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はてなキーワード: クソゲーとは

2024-12-28

現代人、建前としての競争が余りにクソゲー過ぎてみんなメンタル限界くさいと思うので性欲や愛欲を満たせるペットは解禁した方がいいと思う

2024-12-25

チャットAIの普及で恋愛工学は分裂する

日々チャットAIが軽量化・高性能化が進み、それが組み込まれゲームも幾つか登場するの見てると

チャットAIが搭載されたヒロイン口説き落とすギャルゲーが出るのも時間問題だと感じる

そしてチャットAIの会話がより人間自然な会話に近付いて行くと攻略必要情報はどうなってくか…恋愛工学になるだろう

とにかくそれらしい会話をする技術体系が恋愛工学染みた物になってくのは必然の流れになる

一方でゲームを遊ぶ側の傾向も段々一般人達に近付く現在ではあるが、まだまだコミュ障と扱われるゲーマーも多い

そして一部のコミュ障である彼ら彼女らは恋愛工学必要になるゲームは無理になるだろうか?そんな事は無い

コミュ障でもゲームテクニックとして扱われるならガンガン修めてくのもゲーマーの傾向である

そうするとチャットAI搭載のゲームチャットAIと会話するテクニック集合体としての恋愛工学ゲーマーも交えて発展していくようになる

ゲーム場合最初はどんな下手糞な会話に終わろうが単なるゲームオーバーとしてやり直せばいいし寧ろそのやり直しはゲーマーにとって快感

現実クソゲーだけど現実再現したクソゲーはハックを繰り返す事で楽しまれるのがクソゲー界隈だから

どんなに下手糞だろうが楽しいやり直しを繰り返してチャットAIとの恋愛工学を発展していくゲーマーは増えていくだろう

こうしていくと現実自分社会的な要素や外見や声の調子が大きく関わる恋愛工学

ゲーム汚染された恋愛工学が2つの派閥として分かれてそれぞれが発展していく未来が待っていると思われる

前者の恋愛工学に長けた人が後者ゲーム界隈にテクニック提供していく流れもあるだろうし

後者恋愛工学を学んだ人の極一部が不思議な経緯を辿って前者の恋愛工学に関わる流れもあるかもしれないが

基本は2つは別々の物として、そしてどっちも恋愛工学扱いされて発展していく未来になるだろう

2024-12-22

anond:20241222121035

金一番稼げてる人が多いのはDLSiteエロゲーだと思う

2番目はAppStore ここはクソゲーでもダウンロードされやすいのでサラリーマン程度に稼げてる人がわりといる

金は稼げないけど賑わいだけなら3番目はUniRoomという無料アップロードサイト

Steamがその次で一番下がGooglePlayだと思う

anond:20241222021349

令和にドラクエ代表としてRPGを語る人がいるとは・・・

レベルを上げて物理で殴ればいいなんてクソゲーからまれ言葉でしょ

RPG普通プレイヤー学習して成長していく作りになってるぞ

2024-12-21

[]

昼にきのうかった小さめ弁当2個と袋ラーメン1つチャルメラ

夜さっきカップ麺3個 赤いきつね 緑のたぬき  ごぼてんうどん

300円くらいになってたGordian questってゲームかった 弁当1個ぶんかー

ps5のコントローラかうかまようなー

でもps4のコントローラも2個目かうか迷ってるうちにps5出たしなあ

一人だから2つつかうのって地球防衛軍の稼ぎ用か二人プレイ専用ゲームを無理やり一人でやるとかしか思いつかんわ

it takes twoがフリプだかカタログにきたからやろうかと思うけどあれもps4コントローラ1個とps5コントローラでやれるんかな?

そのためだけにかうのもなあ

地球防衛軍6もクソゲーだったから稼いでやりこむ気にはならんし

fpsもライトなやつしかしないし押し込みもほぼつかわんし振動オフってるしps6出るまで頑張れるかなあ

まあ今ちょと安いからって2つ目かうような状況ではないな

2024-12-20

課金クソゲーが人との絡みを作って離れられなくするの

身をもって実感する

2024-12-17

運動得意だった人間だけど体育の球技は嫌いだったな

いやマジでつまんねーんだよな。

ネトゲマスター帯もチュートリアル勢も一緒くたにマッチングになったらゲーム崩壊するだろ?

