「括弧付き」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 括弧付きとは

2024-09-01

正義暴走」なんて存在しない

正義暴走」なる概念ネトウヨ特有かと思っていたが

どうも最近ではリベラルフェミニスト人達にも「正義暴走」なる言葉を使う人達がいるようで、危険だなーと思っている。

「『正義』の暴走」と、「正義」の方を鉤括弧付きで語るならまだしも、そういう留保すらなしに「正義暴走」とか言っちゃえる神経が理解出来ない。

それって「正義」という言葉を単にその個人集団の信念程度の意味で用いているよね?そうじゃなくて、もっと人権社会福祉を前提に置いた規範的な概念なのが「正義」でしょう。

正義」じゃなくて、「思想信条暴走」とでも言うならば分かるんだが。

正義暴走」の例として、ナチス文革赤狩りを挙げている人がいたけれど、いやそれらは「正義」ではなく明確に「悪」じゃん

どんな思想信条の下に行っていようが暴力虐殺絶対的「悪」であるという、最低限のコンセンサスすらない人達が用いるおかし言葉が「正義暴走」。

イスラエルがやってる虐殺なんかもそうだよね。それは正義ではない。

2024-05-12

anond:20240511230348

いくらなんでもさすがに鉤括弧付きで書かれた文章くらいググれよ…

2024-03-03

anond:20240302234229

リベラル」や「フェミニズム」には修正が入るだろうね。

それともこういう風に括弧付きになるか。

2023-08-26

anond:20230825114204

こいつ本気でこう思ってそうだぞ。  

こういうやつが所謂陰謀論」(括弧付きの)にコロッと引っ掛かっちゃうんだろうなぁ。

2023-05-05

anond:20230504110406

道民からバーベキューが気にならないってのがあるかもしれんけど、元増田全然ヤバくないだろww どう読んでも普通の人。

おまえらって本当に普通じゃないんだな…。バーベキューに親を殺されたかの如く怨んだり、健常者のつもりで書き込んで指摘されたら手帳持ちを盾に喚いたり、必要以上に増田人格攻撃したり。

誰かが元増田の親の顔が見てみたいってわざわざ括弧付きで書いてたけど、まさにおまえらの「親の顔が見てみたい」。どんな魔境で暮らしたら元増田が悪いって結論になるんだよ…。

