸酒の部【首席】」「同純米酒の部【首席】」「全国新酒鑑評会【金賞】受賞16回」など、華々しい受賞歴も誇る。その人気から製造量を年々増やしたが、ついに「製造できる限界の量」に達してしまい、現在は1年先まで予約完売の状況だ。
なぜ、水に左右されずにそこまでうまい酒がつくれるのか。そう尋ねると森嶋さんは、「条件のあまり良くない水でも、東京のど真ん中でも、蔵元の工夫ひとつでうまい酒はつくれます」と言い切った。