体育はまじでクソゲー

ザコ相手無双した所で何も面白くないし、勝ったら味方にマシなの引けたからで、負けたら味方がカスからってパターンばかり。

しか運痴君たちって動き方もルール理解も滅茶苦茶だから守備妨害とか平気ですんだよね。

教師にそれ言っても「おいおい運痴に負けたからって悔しいのか?」みてーな意味不明なことしか言わんしさ。

マジでクソだから

あんなんアホ教師テストの採点授業中にするための時間稼ぎみたいなもんだろ。

あれならまだ基礎練習の方が百倍マシ。

ゆーてタッグ練習ゴミカスと組まされるのはマジで辛かったし、体育の授業とかほんまおもんなかったわ。

あれ楽しめるのって結局は運痴じゃない程度に運動下手くそなギリ健連中なんよなー。

ガチガイジは恨み言、本当の健常者は付き合いきれねえ、ギリ健だけが役得みたいに楽しそう。

日本社会の縮図だね

2024-12-15

anond:20241215154100

インディーARPG探したら少しは近づきそう でも流石に1%じゃクソゲー呼ばわりだろうなー

2024-12-13

ゲームにおける分岐って結果として「不自由さ」を感じるんだよね。私は

アサクリシャドウズに物語分岐に関わる選択肢排除したモードが追加されるらしい

なるほど。いいことだ。私はそう思った。

否定的な人は「分岐否定するならもう映画でいいじゃん」と語っている。

なるほど。典型的な中身空っぽスノビズムだな。相手にする価値がない。

マリオドラクエも一本道だが、あれはもう映画でいいのか?

そんなはずはないだろ。

選択肢排除モード否定派はもうちょいまともな論客を連れてきてくれ。

相手側のレベルが低すぎるとアウフヘーベンに至れないからこっちもいい迷惑だ。

物語選択肢があることによって生じる「不自由さ」

なぜ私が選択肢廃止肯定するのかといえば、今までのアサクリシリーズにおける選択肢のあり方に不満があるからだ。

過去作のネタバレはしたくないからどれのどれかはボカすが以下のような状況が出てくる。

「追いかけていた仇敵をぶっ殺す機会が遂に到来したぞ!どうする!」

A 暗殺する。アサシンゲームなんだから当たり前だろ。

B 殺さない。我が刃が断ち切るは生命ではなく憎しみの連鎖也。

ここでAのような選択肢を選ぶと因果が血の海に染まり相応の報いがやってくる。

Bの選択肢だとちょっと釈然とはしないが色々なあなあな感じでそこそこ平和な終わりを迎えられる。

これを「プレイヤー自由に道を選べる自由物語」だと捉える人はいる。

ある時期からのUBIはそういう会社なんだろう。

でも私はそう思わない。

なぜならAのエンディングが明らかに「お前の間違った選択によって主人公は不幸な人生を送ることになった。正義アサシンの心を持たなかったお前のせいです。あ~あ」といった空気で展開されるからである

は?アサシンゲームボスアサシンしたこと咎めてくるなら題名を「正義マンクリード」にでも変えろって話じゃねーんですか?だよなぁ?

コントローラーを握っている時に余計な「正解当てクイズ」を挟むな

でもこれが最初から選択肢一切なくていきなり「お前を許そう。俺は正義アサシンマンから」といきなり主人公が口にしたらその場ではクソゲークソゲー連呼するかも知れないが、エンディングで感じる不快感に比べればまだ許せるレベルだろう。

結局のところ、何が一番気に食わないかと言うと、さも当然のように「正義アサシンとして振る舞うゲーム時間だ。ちゃんと選べよ」という態度を取られることが気に食わないのだ。

アサシンクリードは結局のところは、刃に血を吸わせることを楽しむ猟奇殺人ごっこゲームなのに、いきなり真面目ぶって「いい子ちゃんクイズ」を始められるのは鬱陶しすぎる。

その選択肢の影響がその直後のムービーにだけ影響するならまだしも、何十時間も先のエンディングでいきなり「お前は本当に正義アサシンじゃないなあ。これはその報いだよ」と言われるのでは慎重に選ぶしか無い。

でも待ってくれ?