本当にここは恐ろしいインターネッツですね…。

2023-04-29

メタ宗教に覆われる世界

キリスト教イスラム教も、すでにある宗教意識してそこからまれてる点でメタ的だよね。

宗教という概念が先にあって、その後に生まれてるわけだから

あーユダヤ教も含めた一神教というもの自体が、他の神を否定して始まってる時点でメタ的なのかな。

何も原始宗教のみ以外認めないというわけじゃないけど、

メタ的な、鉤括弧付きの「宗教」の教徒ばかりで覆われてる世界って、ちょっと気持ち悪いなと思った。

2023-01-21

やはり恋愛は天上人にのみ許された娯楽

https://allof-love.com/love-good-atmosphere-characteristicll

この記事、「いい雰囲気」「いい感じの二人」「できてる男女」と鉤括弧付きで何度も連呼していて、宗教がかっていて怖い

そしてここまでして相手からだけでなく周りから特別関係として意識されないと恋愛関係になれないのならば

やはり恋愛無理ゲーなのでは。

ていうか他人の色恋沙汰にそこまでを興味津々な世の中も怖いが実際世の中そんなものなんだろうな

かに最近自分の身近でもこの二人今すぐにでも付き合いだしそうだなーって男女が発生したけれど

二人ともスペック高くて周りから一目置かれるようなタイプなんだよね

低スペ男女同士だとどんなに親しく語り合っていてもそういうふうには見てもらえない

やはり恋愛平民には無理ゲーであり、天上人にのみ許された娯楽だなと。

よく少子化をめぐる議論で娯楽がないかセックスしかないとかやる事がないとか言われるけれど、全く理解出来ないんだよなー

他のあらゆる娯楽がなかったとして、それで今現在恋愛出来てないような奴等が恋愛出来るかといったら多分できないと思う

単に何の楽しみもない無気力人間になるだけ

2022-08-05

清水晶子(東京大学)「学問の自由キャンセルカルチャー」Part4 〜キャンセルカルチャー批判

目次

anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用

anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜

anond:20220805230307 Part4 〜キャンセルカルチャー批判

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答

学問の自由キャンセルカルチャー」Part4 〜キャンセルカルチャー批判

https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI&t=3428s

57:08~1:05:19

抑圧側と被抑圧側との逆転の構図

抑圧側と被抑圧側とのこのような逆転の構図というのは、2010年代にはオルト・ライトと呼ばれる新興右派

あるいはそれとも重なるミソジニーに満ちたオンライン男性主義の主張などにおいて、幅広く利用されるようになっていきます

もちろんマイノリティを、かぎかっこ付きの「私たち」の外部にある敵というふうに認定する、

その敵の攻撃から身を守らなくてはいけないという形で、当該のマイノリティへの抑圧や暴力正当化していくっていう、

その形というのはもちろんその以前から

例えば排外主義において、あるいはモラルパニックにおいて広く見られてきたものではあります

9.11同時多発テロの後、対テロ戦争期の欧米各国におけるイスラムフォビア暴力っていうのはこういうものだったわけですし、

あるいは70年代80年代に、同性愛者とりわけゲイバイセクシャル男性というのを、

当時は性的捕食者、セクシャルプレデターっていうんですけれども、性的捕食者あるいはHIVウイルス拡散元として、

非常に激しくバッシングしたのが英米モラルパニックっていうのになるんですが、これなんかがすぐ念頭に浮かぶと。

じゃあそのオルト・ライト勢力オンラインミソジニーアカウント群を巻き込んだ、2010年代の特徴っていうのは何かっていうと、

これ単にマイノリティ側を、自分たちを脅かす敵なんだというふうに認定するだけではなくって、

マジョリティ側が力のある側が、自分たちを「差別されている」「抑圧されている」、あるいは「自由侵害されている」という形で、

はっきりと、私たちこそが「被害者である」「被抑圧者である」という形で、語り始める点にあると言えるかもしれません。

そういう語りのこの後もいろいろ出てくると思うんですが、

今のところ最新の形がいわゆる「キャンセルカルチャー批判」というものになります

キャンセルカルチャーとは

CAMBRIDGE DICTIONARY

社会あるいは集団、とりわけソーシャルメディアにおいて、自分を傷つけ侮辱する (offend) ようなことを言った人を完全に拒絶したり、その人の支持をやめたりする振る舞い方

MERRIAM-WEBSTER

不同意を表明したり社会的に圧力をかけたりする手段として、集団キャンセル行為(公に、とりわけソーシャルメディアにおいて、特定の人や組織への支持を撤回すること)をするような実践

ピュー・リサーチセンター(2020)

リベラル寄りの人々は「ある人に自分の行動に対する責任を取らせるためのアクション」と捉える

保守派よりの人ほど「検閲」と捉える

キャンセルカルチャーという語が急激に知られるようになってきたのは、

2010年代後半のことで、したがってだから、数年なんですよね、

キャンセルカルチャー意味とか語法も、現時点で完全に固まってるとは言い難いところがあります

実際、例えば辞書定義を見ても、Cambridge Dictionaryだと、

社会あるいは集団、とりわけソーシャルメディアにおいて、自分を傷つけ侮辱すること」、offendという言葉ですが、

自分を傷つけたり侮辱したりするようなことを言った人を完全に拒絶したりとか、

あるいはその人への支持をやめたりする振る舞い方」、いうふうに定義している。

それに対して、もう一つ別の有名な辞書でMerriam-Websterなんかを見ると、

不同意を表明したり社会的に圧力をかけたりする手段として、集団キャンセル行為」、

このキャンセル行為というのは「公に、とりわけソーシャルメディアにおいて、特定の人や組織への支持を撤回すること」なんですが、

集団キャンセル行為を行う実践」っていうふうにしていて、だから重点がちょっと異なってるんですね。

またピュー・リサーチセンターによる2020年時点の調査では、

リベラル寄りの人々は、

キャンセルカルチャーというのは、ある人に自分言動に対する責任を取らせるためのアクションと捉える傾向が強い。

それに対して保守派に寄っていく人ほど、

同じキャンセルカルチャー検閲であるというふうに捉える傾向があるということが明らかになってます

まりある人々が、差別的だったり暴力的だったりするなど社会的・文化的問題があると思われる言動を、

放置しないために取るアクションだ、ってふうに考えているものが、

より保守的な別の人々にとっては、これがつまりキャンセルカルチャー批判」の文脈になるわけですけど、

そちらの人々にとっては、それが集団での圧力とか検閲とかっていう形で理解されている。

言い換えれば、「キャンセルカルチャー批判」という形でのキャンセルカルチャーってのは、そもそも最初から

しばしば多数派である括弧付きの「私たち」の言動を、差別的とか抑圧的などと非難することで、

私たち」の言動検閲する抑圧する、あるいは「私たち」を差別する圧力というふうに定義することができる。

から先ほどからお話ししている逆転の構図を含み込んだ用語っていうのが、キャンセルカルチャーだと言えると思います

正義と開かれた議論についての書簡」(通称ハーパーズ・レター」2020)

153の署名: ノーム・チョムスキーサルマン・ラシュディマーガレット・アトウッドなど

若い左派から批判キャンセルカルチャーキャンセル

人種的社会正義を求める強力な抗議運動」や「とりわけ高等教育報道慈善事業、そして芸術活動など、社会におけるより一層の平等包摂を求める声」というような「必要過去清算(reckoning)が、同時に、開かれた討議と差異に対する寛容さという規範を弱体化させ、それよりもイデオロギーの一致を求めるような、一連の新しい道徳的態度と政治的コミットメントを強化してしまっている」

保守派による「キャンセルカルチャー批判」の事例というのは、とりわけ2020年代になってからほとんど枚挙にいとまがない。

毎月のように何か出てくるんですが、ただ時間がないので、

ここでは学問の自由に関わる、そして最も知られた例の一つを挙げておきたいと思います

何かというと、2020年に公開された「正義と開かれた議論についての書簡」というものです。

一般的にはハーパーズ・レターと呼ばれるんですが、その公開書簡なんですけども、

この公開書簡は、当時のトランプ大統領代表される右派の動きというのは民主主義の脅威であるというふうに位置付ける一方で、

同時に右派はまずいと、だけど同時に左派の間にも異なる見解に対する不寛容がまん延しつつあるというふうにして、

より開かれた議論必要性を説くんですね。

ここの何か不寛容とかそういう表現が、先ほどちょっとお示ししたブッシュ・シニアポリコレ評価と、

用語としてこう微妙に近似しているのは非常に興味深いところなんですが、

とにかくただこれだけ見ると何でもない主張に見えるんですけれども、

この公開書簡、例えばノーム・チョムスキーとか、サルマン・ラシュディマーガレット・アトウッドなど、

非常に有名な人たちを含む153名の研究者作家ジャーナリスト署名しているんですけども、

この公開書簡、何でもない、割とこう、どうでもいいというか普通のこと言ってるように見えるにもかかわらず、

公開されるとすぐに「キャンセルカルチャー自体キャンセルしようとする公開書簡である」っていう形で、

人種的性的マイノリティを中心とする若い左派から大きな批判を受けることになります

実際のところただこの公開書簡自体を見ると、

キャンセルカルチャーという用語は、それどころかキャンセルっていう用語も1回も使われてないんですね。

じゃ何で批判が来るのかっていうと、ここ(=スライド)にあるんですけども、

人種的社会正義を求める強力な抗議運動」や

「とりわけ高等教育報道慈善事業、そして芸術活動など、社会におけるより一層の平等包摂を求める声」というような

必要過去清算」、この清算というのはReckoningという言葉を使うんですが、これが同時にそれは必要だと、

だけど同時にそれが「開かれた討議と差異に対する寛容さという規範を弱体化させ、それよりもイデオロギーの一致を求めるような、

一連の新しい道徳的態度と政治的コミットメントを強化してしまっている」というふうに言うと、

この表現が、とりわけBlack Lives Matterを通じて、

Racial Reckoningって人種的過去清算の盛り上がりを迎えていた英米両国においては、

人種主義への批判のもの不寛容だと見なすキャンセルカルチャー批判」の文脈につながる書簡だというふうに受け止められた。

同時に、キャンパスにおけるポリティカル・コレクトネス批判者として知られていた、

言語学者スティーブン・ピンカーであるとか、

ハーヴェイ・ワインスタインの弁護を引き受けたことで、学生から抗議を受けてハーバードロースクール学部長職を退くことになった、

法学者のロナルド・S・サリヴァンであるとか、

この公開書簡の公開時にはトランス排除言説の支持者として知られていて、その言動批判が集まっていた、

作家J・K・ローリングとか、

そういう人たちが名前を連ねていたということももちろん、

この公開書簡が「キャンセルカルチャー批判」の一翼をなすものと受け取られた一因ではあったと思います

この書簡は、先ほどもちょっと申し上げたように、例えば左派代表知識人と見られてきたチョムスキー署名をしている。

同時に、ネオコンサバティブの論者である、例えばフランシス・フクヤマみたいな人も署名してるんですね。

まり従来の分け方で言えば、まさに右も左もなく同意できる原則を語っているように見える。

にもかかわらず先ほどから申し上げているように、

実際には、より若手のマイノリティライターとか研究者から強い批判が出る結果になった。何でか。

恐らくこれは、後者に当たるより若いマイノリティの人たちというのは、

学問の自由とか言論の自由擁護というのが、

近年では力のある地位にある人々が、自分たち差別的・抑圧的な言説の責任を問われたときに、

その批判糾弾を振り払うために使う枠組みになってしまっている、ということを感じ取っているのに対して、

フクヤマにしてもチョムスキーにしても、ある程度は地位が固まった偉い人たちっていうのは、

その事実をあまりきちんと把握できてなかった、いうことではないかと思います

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

2022-05-04

anond:20220504191317

(1) 日本人が昔から食べてきた品目(米、野菜魚介類

日本人が昔から食べてきた米や野菜魚介類自給率は、それぞれ米97%、野菜79%、魚介類52%と比較的高くなっています。これは昔から食べていた分、生産基盤や生産技術が受け継がれていることや、生鮮野菜長期保存ができず輸入が難しい、魚介類国内で新鮮なまま流通できるといった理由も考えられます

(2) 畜産物牛肉豚肉鶏肉鶏卵牛乳乳製品

畜産物自給率は、牛肉35%、豚肉49%、鶏肉64%、鶏卵96%、牛乳乳製品59%となっており、これは国内生産している割合を示しています

ただし、家畜とうもろこしや牧草などの飼料毎日必要します。飼料の多くは外国から輸入されているため、飼料自給率畜産物全体で25%となっています。この自給率考慮した数値が右側の括弧付き数字です。

例えば、牛肉自給率は「35%(9%)」と記載されていますが、これは、牛肉の「35%」は国内生産されていますが、国産飼料を食べて純粋国内生産された牛肉は「9%」ということです。畜産物自給率は、飼料自給率考慮に入れるとずいぶん低い数字になることが分かります

(3) 外国で大規模に生産されている品目(小麦大豆油脂類・飼料の原料)

小麦や、油脂類・飼料の原料となる大豆、菜種、とうもろこしなどは、日本の限られた農地では大量に生産するのが難しく、生産に適した気候で広大な農地を有する国(アメリカオーストラリアカナダ中国など)で大規模に生産されたものが輸入されており、自給率はそれぞれ小麦16%、大豆6%、油脂類13%と低い状況です。

(4) 産地が限られる品目(砂糖類)

砂糖の原料となる作物は、てん菜とさとうきびになります。てん菜は寒冷地での作付けが適しており、日本では北海道生産されていますさとうきびは逆に亜熱帯地での作付けが適しており、日本では主に沖縄県鹿児島県南西諸島生産されています。このように国内では産地が限られる中、外国から砂糖原料(粗糖)を輸入しており、砂糖類の自給率は34%となっていますhttps://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/ohanasi01/01-01.html

2022-04-26

企業には「表現の自由」はありません」と、わざわざ鉤括弧付きで言っている意味が読み取れない弁護士って怖くない?