道中でさんざん殺してきた何百人のモブキャラ達にもそれぞれの家族人生があったのに、それに対しては何のお咎めもないとはどういうことだ?

一貫性のない倫理観に対しての強烈な違和感を感じながら、これまで殺してきたモブキャラと眼の前に居るネームドとでは命の重さが違うのだとばかりに「許そう。俺は正義マンクリードから」といきなり偽善を振りかざせと?

繰り返すが、この選択ムービー中にキャラ勝手にやるのならば、それについては「私のコントローラーを離れた状態勝手にやったこと。これはアニムス記憶が見せるムービーであり、私は介入できないなら仕方ない」と割り切れる。

コントローラーを握った状態、さっきまでバシバシ殺しを繰り返してきた手でストーリー上の正解選びをやらされ、それが終わったらまた殺しを楽しむ血みどろの殺人鬼に戻れという仕組みがごっこ遊びとして実に違和感がある。

トゥルーエンドというご褒美のためにその違和感をグっと堪えさせられることに私は強烈な「不自由さ」を感じてしまうのだ。

IFルート選択できる余地が残るのは別にいい

だって2周目はそのモードで遊ぶかも知れないし、配信者達がIFモードでどういう選択を選ぶかには興味がある。

単に私が嫌なのは「私がコントローラーを握った状態で、正解あてクイズをさせらる」ということだけだ。

私がやらされずに済むならそこには何の問題もない。

もしもここで「でも実はですね。選択肢なしモードで見れるエンディングは正解じゃないんですよ。本当の正解は攻略情報検索して選択肢ありモードを遊んでみてくれよな」と言ってくるようならもう呆れるしかない。

その時はもうどうでもいいか自分コントローラーを握って辿った一本道とは別のルートにUBIの考える「正しい歴史」があるというだけならまあ許そう。

ゼルダシリーズ並行世界構造みたいなものだと割り切れるわ。

本当にただただ私がいい加減つきあいたくないのは「さあ、正義アサシンマンタイムだ。お前の偽善を見せてくれ」という態度で選択肢を委ねられることだけなんだから

そういう状況であえて「ヒャッハー!」するのが好きな人もいれば「うんうん。正義マンタン自分で押したいもんね」って人もいるのは別に否定せんよ。

私がやらずに済むという選択肢を与えてくれたことに感謝しよう。

いやどうだろう?

連綿と歴史が連なっていく設定のアサクリシリーズエンディング分岐なる意味不明な不純物をいきなり突っ込んできたことに対しての憤りはやっぱ消えない感じはあるぞ?

「正解ルート」なるものがあるってなら最初から「正解ルートしかいかないモード」を用意しておけって話じゃねーのか?

マジでUBIはアカンな。

ハラスメントが横行するような会社ってだけのことはあるね。

2024-12-11

anond:20241211215231

問題の終着点を個人みたいな属人レベル矮小化しちまうヤツは冷静じゃないかさもなければ視野が狭くなってる

いか

そんな面白くない遊びしか提供できないポケポケ自体クソゲー、あるいはその開発会社自体がクソなんだよ

ポケモンというIP魔法に惑わされてないで、いい加減目を覚ませ

それにな、既存IPモノってのは大抵がクソ化するんだよこの業界では

anond:20241211143558

カードゲームはというと主語が大きすぎる。

運勝ちなんか普通カードゲームでは狙わないよ。想定通りにデッキが回って勝つ事を運勝ちとは言わないじゃん。

だいたい運が良ければ何しても勝てるのだから、むしろ運に頼らず勝てる確率を上げるのがカードゲームだよ。

ポケポケは構築や技術余地が少ないか運ゲーでそれ自体子供向けに正しいかクソゲーではないけど、5連勝という目標がよくなかったね。

ポケポケは運ゲーじゃない!!!!!!