鉤括弧を付けると意味限定される事って普通にあるし

例えば暴行罪の「暴行」と強盗罪の「暴行」では必要とされる暴行の程度が異なるとか常識だろうに。

2022-01-20

リベラル」が失敗を繰り返すのは善意依存し過ぎているか

呉座氏へのオープンレター問題署名捏造が明らかになったが、これに対する典型的擁護が「善意でやっている行為完璧を求めるのは酷い」とするものだ。

これが2重の意味で誤りであり「リベラル」が失敗を繰り返す原因であることを説明する。

尚「リベラル」と括弧付きなのかはは最後説明している。

自分たち正義であることに慢心して理屈、行動、証明が雑

理由の大部分がこれ

自分たち正義であり論敵は悪であるので全てが雑になる。

正義から支持されるべき、悪だから非難されるべきとのべき論が先にきてしまうが、本当に自分たち正義なのか、正義なら何をやっても良いのかは省みられることがない。

善意に甘えて自身責任放棄する

前項の善意正義を指していたが、本項での善意性善説での使われ方に類する。

性善説と言えば聞こえは良いが、要は思考停止でありであり責任回避だ。

参加者善意を信じるとか言ってチェックの作り込みをサボる。その結果悪用されたら自分たち被害者だと責任を取らない。

被害者に対して、文句悪用したやつに言えと平気で言い放つのが彼らの正義なのだろうか。

リベラル」が括弧付き理由

端的に言ってしまえば、定義上のリベラルが求めるのは「公正」であって「正義」ではない。前2項の何処に公正さがあるのだろうか。

正義」を求める、そのためなら手段も選ばないという発想をするのは保守と呼ぶべきなのだ

加えてその正義も身内の間でしか成立しない、徹底的な内向き志向エコーチェンバーそれが今リベラルを名乗るものの正体だ。

リベラル側が問題を追求されるたびに出てくる愚痴で頻出するのが「相手は好き放題やっているのに自分だけ咎められるのはズルい」だ

自分が実現しようとしているのが公正ではなく正義である事をこれ以上無く吐露している。

リベラルを名乗りたいならはを食いしばって公正を貫け

結論

現状のリベラルが指示されないのはベクトルが違うだけの保守であり

それが見透かされていることに気付いていないからだ

2021-11-22

男ウケするインスタ!とかいなんやらを見かけて、最近括弧付きフェミニストさんたちはこういうのには噛みつかないんだろうか、などと思ってしまった。

あざとい、女を売り物にしているように見えたので(自分はそういうのは嫌い)、さっくりブロックしてしまったけれども。

2021-11-10

嫌いなオタクの為に反社勢力側に堕ちるはてなーすごい

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/umamusume.jp/derivativework_guidelines/

id:agricola 共産党が「議論して社会的合意形成しましょう」っていうとキレ散らかすのに、運営一方的提示したガイドラインによる社会的合意形成にキレないどころか嬉々として参画する某界隈ダサすぎません?(嘲笑 ひょうげんのじゆうこれははもじい

id:aox こんなの従う必要ないです ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ

id:youtanwa 馬主相手だと表現の自由勢にいつもの勢いがなくて草。/ アニマルライツギャンブル依存症などへの問題意識メジャーになった場合競馬反社会的か否か。反社の線引きこそライトスルーされてる感。 「表現の自由括弧付き

id:emakirai Twitter見たら「公式が言って来たら従う!」「権利者様がやめてって言ってるもん!」みたいな言い訳ばっかだな。それって表現の自由戦士様が一番嫌う基準のない曖昧お気持ちゾーニングじゃん

そもそも著作権権利侵害表現の自由との差を理解してないのが致命的に頭悪いんだけど

漫画村表現の自由だ!とかいって好き放題してた海賊版大好きな反社勢力ユーザーか何かなの?

あのさあ、普通人間表現の自由だ!言論の自由だ!ってのは国内法に反しない限度になるってのは普通理解してるんだよ。

「○○を殺す!」って殺害予告だとか「鬼滅の刃そっくりのグッズ作って売るけど表現の自由!」

が許容されるなんて思ってるのはただの反社勢力なんだわ。

この人らはオタク憎しのあまり自分たち反社会的言動を勧める反社勢力になってることに気づいてないみたいだね。

その点、はてサ常連の人たちは遵法精神はわきまえてるようで、意見が合わないことも多いけどまともな人間だなぁと狂った人と比べたことに申し訳ない気持ちにもなった。

2021-11-09

休業支援金受給しながらちょっとだけ働く話

新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金という制度、今では知ってる人も多いこの制度の内容は以下の通りだ。

新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止の措置の影響により休業させられた労働者のうち、休業中に賃金(休業手当)を受けることができなかった方に対し、支給します。

コロナ禍前にフルタイム勤務していた仕事の休業支援金を受け取り続けながら、別の仕事を見つけ、そこでもフルタイム勤務の給与を受け取っている人が大勢いるというツイートを前々からよく見かけていた。

自分は「何かしらの事実関係勘違いしてそう見えるんだろう」と思い、読み流していた。

大勢って何人? 大勢根拠は? とか思っていた。

「実際にそのような事をしていても、労働局にチクられたら一発でアウト(不正受給)になるんじゃないか? 何故、労働局にチクらずにTwitterなんかに書くのか?」とすら思っていた。

ところが、先日、「コールセンターでそういう申請の仕方をするように指導している」旨のツイートを見かけた。

コールセンタースタッフピンキリで誤った内容の案内をしてしまうこともあるしな〜」と思いつつ、時間があったので電話してみた。

結論から言うと、コールセンターの回答は不正ではありません」だった。

コロナ禍前にどれくらい稼いでいたらどれくらい支給されるのか?

コロナ禍前の平均月給30日/月の支給31日/月の支給
30万240,000248,000
25万199,980206,646
23183,960190,092
20159,960165,292
18万144,000148,800
15万120,000124,000

別のバイト先を見つけると、大体同じくらい稼げる人が多いと思う。

から上記支給額に単純に元の額面給与を足した額が手に入ることになる。

25万円稼いでいた人が、約20万円の休業支援金を受け取りつつ、新しいバイト先で25万円を受け取る。

ここで大事なのが、休業支援金は非課税ということだ。

課税なので休業支援金を何十万、何百万貰おうが、所得税はかからない。扶養から外されることもない。住民税も取られないし、国民健康保険料が上がることもない。

ふぇぇぇ、この制度やばくない?

Bさんが1日9時間、週5日の勤務で月25万円稼いでいて、他のフルタイム勤務の仕事を見つけて働き出した場合、前の職場で勤務することは現実可能性がない。

だって運良く勤務時間が被らなかったとしても、1日9時間+9時間=15時間働いて、通勤時間もかかって、いつ寝るの? それを週5日ずっと続けられるの?

それでも「退職に関する書面がない限り、休業支援金を貰い続けることは不正ではない」というのが厚労省の回答だ。

口頭で辞めますと告げたり、バックレで辞めたりするバイト退職に関する書面って作ることあまりないと思う。雇用保険に加入してなければ離職票すら必要ないし、源泉徴収票退職日が書いてあっても拘束力はないからだ。

それでもどこかでバレて返還請求されるんじゃないの?

されない。

まず、休業支援金申請する際、今現在働いているか、どこかで給与を受け取っているか収入があるか、いずれの申告も必要がない。だから事前の審査がない。

次に、休業支援金は非課税なので、年末調整確定申告所得として申告する必要がない。国保年金減免審査においても、所得ではないので申告する必要がない。だから事後の審査もない。

そして何よりも、事後的にバレても不正ではないため、返還請求もされないし、いかなる制裁も受けないとコールセンターお墨付きが貰えた。バレたところで「だから何?」で終わり。

この制度やばいのはまだまだこれからだ!

緊急小口資金総合支援資金名前を聞いたことがある人も多いと思う。

コロナ禍での減収や失業に対し、国が無利息で貸付をするという制度だ。

これは本来、利息付きの貸付であったり、保証人を立てないといけなかったりする貸付制度を、コロナ禍という緊急事態であることを理由特別保証人不要・無利息で貸し付けるという制度だ。

最低賃金で働いていた貯金もない人たちが、コロナのせいで突然失業して今日食べるものもない、光熱費が払えない、家賃も払えずに追い出されたといったような過酷な状況に陥った救済になるのかと当初批判が多かった。返済できるわけないじゃん、と。

その後、償還(返済)免除の条件が公表された。

【緊急小口資金

・令和3年度または4年度のいずれかが住民税課税である場合

総合支援資金

・初回貸付分:令和3年度または4年度のいずれかが住民税課税である場合

・延長貸付分:令和5年度が住民税課税である場合

・再貸付分 :令和6年度が住民税課税である場合

この「住民税課税」という条件、休業支援金はいくら貰っても関係ない。だって課税から住民税に影響しないもん^v^

具体的に計算してみよう。

東京都最低賃金が1,013円、今年10月1日付で1,041円になったので時給1,050円で考えたいと思う。

Aさんは時給1,050円で1日9時間、ひと月22日働いていた。

給与207,900円に加え、交通費30,000円が支給されていた。もちろんここから各種税金天引きされるので全額は手元に入ってこない。

コロナ20203月のうちに失業してしまったが、幸い休業支援金支給対象となった。

支給額は190,320円、31日ある月は196,664円だ。

総合支援資金というものがあるらしいが、緊急小口資金を先に利用するように言われたので緊急小口資金を申し込んだ。

Aさんは単身世帯だったので貸付額は15万円だ。

続けて総合支援資金の申込みをし、月15万円×3ヶ月の支給だ。

更には総合支援資金(延長)で月15万円×3ヶ月、総合支援資金(再貸付)で月15万円×3ヶ月も申し込んだ。

2021年には生活困窮者自立支援金で月6万円×3ヶ月も申請した(これは2021/11/9時点では所得として課税対象だが、「今後、非課税措置要望等を行っていくことを検討している」らしいので非課税とする)。

Aさんは運良く上記情報を掴み、バイト先を探した。

課税に収めるため年収100万円以下(参考:家族と税(国税庁))でなければならないので月8万円の収入となる。

ちなみに実費を超えない交通費給与ではないためこの年収100万円や月8万円には含まれない。

1日6時間を週3日くらいこなせば月8万円くらいとなる。

202010月に月8万円の新しいバイトを始めたとしよう。給与が出るのは11からだ。

2020/042020/052020/062020/072020/082020/092020/102020/112020/12
休業支援金190,320196,664190,320196,664196,664190,320196,664190,320196,664
緊急小口資金00150,000000000
総合支援資金000150,000150,000150,000150,000150,000150,000
生活困窮者自立支援000000000
新しいバイト000000080,00080,000
2021/012021/022021/032021/042021/052021/062021/072021/082021/092021/102021/112021/12
休業支援金196,664177,632196,664190,320196,664190,320196,664196,664190,320196,664190,320196,664
緊急小口資金000000000000
総合支援資金150,000150,000150,000000000000
生活困窮者自立支援000000000000
新しいバイト80,00080,00080,00080,00080,00080,00080,00080,00080,00080,00080,00080,000
2022/012022/022022/03
休業支援金196,664177,632196,664
緊急小口資金000
総合支援資金000
生活困窮者自立支援000
新しいバイト80,00080,00080,000
20202021年2022年全期間
課税合計2,794,6002,945,560570,9606,311,120
課税合計160,000960,000240,0001,360,000
課税と非課税の合計2,954,6003,905,560810,9607,671,120