いや、運要素も強いけど、カードゲームって言ってしまえばいかに運勝ちするか、いかに運で勝てる確率を上げるかってゲームじゃん。

から、極端に運が悪いとかじゃなければ大抵の運負けは順当な敗北なんだけど、5連勝イベでウダウダ言ってるやつはそう言う負けも運負けと誤認してポケポケをクソゲー認定してそうでイライラする。

なんか、後攻勝率8割みたいな話も出回ってるけど、それに共感できちゃう奴はプレイデッキと頭が悪すぎるからポカポカ辞めた方が良い。

現代人、建前としての競争が余りにクソゲー過ぎてみんなメンタル限界くさいと思うので性欲や愛欲を満たせるペットは解禁した方がいいと思う

2024-12-08

anond:20241208161114

物事の捉え方のフレームワーク多数派と異なるって意味 

価値観問題だったらたぶん、揉めない

 

この問題を別の話に置き換えてみましょう

 

- A、B、C、Dとディーラーがいる。

- ディーラートランプの山からカードを1枚ずつ取り、決まった場所にセットする。カードが何かを確認した後に公開する。

- 正解を当てるまでゲームは終わらない

- 24枚目のカードがセットされたところで状況が進む

 

 

A:「セットするときチラッと見えたけど、ダイヤのKで間違いない。ハートのKはすでに出ているし、見間違えるはずがない。回答はダイヤのKでいいよな?」

B:「当たるか外れるかは1/2だからダイヤのKでいいよ。」

 

 

- 幸運なことに24枚目のカードダイヤのKだった。

 

 

C:「やっと終わったか。このゲーム考えたやつ、バカだろ?マリカーやろうぜ。」

D:「これはダイヤのKじゃない。」

 

 

##各発言について:
・Aについて

Aは観察した事実を述べており、問題なく対話可能です。ただし、状況によっては、Aの動体視力や観察力について確認裏付け必要になるかもしれません。

 

・Bについて

Bは残りのカード枚数という前提条件を無視し、「当たるか外れるか」の1/2に単純化して発言していますが、対話可能そうです。ただし、状況によっては、なぜそのような単純化を行ったのか確認をする必要があるかもしれません。

 

・Cについて

CはダイヤのKを当ててクソゲーが終わったことへの率直な感想を述べています対話自体問題なさそうです。ただし、状況によっては、発言が周囲の空気を読めていない、配慮に欠けていると受け取られる場合があります。たとえば、Aが精力的にゲームを進行していた場合、Cの発言不快感を招く可能性も考えられます。これはコミュニケーション上の配慮問題であり、Dのような「認知の仕組みのズレ」とは異なります

 

・Dについて

Dは「これはダイヤのKではない」と主張しています理由を聞くと、自宅のトランプカードのKとフォントが違うからだと言います。Dとの対話は困難を極めます

  

 

補足

対話本質的に成り立たない理由は、Dが提示する論点現実や共有された前提(コンテクストから逸脱しており、対話が成立する土台そのものを欠いているか

 

A、B、Cの発言はたとえ偏りや誤解があったとしても、それぞれ一定範囲内で共有された認識価値観に基づいており、訂正や調整を経て合意に近づける可能性がある

しかし、Dの場合認知の仕組みそのもの問題があり、前提を共有するために基本的概念から再構築しなければならず、その労力が極めて大きい

 

多くの人が「価値観の違い」「IQ問題」「知識の不足」「コミュニケーション能力の欠如」に原因を求めるが、Dのようなケースはそれらの問題を超えており、

根本的には認知のズレによって引き起こされていると考える方が適切だと思う

 

例として:

 

1. 価値観の違いなら、Aのように「ダイヤのK」と主張しても、議論裏付け解決可能

2. IQ知識の不足であれば、Bのように「1/2」と単純化していても説明次第で改善可能

3. コミュニケーション軽率さは、Cのような態度に現れるものの、感情修正配慮で調整可能

 