Aさんの元の年収は270万円くらいだ。それが年収を大きく超える額を手にしても尚、所得税ゼロ円、住民税ゼロ円、年金保険料免除国保は最低納付金額で済む。

2020年、2021年については、コロナの影響で減収した人は国保免除されている。当然、国民皆保険制度の利用は制限されないのでタダで自己負担料3割の恩恵を受けられる。これだけの額を手にしていてもだ。

緊急小口資金については2021年年度住民税が非課税なので償還免除をされ、一円も返さなくていい。

総合支援資金(初回)については、2022年度住民税も非課税なので償還免除をされ、一円も返さなくていい。

総合支援資金(延長)については、2022年12月までは月8万円のバイトしかしてなければ2023年度住民税も非課税となるため償還免除をされ、一円も返さなくていい。

総合支援資金(再貸付)については、2023年もずっと月8万円のバイトでやりくりしなければならないのを耐えられるか耐えられないかで分かれる。が、別に借りなくても45万円非課税お金が得られなくなるだけで、300万円近いお金を非課税で得られるなら45万円は諦めてもいいと思うので、デメリットにはならない。

休業支援金が非課税なのはいいけど、不正を防止する観点から確定申告時に添付とかする必要があるんじゃないかと思いませんか?

いいえ、これは不正ではないため、後から発覚しても何の処罰もなければ返還請求も受けません。

ちなみにここで挙げた制度はすべて厚生労働省の所轄なので、省庁間ですり合わせができてないとかではない。

厚生労働省が開設しているコールセンターが「不正ではない。それが厚労省としての回答である」と断言している(上の人にも何回か確認してもらった)。

ふぇぇぇぇぇ、この制度やばすぎ。

時代の流れに乗り遅れるな!

緊急小口資金総合支援資金生活困窮者自立支援金は今月末が申請締切だ! まだまだ締め切り延長される可能性もあるぞ!令和4年3月末日まで締め切り延長されました。

休業支援金20204月まで遡って申請できるぞ! こっちはなんと出血サービス2022年3月まで支給対象だ!

特に日雇いシフト制のアルバイト諸君! 事業主が協力しなくても「休業前6か月以上の間、原則として月4日以上の勤務がある事実確認」できれば休業支援金を貰えるぞ!

何が有利って普通仕事みたいに離職票退職に関する書類がないため「既に退職してる」なんて誰にも証明できないぞ!

コールセンタースタッフに何回も念を押して確認したが、不正行為でないのはもちろん、不正行為ではないのでこの話を皆に伝えて皆で休業支援金を働きながら貰っても問題にはならないと断言してくれたので、全員申請しよう!

真面目に働くのアホくさ。

追記

休業支援金を満額貰いつつ、転職してフルタイム給与満額貰う方がトータルでお得というのはそのとおり。

この記事はいかに税金を支払わずに、福祉制度を「賢く」利用するかについて書いた記事なので悪しからず。

「賢く」というのは、制度抜け道を利用するのではなく、厚労省が推奨している制度の正しい利用方法を指している。個人的には正しいとは思っていないので鉤括弧付きにしているが、厚労省曰く不正でも悪用でもない。

2021-10-29

anond:20211028211343

わざわざ括弧付きで「白馬の騎士」と書いてあるニュアンスが読み取れていないところを見ると、あなた外国の方でしょうか?

2021-06-29

anond:20210629040607

後者の使い方が普通

 

口語の時は、括弧付きの○○、などと後者を示すほどだ

anond:20210629040607

トラバ見てもわかると思うが、もはや馬鹿が増えすぎて「いわゆるという意味の鉤括弧」は通用しなくなってるぞ。

たとえば差別用語を鉤括弧で括って使うと「差別用語を使うな」とか言われて炎上するくらいになってる。

括弧付き」をそもそも使わないのが無難

2021-06-08

anond:20210608223545

(苦笑)それもう本来用途から外れてるじゃん

( ゚д゚)ハッ! だからパンティー」で、鉤括弧付きなのか...?!

2021-03-24

anond:20210324132758

全く同感で、問題は「理のある意見」を明らかに越えた意見までフェミニズムの一貫として一部の「フェミニスト」(括弧付き)により主張されている点では。

それ自体言論の自由があるので認めるべきだけど、他の社会運動であれば団体が「同調しない」なり表明するよね(同時に政府企業に主張を通すべく活動(交渉)する)。いい加減それがない活動ってどうなの、とは思う。

2021-02-07

勝手に削除から考える文芸時評論理

 『文學界2021年3月号の新人小説月評に関して、評者の荒木優太氏が「末尾が勝手に削除された」とTwitterに訂正願いを投稿、ほどなくして『文學界公式アカウント反論ツイートをした。