しかし、Dの「フォントが違うからダイヤのKではない」という主張には、認知のもの根深問題があり、共通認識にたどり着くまでに膨大な時間と労力が必要となる

この問題認識しない限り、議論本質からずれてしまうと思う

2024-12-04

『炎に舞う花びら』下巻を読み終わった

屋根裏部屋の花たち』の続編で、虐待パート屋根裏に対して復讐パート

かつて屋根裏部屋に3年以上監禁された子供たちは紙でお花つくって部屋に飾って耐え忍んでいたのだが、復讐劇により屋敷燃え盛って飾りつけた花も燃えたとさ

主人公が超絶美人モテまくるけど、「同い年の真面目で優しい普通イケメン」ってのがいなくて相手が全部アレなんだわ

A.実兄

B.25歳年上の養父

C.キチガイDV

D.母の再婚相手

攻略対象ラインナップがこれじゃ乙女ゲーならクソゲー

屋根裏部屋で監禁されてるうちにAと肉体関係

逃げ延びた先で拾ってくれたBと肉体関係になり婚約

Bと誤解ですれ違って、あてつけのためCと結婚、Cの子出産

Cの事故死後に母への復讐の一環でDを誘惑してDの子出産、D死亡

病気で余命いくばくもないBと結婚し看取る

兄妹関係を隠してAと夫婦になる

日本語翻訳されてない2014年テレビ映画シリーズでは、実兄とのセックスはそのままやったが、養父はただの養父に改変されたらしい

タブー度は近親相姦より歳の差グルーミングの方が高いのか

他の男2人の子供を産んだ実妹を引き取るAの狂気が最も純度が高い

から出てきた男3人とも死んで一人勝ちともいえる

AがBとの婚約に「歳の差ありすぎる」「それ目当てに僕らを引き取ったのか」と最初はブチギレて反対してたのに

CとDがカスすぎて「あいつはやめてBと結婚して落ち着いた方がいいよ…」と手のひら返し出すのが半ばギャグだった

ABには少女漫画的造詣が感じられたがCDは本当にカスだった

モテモテだけど楽しそうじゃなくて、監禁生活おかしくなった頭がずっと治ってなくて衝動性が高すぎるだけ

2024-12-03

課金すると手配に来る五筒や五萬が全部赤ドラになったり字牌しか来なくなる麻雀があったとして面白いと思うか?

TCGって結局はそういう遊びなんだよね。

デッキテーマごとに強い弱いはあるけど、そもそも論として課金しまくらないとキチンとテーマで固めたデッキが組めない。

初心者が組んだデッキが「紙束」ってよりも、中堅以上のプレイヤーが使ってるデッキが「課金積み込み」でしかないんだよな。

ゲームとして成立させるより前に課金額の多寡が試されている。

クソゲーでしょ?

anond:20241203145626

面倒とか言いながらもそんなタイトルだけ有名なクソゲーばかりやり続けて、沢山有る探索要素の無い傑作ゲームには見向きもしないんだよねこういう人

どんなプロンプト打ったらそうなるんでしょうね?

元増田カジュアルメモひとつも難しいことを書いてないが、増田anond:20241203143657)にはこちらの方が向いてるかもしれない

 

対話が成立しない際にある、価値観とか、知識とか、IQとか、コミュニケーション問題とかの前にある、認知の仕組みの問題

Honey Crispという品種りんごを見て、その黄色味に注目し、「黄林檎」と表現するのは個人価値観知識問題で、特に気になるところはないです。

こうした発言をする人と問題なく会話は成立する思います

 

だけど、Honey Crispを見て「これはりんごではない」と言う人については、認知の仕組みに問題がある気がします。

極端に表層的な学習を行い、それに気づけていない可能性とかありそうです。

こうした認知のズレを持つ相手との会話の成立は難しく、まず「どのような形状や状態りんごと見なされるのか」から話を始める必要があります

 

もっとも、この世のどこかにHoney Crispのように見えるが実際にはりんごではない果物実在する可能性や、見た目が同じでも研究の結果「りんごではなかった」となる可能性も、ゼロではないです。その場合、「りんごではない」という主張は成立するので、「りんごではない」発言する人について、この増田内ではOKします。 

 

 

しかし、「サッカーボールボールだが、ラグビーボールボールではない」という発言する人についてはどーでしょーか?

個人的には、哲学的な問いを仕掛けてきてる?概念境界の話や、本質主義 vs. 構成主義みたいな話がしたいの?

ラグビーボールボールカテゴリーに入れて話を進めて貰うのは無茶な要求ですか?と言った気持ちになる。

 

 

この問題を別の話に置き換えてみましょう

 

- A、B、C、Dとディーラーがいる。

- ディーラートランプの山からカードを1枚ずつ取り、決まった場所にセットする。カードが何かを確認した後に公開する。

- 正解を当てるまでゲームは終わらない

- 24枚目のカードがセットされたところで状況が進む

 

A:「セットするときチラッと見えたけど、ダイヤのKで間違いない。ハートのKはすでに出ているし、見間違えるはずがない。回答はダイヤのKでいいよな?」

B:「当たるか外れるかは1/2だからダイヤのKでいいよ。」

 

- 幸運なことに24枚目のカードダイヤのKだった。

 

C:「やっと終わったか。このゲーム考えたやつ、バカだろ?マリカーやろうぜ。」

D:「これはダイヤのKじゃない。」

 

 

##各発言について:
・Aについて

Aは観察した事実を述べており、問題なく対話可能です。ただし、状況によっては、Aの動体視力や観察力について確認裏付け必要になるかもしれません。

 

・Bについて

Bは残りのカード枚数という前提条件を無視し、「当たるか外れるか」の1/2に単純化して発言していますが、対話可能そうです。ただし、状況によっては、なぜそのような単純化を行ったのか確認をする必要があるかもしれません。

 

・Cについて

CはダイヤのKを当ててクソゲーが終わったことへの率直な感想を述べています対話自体問題なさそうです。ただし、状況によっては、発言が周囲の空気を読めていない、配慮に欠けていると受け取られる場合があります。たとえば、Aが精力的にゲームを進行していた場合、Cの発言不快感を招く可能性も考えられます。これはコミュニケーション上の配慮問題であり、Dのような「認知の仕組みのズレ」とは異なります

 

・Dについて

Dは「これはダイヤのKではない」と主張しています理由を聞くと、自宅のトランプカードのKとフォントが違うからだと言います。Dとの対話は困難を極めます

  

 

##嘘のような本当の話:

Dのような発言をする人は、現実存在します。本人に皮肉ギャグを言っているつもりはありません。意図的に話を混ぜ返しているわけでもないです。

ただ特定の細部に過剰に焦点を当てているだけです。

りんごではない、ボールではないと同じノリです。

 

Dの視点のものがすべての場面で悪いとはまったく思わないです。でも、この文脈でのDの発言は、対象への理解が極端に浅いか認知の仕組みに問題があると解釈するのが自然よね?

実際、Dと対話を続けるには、トランプカード基本的な形状、ダイヤというスートの概念、Kというランク概念を一から説明する必要があって困難を極める。

 

 

これでも難しい人がいるみたいなのでさらに補足

対話本質的に成り立たない理由は、Dが提示する論点現実や共有された前提(コンテクストから逸脱しており、対話が成立する土台そのものを欠いているからです。

 

A、B、Cの発言はたとえ偏りや誤解があったとしても、それぞれ一定範囲内で共有された認識価値観に基づいており、訂正や調整を経て合意に近づける可能性がありますしかし、Dの場合認知の仕組みそのもの問題があり、前提を共有するために基本的概念から再構築しなければならず、その労力が極めて大きいのです。

 

多くの人が「価値観の違い」「IQ問題」「知識の不足」「コミュニケーション能力の欠如」に原因を求めがちですが、Dのようなケースはそれらの問題を超えており、根本的には認知のズレによって引き起こされていると考える方が適切です。

 

例として:

 

1. 価値観の違いなら、Aのように「ダイヤのK」と主張しても、議論裏付け解決可能

2. IQ知識の不足であれば、Bのように「1/2」と単純化していても説明次第で改善可能

3. コミュニケーション軽率さは、Cのような態度に現れるものの、感情修正配慮で調整可能

 

しかし、Dの「フォントが違うからダイヤのKではない」という主張には、認知のもの根深問題があり、共通認識にたどり着くまでに膨大な時間と労力が必要となります

この問題認識しない限り、議論本質からずれてしまい、解決にたどり着けないことが多いと言えるでしょう。

2024-12-02

anond:20241202153304

とにかく精神障害持ち専業主婦率がすごい高いとは思う

そいで、暇なもんだから配信始めてスパチャで小遣い稼いで、そこから不倫離婚ってパターンもよく見る

オンラインゲームって趣味としての持続性という点でちょっと疑問があって、相手10年経っても同じコンテンツに対して同じ熱量持ってるとは限らないじゃん

で、自分からみてどう見ても面白くないクソゲーを日がな一日やってるのを許容できるかというのは考慮したほうがいい

anond:20241202144124

んなことしたらみんな4年スパンで頑張るようになるから3年クソゲーしか出なさそう

対話が成立しない際にある、価値観とか、知識とか、IQとか、コミュニケーション問題とかの前にある、認知の仕組みの問題

Honey Crispという品種りんごを見て、その黄色味に注目し、「黄林檎」と表現するのは個人価値観知識問題で、特に気になるところはないです。

こうした発言をする人と問題なく会話は成立する思います

 

だけど、Honey Crispを見て「これはりんごではない」と言う人については、認知の仕組みに問題がある気がします。

極端に表層的な学習を行い、それに気づけていない可能性とかありそうです。

こうした認知のズレを持つ相手との会話の成立は難しく、まず「どのような形状や状態りんごと見なされるのか」から話を始める必要があります

 

もっとも、この世のどこかにHoney Crispのように見えるが実際にはりんごではない果物実在する可能性や、見た目が同じでも研究の結果「りんごではなかった」となる可能性も、ゼロではないです。その場合、「りんごではない」という主張は成立するので、「りんごではない」発言する人について、この増田内ではOKします。 

 

 

しかし、「サッカーボールボールだが、ラグビーボールボールではない」という発言する人についてはどーでしょーか?

個人的には、哲学的な問いを仕掛けてきてる?概念境界の話や、本質主義 vs. 構成主義みたいな話がしたいの?

ラグビーボールボールカテゴリーに入れて話を進めて貰うのは無茶な要求ですか?と言った気持ちになる。

 

 

この問題を別の話に置き換えてみましょう

 

- A、B、C、Dとディーラーがいる。

- ディーラートランプの山からカードを1枚ずつ取り、決まった場所にセットする。カードが何かを確認した後に公開する。

- 正解を当てるまでゲームは終わらない

- 24枚目のカードがセットされたところで状況が進む

 

A:「セットするときチラッと見えたけど、ダイヤのKで間違いない。ハートのKはすでに出ているし、見間違えるはずがない。回答はダイヤのKでいいよな?」

B:「当たるか外れるかは1/2だからダイヤのKでいいよ。」

 

- 幸運なことに24枚目のカードダイヤのKだった。

 

C:「やっと終わったか。このゲーム考えたやつ、バカだろ?マリカーやろうぜ。」

D:「これはダイヤのKじゃない。」

 

 

##各発言について:
Aについて

Aは観察した事実を述べており、問題なく対話可能です。ただし、状況によっては、Aの動体視力や観察力について確認裏付け必要になるかもしれません。

 

Bについて

Bは残りのカード枚数という前提条件を無視し、「当たるか外れるか」の1/2に単純化して発言していますが、対話可能そうです。ただし、状況によっては、なぜそのような単純化を行ったのか確認をする必要があるかもしれません。

 

Cについて

CはダイヤのKを当ててクソゲーが終わったことへの率直な感想を述べています対話自体問題なさそうです。ただし、状況によっては、ゲームを考案した人や功労者であるAへの配慮が欠けている点に注意が必要かも知れません。

 

Dについて

Dは「これはダイヤのKではない」と主張しています理由を聞くと、自宅のトランプカードのKとフォントが違うからだと言います。Dとの対話は困難を極めます

  

 

##嘘のような本当の話:

Dのような発言をする人は、現実存在します。本人に皮肉ギャグを言っているつもりはありません。意図的に話を混ぜ返しているわけでもないです。

ただ特定の細部に過剰に焦点を当てているだけです。

りんごではない、ボールではないと同じノリです。

 

Dの視点のものがすべての場面で悪いとはまったく思わないです。でも、この文脈でのDの発言は、対象への理解が極端に浅いか認知の仕組みに問題があると解釈するのが自然よね?

実際、Dと対話を続けるには、トランプカード基本的な形状、ダイヤというスートの概念、Kというランク概念を一から説明する必要があって困難を極める。

2024-11-27

anond:20241127195037

anond:20241127195053

も含めて、差別なら反論するが、内心の趣味嗜好の話なんでそう思ってもらってもええで。

こんなコイントスクソゲー過ぎると思いながらも、なんだかんだポケポケ楽しいわ。

素数が少なすぎて、確率含めた最適解を常時目指し、その上でコイントスですべてがひっくり返る感じは他にない手触りだわ。

2024-11-25

anond:20241125175928

数十年間、クソゲーを作り続けた実績が信頼となってるんだ

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