 のちに荒木氏は『マガジン航』で「削除から考える文芸時評倫理」と題する文章を発表し、背景を説明した。

https://magazine-k.jp/2021/02/06/ethics-in-literary-criticism/

 まず騒動時系列を把握しよう。

 最初荒木氏の①【訂正のお願い】ツイート2月5日19時半前、②『文學界』の反論ツイートは同日9時過ぎ、その後30分と間をおかず、荒木氏は「とりあえず」との留保付きで③追加説明ツイートを行なっている。

 ④『マガジン航』への掲載は翌日である

 では「削除」に至った経緯について、両者の主張を見てみよう。と言っても、経緯の主張については対立するところはない。

 1. 問題の3行を含む原稿を『文學界』が受け取る。

 2. 『文學界』が「批評としてあまり乱暴すぎるのでもう少し丁寧に書くか、それでなければ削除してほしい旨申し入れ」る。

 3. 荒木氏が「では、末尾に『全体的におもしろくなかったです。』と付け加えてください」と伝える。

 4. 『文學界』が「改稿していただけないのであればその3行は削除します」と申し入れる。

 5. 荒木氏が「『お好きになさるとよいでしょう』、ただし『その事実SNS等で吹聴する』」と返答する。

 6. 削除された状態刊行される。

 7. 「勝手に削除された」と荒木氏がTwitterで吹聴する。

 以上である

 さて、ここからが本題である。『文學界』のツイートは一貫して、「勝手に削除された」という「認識」をめぐるものである

 先ほどの経緯を「削除」の一点に絞って書き直してみよう。

 1. (略)

 2. 『文學界』が「削除してほしい」旨申し入れる。

 3. (略)

 4. 『文學界』が「削除します」と申し入れる。

 5. 荒木氏が「お好きになさるとよいでしょう」と返答する。

 6. 「削除された」状態刊行される。

 7. (略)

 『文學界』の立場としては、まず削除してほしいと提案し、聞き入れられない(どころか批評たりえない(と彼らが判断する)改稿を提示された)ので削除を宣言し、荒木氏が認めたので実際に削除した=「勝手に削除したわけではない」、ということになる。すなわちここでの「勝手に削除する」は、A「著者に一切の了解を得ることなく不掲載とする」ことを指す。

 荒木氏の立場としては、編集部意向で、B「最終的な確認なく削除された」=「勝手に削除された」ということになる。

 つまり問題はこういうことだ。

 「勝手に削除してもよいという合意」の上で削除が行われた場合、それは「勝手に削除された」と表現できるのか?

 一見して難問だが、前件と後件の「勝手に削除」は、指しうる範囲が異なる。Aの意味は「合意」とそもそも相容れないため、前件ではBのみを指しうる。一方で後件は問いの形式なのでAとB両方指しうる。しか命題「〜場合、それは『勝手に削除された』」が真となるのは両件ともBを指す場合のみである

 では荒木氏のツイート時系列に話を戻すと、最初の「勝手に削除された」という荒木氏の言葉は、ここでは後件に相当する。しかし前件はそもそも提示されていないために、AとB、どちらを意味するとも解釈できる状態である。それに対して『文學界』の経緯説明は前件を説明するものであり、ここでようやくBの意味での解釈のみが妥当であることがわかるようになる。

 言い直すと、A「著者に一切の了解を得ることなく不掲載とされた」と荒木氏が主張しているように読めるため、そこに出てくる表現勝手に削除された」は、B「最終的な確認なく削除された」のみを指しうるのだと、『文學界』は反論したのである

 これを踏まえると、「Bでしか解釈できないはずの表現を、Aとも解釈できる状態で公にした」荒木氏側には、『文學界から反論されるだけの落ち度があると言えるだろう。

 荒木氏を擁護しうるとしたら、以下の主張が妥当である場合だ。

 「物理的に手出しできない」という不均衡な関係ゆえに形式同意せざるを得なかっただけで、本来的には一切了解していない、すなわち前件自体が間違っているのだから、Aと解釈すべきである、という主張である。なるほど、物理的に手を出せないのは明らかにである。だが、「ならば同意せざるを得ない」と即座に結論づけられるのか。これは言わば「抗拒不能」を争うもので、論理から法の領域に踏み込んでしまうだろう。

 ここで可能性として生まれるのは、「6. 『削除されなかった』状態刊行された」パターンである。ではなぜそうならなかったのか。『文學界』側が「論理的に適当でないのだから削除するほかないではないですか」という論理的な抗拒不能に陥っていた場合である

 本論では『文學界』側にこの主張が成り立つかを『マガジン航』に掲載された「削除から考える文芸時評倫理から考えてみよう。

 荒木氏は「削除されなかった」場合作家が反応を示した場合を想定して、こう書いている。

そもそも作家から「反応」があったからといって、なんだというのか。怒りたければ怒ればいいし、月評に不満なSF作家樋口恭介がしたとおりウェブ反論文を書いてもいい。場合によっては私はそれで反省するだろうし、或いはやはり自分の正しさを確認するだけに終わるかもしれないが、その過程のなかで新たに発見できるものもあるだろう。

 ちょうど1年前の『文學界新人小説月評に対し、作家樋口恭介氏が反論した例(https://note.com/kyosukehiguchi/n/n54a493f4d4f4)を挙げ、自身の評言に対しても同様に振る舞えばよいではないかと述べている。

 樋口氏の件では反論に遭った両評者とも、作品内容にある程度触れ、自らの解釈をある程度開陳した上で否定的評価を下している。よって樋口氏は両者の解釈そもそも成り立たないことを説得的に示し、古谷から不適切であったと謝罪撤回を得ることに成功している。非常に健全批評的やりとりだった。

 ところが荒木氏の問題の3行には解釈がない。解釈提示されていないのであれば、樋口氏のように「それは誤読だ」と反論することもできないだろう。荒木氏自らが提示たこの事例との比較から、「反論余地を与えない表現批評たりえない、単なる悪口である」という論理が――「論理的に適当でないのだから削除するほかないではないですか」――容易に導かれる。

 荒木氏は「文学作品は作者による産物であると同時に、読者がもつ解釈格子次第でいかようにも姿を変えるものだ」とも述べている。なるほど、その解釈格子を通して得られた感動は「読者が固有の仕方で編み出した創造物」であるという論も含めて同意する。ところが荒木氏は続けて、「読者に伝えたいのは、私のもっているつまらなさや無感動も、いくぶんか自己責任もつところの私自身にとっての大切な創造であるということだ」と述べる。結論はこうだ。

私の最大の、というより唯一の武器は、面白いものには面白いといい、つまらないものにはつまらない、という、正直であることのほかない。

 荒木氏の論理では創造なのは「(無)感動」である解釈のものはそれを生み出すためのフィルターである。そして荒木氏が月評に書こうとしたのは「全体的におもしろくなかったです。」の一言、すなわち「感動」である

 だが、樋口氏の事例との比較で明らかなように、批評文に求められるのは、評者の感動=感想などではなく、それを生み出すにいたったフィルターであるところの解釈である解釈には確かに属人的な部分もあるが、ある程度規範的な部分もあり、さもなくば書き手自身から反論も成り立たず、「過剰解釈」が氾濫する。なるべくそ規範的な解釈をもって評価を下すのが評者の使命であろう。評者個人の正直な感想など、正直言って全く興味がない。文芸誌を買ってまで読書感想文を読みたくなどない。

 月評の制限字数わずであるため十分に論が展開できないというのならば理解できる。ところが『マガジン航』には多少なり岸作の解釈が載るのかと思えば、ここでもやはり「簡単な紹介と個人的所感」にとどまる。「個人的所感」などどうでもよい。

 解釈ができないのであれば、あるいはするまでもないと思ったのであれば、端的に書かなければよいだけの話であり、結果として「勝手に削除された」のは理の当然であろう。

 ある意味当事者となった川上未映子氏はこうツイートしている。

 テキスト論理もなく書かれた感想に怒りで反応する皮相な「緊張感」だけが漂う場を、批評とは呼ぶまい。

追記2021年2月8日

 反応をいただいたのでいくらか補います

 まず公平性を期すためあえて本論執筆者自身の考えを明確にすれば、「『文學界編集部の削除対応は、抗議ツイートまで含めて手続き問題はないが、合理的ではなかった」というものです。

 仮に削除せずに全文ママ掲載し、岸・川上両氏から編集部に対して抗議が来た場合、やりとりの履歴はあるのですから「改稿あるいは削除を提案したが聞き入れられなかった」と説明すればよいでしょう。改稿・削除を要求した理由が両氏への忖度だけなのであれば――「裏工作して保身に走る編集者」なのであれば、交渉をした時点ですでに保身は成立すると言えます

 あるいはもし仮に改稿・削除提案荒木自身の体面を守るためというお節介だったとしても、誌面から削除したところで荒木自身SNSで当該の評言を公開することは避けられないわけです。

 それでもなお最終的に削除の決断をした。非合理的でしょう。「批評を載せるのだ」という編集部としての決意表明のようなものを感じます(これは解釈を経て創造した感想です)。

 無論、コメントでいただいたように、「そもそも読者は批評を求めていない(批評を求めていない読者もいる)」可能性はあります。誌面にどのようなものを載せるか決めるのはまさしく編集作業なので、この場合問題は「作者が作りたいものと受容者が求めているものが違う」ことです。

 ただし荒木自身批評を書こうとしているので(「「批評言葉」かどうかを編集部判断するのがお門違いであり」と主張している以上)、問題の3行を読んで「読者は批評を求めていないのだから問題ない」として荒木氏を擁護しようとすると、逆に氏を裏切ることになります

 よって、時評の存在意義や読者の需要コメントでいただいたように「別の話」なわけですが、それはそれで議論されるべき問題なので取り上げました。

 最後に、本論文末の「緊張感」は、わざと誤読のように用いていますコメントでおっしゃる通り、「テキストへの真摯さ」が本来の緊張感ですが、テキスト論理がないので当然この本来の緊張感も不在です。それとは別の、感情的応酬という緊張感しかないのだ、と表現するために括弧付きで「緊張感」としました。最後までお読みくださりありがとうございます

2019-07-23

政治」家としての山本太郎

れい新選組から重度の障害を持つ二人の候補者当選したことは、先日あらためてクローズアップされたやまゆり園の事件に対する冷淡な反応などへの最大のカウンターとなった。

一部で熱狂的な支持を集めた山本演説における主張の多くは、現状追認主義者に鼻で笑われるような理想論に聞こえるかもしれない。

しかし今回選挙採用した戦術特定枠という制度と自らの知名度を最大限利用することで組織力不足を補いつつ、知名度の低い舩後氏と木村氏を国会に送り込む)は、他のどの陣営よりも括弧付きの「政治」として徹底的にリアリズムに根ざした実効性のあるもの、即現実を変えられるものであり、そしてそのために利用された特定枠は合区で議席を失う自民党議員の救済のために作られた、近年稀に見るキングオブクソな制度であったということも特筆すべきだと思う。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん