はてなキーワード: オフラインとは
30代前半の既婚子なしの男が今年ハマったものを書いてく。
流行語大賞発表のタイミングあたりで書き始めたんだが、あれもこれもとダラダラ書き足ししてたら1ヶ月近くたって年が明けてしまった。
マレーシアのボルネオ島というところの熱帯雨林に3日間滞在した。
毎日朝夕2回のボートクルーズと島内散策で、野生のオランウータンとかワニとか見れた。
アマミノクロウサギを見に行ってきた。
前々からNotionの共同編集機能を何かに使えないかなー、と考えていた。
Notionは無料ユーザーでも10人までのゲストを招待してチームスペースを作れる。
これを利用して友達10人誘って、内輪のSNSっぽいものを作ってみた。
内輪でコメントし合うmixiみたいな日記サービスになってて楽しい。
海外在住の友達と2人で毎週末2時間くらい雑談して、録音してアップロードしてる。始めたきっかけは忘れた。
今年は、o1が正式リリースされたり、PROプランが出たり色々話題だけど、
FlutterとKotlinのJetpack Composeを触ってみた。
今年はアプリのストアリリースはしなかったけど、スマホアプリをちまちま作って楽しかったので満足。
SNS上でたびたび良し悪しの賛否を呼んでいるけど、個人的にはめちゃくちゃよかった。
在宅ワークの合間に適当に野菜突っ込むだけで、カレーとか煮物ができるのでかなり重宝してる。
親知らずを抜いたんだが、抜いたところの穴に食べカスが詰まるのが気持ち悪くて買った。
歯がツルツルになる感じが良い。
今までコタツで床中心の生活だったんだが、ダイニングテーブルを買った。
1LDKで2人暮らしだが、椅子中心の暮らしは良いなと実感している。
今年話題になったSteam発のゲーム。自分はスマホ版で遊んだ。
ジョーカーでデッキを組んで、役を強化していくポーカーのゲーム。
今の時代に、オフラインのトランプのゲームが100万ダウンロード以上されてるって本当にすごい。
中毒性が強くめちゃくちゃハマった。
→この記事書き始めたときは3つだったが、今は3つ増えて6つになった
嫁がキングダムハーツが好きなので、主人公のソラが参戦しているので一緒にやったら、嫁がハマった。
2人で数百時間以上やった。
ただ、お互いに性格悪くなる感じがしたので、秋頃にSwitchからアンインストールした。
いずれも1000円以内で買えるSwitchのダウンロードゲーム。
どれも、嫁とワイワイしながら遊んでた。
その結果、餌をあげるためのログイン頻度が落ちて、最近はフェードアウト気味。
ここ2,3年めちゃくちゃハマってるのが、ハースストーンというデジタルカードゲームのバトルグラウンドというモード。
麻雀みたいなゲーム性でカードゲーム的なデッキ構築とかはなく、引いたカードで盤面を強していく8人対戦のバトロワ形式のゲーム。
今年、これのデュオモードというのが追加され、友達とチームを組んでできるようになった。
ソロモードでは、シーズン最終レート10000を達成できたのが今年一つの達成感。
12月に発売されたSwitchのゲーム。画面に向かってひたすらパンチを打つ!
前作もやっていたんだけれど、今作はテンポ感とパンチの判定が改善されてとてもよくなった。
2人プレイできる。嫁もたまに付き合ってくれる。
嫁とご飯を食べながらネトフリを見るというのが習慣で一緒に見た。
ストーリーが派手で暑苦しくてとてもハマりました。
自分も嫁もラブコメとかあんまり見ないんだが、これはハマった。
嫁を映画館に誘ったのだけれど断られたので、ネトフリ配信されてから見た。
カラオケ行こ!がとても良かったので、脚本の野木亜紀子が気になって
アンナチュラルとMIU404を嫁と一気見した。
その2作と世界観が繋がっているラストマイルの映画も観に行った。
3作ともめっちゃ面白かった。良い脚本家が作る作品はどれも面白いんだな、と。
綾辻行人の原作小説が好きだったけれど、この手の映像化は失敗も多いので期待せずに見た。
この作品どうやって映像化するんだろという興味本位で見たんだけど、ちゃんと映像化が上手くいってておもしろかった。
テレビ東京の深夜番組で、鶴瓶とオセロ松嶋が30分喋るだけの番組。
20年以上放送され続けてた番組なんだが終わってしまった。本当に悲しい。
唯一、テレビ番組で録画して見ていたので録画用のSSDを全く使わなくなってしまった。
叡王戦第5局の日、会社からの帰り道に伊藤匠勝利、藤井聡太失冠、のニュースが流れてきて、身体の中から熱いものが湧き上がってきたのを忘れないと思う。
Abemaの番組でAbemaトーナメントという将棋の番組がある。
今季はチーム稲葉が優勝して、そのメンバーとして活躍のが、今の将棋界最年少の藤本渚くん。
強くてかわいくて推せる。
スマートフォンを手に取るたびに、起動していたあのゲームアプリ。毎日の日課としてログインし、イベントに心躍らせ、時には財布の紐を緩めて課金もした。数年間、私の生活の一部だったソーシャルゲーム(以下、ソシャゲ)を、ついに辞めた。この文章では、私が長年続けてきたソシャゲを辞めた理由、辞めるまでの葛藤、そして辞めた後の変化について、赤裸々に綴っていきたい。
私がそのソシャゲに出会ったのは、今から遡ること約5年前。当時、仕事で大きなプロジェクトを終え、心身ともに疲弊していた私は、何か手軽に楽しめるものを探していた。そんな時、友人に勧められたのが、そのソシャゲだった。ファンタジー世界を舞台にした、キャラクター育成とバトルがメインのゲームで、個性豊かなキャラクターたち、美麗なグラフィック、そして奥深いストーリーに、私はすぐに魅了された。
最初は暇つぶしのつもりだった。しかし、ゲームを進めていくうちに、次第にのめり込んでいった。毎日ログインしてクエストをこなし、キャラクターを育成し、他のプレイヤーと協力して強敵に挑む。ゲーム内のコミュニティで他のプレイヤーと交流するのも、日々の楽しみの一つだった。いつしか、ゲームのことは常に頭の片隅にあるようになり、通勤時間や休憩時間、寝る前のひとときなど、あらゆる隙間時間をゲームに費やすようになった。
熱中が生んだ変化
ソシャゲに熱中するにつれて、私の生活にはいくつかの変化が現れた。
時間の使い方: 自由時間のほとんどをゲームに費やすようになった。以前は読書や映画鑑賞など、他の趣味にも時間を使っていたが、それらは徐々に後回しになっていった。
お金の使い方: 好きなキャラクターの限定ガチャや、イベントを有利に進めるためのアイテム購入など、月に数千円から多い時には数万円を課金するようになった。
人間関係: ゲーム内のコミュニティとの交流は深まったが、現実世界の友人との交流は減ってしまった。オフラインでの集まりに参加する機会も減り、連絡を取る頻度も少なくなっていった。
体調: 長時間スマホを操作することが増えたため、視力の低下や肩こり、睡眠不足などを感じるようになった。
これらの変化に気づきながらも、「ゲームをやめよう」という決断には至らなかった。ゲーム内のコミュニティとの繋がり、キャラクター育成の達成感、イベントへの期待感などが、私をゲームに繋ぎ止めていた。
私がソシャゲを辞めることを意識し始めたのは、ある大きな出来事がきっかけだった。それは、ゲーム内で長年親しくしていたプレイヤーが、突然ゲームを引退したことだった。そのプレイヤーは、私にとってゲーム内の大切な友人であり、一緒に強敵に挑んだり、イベントについて語り合ったりする、かけがえのない存在だった。そのプレイヤーがいなくなったことで、私はゲームに対するモチベーションを大きく失ってしまった。
しかし、それでもすぐにゲームをやめることはできなかった。長年積み重ねてきたデータ、課金してきたお金、そして何よりも、ゲーム内で築いてきた人間関係が、私を躊躇させた。まるで長年連れ添った恋人と別れるかのような、複雑な感情が入り混じっていた。
「今やめたら、これまで費やしてきた時間とお金が無駄になるのではないか」「ゲーム内の友人たちとの繋がりが途切れてしまうのではないか」という不安が、私を何度も引き留めた。しかし、同時に「このままゲームに時間を費やし続けるのは、自分の人生にとって本当にプラスなのだろうか」という疑問も、日に増しに大きくなっていった。
決断、そして変化
数ヶ月間の葛藤を経て、私はついにゲームをアンインストールすることを決意した。最後のログインをした時、ゲーム内の友人たちに別れを告げた。多くの友人たちが、私の決断を惜しんでくれたが、同時に応援もしてくれた。
ゲームを辞めた直後は、ぽっかりと心に穴が空いたような感覚だった。毎日欠かさず行っていた日課がなくなり、自由な時間が大幅に増えた。その時間をどう使えばいいのか、最初は戸惑った。
時間の有効活用: 増えた時間を使って、以前から興味があったプログラミングの勉強を始めた。また、読書や映画鑑賞など、他の趣味も再び楽しめるようになった。
お金の有効活用: ゲームに課金していたお金を貯蓄に回せるようになった。将来のための資金を貯めることができるようになり、精神的にも安定した。
人間関係の再構築: 現実世界の友人との交流を積極的に行うようになった。以前は断っていたオフラインの集まりにも参加するようになり、友人たちとの絆を再び深めることができた。
体調の改善: スマホを操作する時間が減ったため、視力の低下や肩こり、睡眠不足などの症状も改善された。
最後に
長年続けてきたソシャゲを辞めることは、私にとって大きな決断だった。辞めるまでは様々な葛藤があったが、今振り返ってみると、辞めて本当に良かったと思っている。ゲームに費やしていた時間を、自分の成長や大切な人との時間に使えるようになったことは、私にとって大きなプラスだ。
もし今、長年続けているソシャゲをやめようか悩んでいる人がいるなら、この記事が少しでも参考になれば幸いだ。大切なのは、自分が本当に何をしたいのか、何が大切なのかを考えること。そして、勇気を持って一歩踏み出すことだ。
ゲームは楽しい娯楽の一つだが、それが自分の生活を支配してしまうのは本末転倒だ。自分にとって最適な距離感で、ゲームと付き合っていくことが大切だと、私は今回の経験を通して学んだ。
ただし、選ぶ本には注意が必要です。胡散臭い内容や、流行に流されるような本は避け、少し古めで陳腐化していない本を選ぶことが重要です。
現代は「クソフルエンサー時代」とも言われていますが、その影響を受けず、しっかりとした内容の本を通じて仕事のニーズを理解し学ぶことで、自らの成長を促進します。
役に立たないと感じる本は、全て倉庫にしまい込みましょう。例えば、量子力学などは今のあなたには不要です。
アウトプットについては、ノートやローカルPCに記録することは良いですが、ネット上で公表することは控えます。
特に転職業界には騙されないよう注意し、今の職場に留まる選択をし、そこでの成果を重視する姿勢が求められます。
生活習慣も見直し、早寝早起きを心掛けて朝型生活へシフトしていきましょう。
また、SNSから距離を置き、オフラインでの活動を増やすために運動や読書など、自分自身を充実させる時間を大切にしてください。
「ヤベー奴の法則」とは、特定の社会的なイベントや休日に、リア充(オフラインで充実した生活を送る人々)が活動している時に、オンライン上で目立つ行動をする人々を指す論理です。
この法則に基づくと、元日やクリスマスなどの特別な日には、通常の生活から逸脱した行動が観察されることが多いです。
「ヤベー奴の法則」は、社会的なイベントや休日における人々の行動パターンを理解する上で興味深い視点を提供します。
リア充がオフラインで充実している時期に、ヤベー奴たちがオンラインで暴れることで、自身の存在感を示そうとする現象は、現代社会における孤独感や自己表現の一形態として捉えることができます。
このような行動は、社会的な文脈や個々の心理状態によって大きく影響されるため、その背景には複雑な要因が絡んでいると言えるでしょう。
昨日書いてみて、思った以上に反響があって素直に嬉しいです。頂いた意見について答えられる限りで対応させてもらいます。
しかし今年は24.25日両方ともに平日であったことから、本部によってオンラインオフライン含めた新規オーダーの受注を停止することを禁止されたため、不可能でした。
新規オーダー停止の権限は現場にはなく、また遅延することをお客様に注文前に伝えるシステムも、一昔前にAIによる管理に変更されました。
つまり現場目線で言えば、ひたすらに新規オーダーを作るしか出来ませんでした。お客様に電話で受注できないことを伝えるという手段もあるにはありますが、オーダーキャンセルをするとその量によっては本部から怒られるということは頭に置いておいて欲しいです。
本部に責任が全てある訳では無いと思っていますが、個々の現場の能力と本部の想定しているオペレーション効率が剥離していると感じています。
〇客側のアプリも終わってる
が、正直電話越しに聞かれても全てを把握出来ないのでよく分からないまま怒られて終了します。
最近だとpaypay決済が新しく導入されましたが、マクドナルドなどのアプリと違って、注文が送信されたか分かる表示などがされないらしく、非常に多くのお問い合わせを頂いていて、現場も「またか……」と思いながら対応しています。電話対応だけで一人人員が割かれるので、非常にオペレーションに負荷がかかります。
カスタマーコールセンターなんかもあるにはあるのですが、だいたい結局現場に繋がります。決済についてこちらからカスタマーコールセンターを紹介したのに、結局店舗に繋がるってことが多くあって、お客様のストレスも溜まるしこっちもよく分からないのでかなりストレスです。
〇どこの企業もそんなもん
ただドミノピザで厄介なのは、システムの歪みの一つ一つが、重要な指標である「お客様へのお渡しにかかった時間」に関わってくるということです。
システムによって業務効率が悪いことも問題ですが、業務効率が悪いことと、お客様のサービス体験の悪化に因果関係があると考えられることが問題だと思ってます
というのも、監査の項目に本文で書いた時間に関する事項もあるからです。
私なんかは時間帯責任者として店の責任者を請け負うこともあるので、その時間に店に監査が来た場合、チクチクされるのはその時の責任者です。
いわゆるエリアマネージャーもkpiについてはかなり気にしていると思います。現場にふらっと現れて、3歩以上は駆け足とか言って発破をかける光景が日常的にあります。
〇帰ることができなかった⇽誤字?
ピザは嫌いです。
〇伏せ字サムい。滑ってる
匿名ダイアリーの空気感を知らずに書いてました。ごめんなさい。
今回頂いたお言葉で、自分には無い視点で言及してくださった方も多くいて、書いてよかったなと思いました。消されるかもしれないけど、多くの人に見て貰えたので満足です。
mixi2をご利用されて疲れてしまったとのこと、お気持ちお察しします。特に、「フォロワー数÷フォロー数」を最大化しようとするユーザーの存在は、純粋に日常をシェアしたいという目的で利用している方にとっては、大きなストレスになり得ますね。
ご指摘の通り、この値を最大化するためには、フォローバックを狙った大量フォローと、その後のフォロー解除という行為が必要になります。これはまさに「疲れる」行為であり、SNSの本質から逸脱していると言えるでしょう。
以下、あなたの意見に共感する点、そしてSNS文化全体の問題点をいくつかまとめました。
では、どうすれば良いのでしょうか?以下にいくつかの提案をします。
SNSはあくまでツールであり、人生の全てではありません。数値に振り回されることなく、自分にとって心地よい使い方を見つけることが大切です。もし、mixi2で疲れてしまったのであれば、他のプラットフォームを試してみるか、あるいはSNSから一時的に離れてみるのも良い選択肢かもしれません。
今年37になる
未婚 子供部屋おばさん
両親とは仲が良い
色々あって学科で馴染めなくて、留年したり休学したりで28歳で中退した
浪人中からずっと学費は親が出してくれていて、しんどそうな自分を見て「もう大学辞めても良いんじゃない」と背中を押してくれた
それがなかったら自ら命を絶っていたのでは、と思うので感謝している
大学を辞めて、実家に戻って(一人暮らしのお金も親が出してくれていた)しばらくは元気を取り戻すまでゆっくり過ごした 猫が癒しだった
ありがたいことにオンラインには趣味を通じて出会った友達がたくさんいたので、通話をしたり、元気を取り戻したあたりからはオフラインでも会うようになった
そういった子供部屋おばさん生活をしばらくして、30を超えたあたりで
「このままだとパパとママが死んだら生きていけないよ」と、家業の手伝いをさせられた
この時はすごく嫌だったけど、今は仕事を与えてもらったことに感謝している
仕事内容はたぶん誰でもできる仕事 働いたことがないので分からない
書類をポストから受け取って分類する、自分で処理できるもの(しまう、とか)は自分でやって、分からないものは母親に全て投げる
事務所の掃除もした トイレ掃除が好きだった みんなが嫌がる仕事だから
まぁでもそこからずっと「誰でもできる仕事」しかしてない 能力がないからね
それでお小遣いという名の給料をもらって、たまに友達と遊びに行くとか、趣味の出費以外は貯金している
このままゆる〜く生きていくのかなぁと思っていたけど、この度家業を廃業することになった
親としても苦渋の決断だったと思う 娘が無能で継げないからね…
ここまでずっと親の脛を齧ってきて、親に助けられてきたからどうしたらいいか分からない
一応履歴書には浪人〜大学中退〜事務職と書けるけど、一体誰が雇ってくれる?
親は遺産は残るから…と言ってくれてるけど、先のことが見えなさすぎて困る
わたしはどうしたらいい?
mixi2とやらがリリースされたとのことで、周囲でも続々と登録している。が、俺は初代mixiで経験した暗黒の出来事が思い出され、その気にならぬ(そもそもエロ禁止らしく、エロ絵描きの俺には縁なきサービスだ)。
今時分はてなくんだりに蝟集している連中は初代mixiの基本的な仕組みなぞ説明不要だろうから諸々省くが、俺がメンヘラを極めていた20年ほど前、マイミク限定公開で書き綴っていた鬱日記のスクショが、虹裏(これも説明を要しないだろう)に当時毎晩立っていた俺叩きスレに晒し上げられていたのである。
当然、犯人はほぼオフラインの友人知人で占められていたマイミクの誰かということになる。実際、オフラインの知己でないと知り得ない情報(に基づく中傷)も書き込まれていた。敵は身内にいるものだという箴言を地で行く展開。
俺の人間不信は膨れ上がり、ODの回数や手首のリスカ痕も増えた。虹裏の俺叩きスレには「死にたがっているから追い込みかけてやってんだよ」と書かれたりしていたが、それもオフラインの身内の書き込みだったかもしれない。
地獄の日々だった。
以来病んだ精神は立ち直れず、職にも就けず、自室からもロクに出られず20年。mixi2はむしろ旧Twitterに似たサービスらしいが、初代mixiの悪夢の記憶が呼び覚まされ、登録に二の足を踏ませている。
どうぞ、健全な方々だけで楽しんでください。
⭕️ 増田はスラム民が日々ラップバトルしてる ← それはそう
❌ 増田は福祉 ← はぁ?👎👎👎 オフラインでオナってろカスが
ストロングゼロが飲む福祉、増田は書く福祉とかいう無頼を気取る自分に酔ったボンボンうんこ↓
https://anond.hatelabo.jp/20240710163940
酒カス、ヤニカス、まず、おまえは自分が圧倒的マイノリティであることを自覚しろ、話はそれからだ
若者(25歳未満)どころか増田世代でも少数派のはずなんですけどね・・・
メルストおわるならオフライン版出してくれ……
キャラ名鑑部分だけでもいいです……あとイベント含むストーリー読めるとうれしい
欲を言うなら設定資料……キャラと背景と戦闘時の背景……あとイベントスチルが見れる何か……書籍でもオフライン版でもいいです……
メギド72でしょ?
オフライン版メギド72について
・メギド
・オーブ
・霊宝
・アイテム
・クリア状況
なんていうかさ
「ご覧なさい。あなたが同僚に見せようとした写真だ。誰が写ってます?」
みたいな感じを受ける
遊んでいたソシャゲのサービスが終了することになった。世間的には、円満なサービス終了である。
ずっと作品の中心として紡がれていたメインストーリーが終わり、それをもって作品として完結する。
それから数日後にでオンライン版のサービスが終了し、今後はオフライン版としてサービスを行う。
大団円だ。
ソーシャルゲームという、どこで終わるかわからない綱渡りを常に強いられるゲームにとって、当初から予定していたシナリオを完結させて終わることができるというのは、この上ない最高の終わり方だと思う。
そのうえ、全くなくなるのではなく、オフライン版として遊びたい人はまだ遊び続けることができる。
私も、今までに志半ばで終わってしまうゲームをいくつか経てきたので、これは本当に最高の幸せな終わり方だとわかる。
なのに、どうしてか、涙が止まらない。
それは、このゲームが、昨年亡くなった私の伴侶が、私と共にメチャクチャハマっていたゲームだからだ。
始まりは5年ほど前。特に深い理由もなく、「このゲーム、尖ってて面白いですよ!」的なプロモーションをTwitterで見かけて、興味を持って初めてみた。その後無事にハマり、楽しくイベントをこなすなどしていた。
あるとき、そのゲームの生配信があり、それが夕食時だったので、食卓はともに囲むというルールだったため「食事の時にこの生配信を見ていい?」と打診したところ、快諾されて一緒に見た。
興味がないゲームの配信ではあるものの、「このキャラって〇〇?」などと時折聞いてくれ、それに応えたりしながら時はながれた。
そんなことがあったことをすっかり忘れていたとき、ある日突然、「楽しそうに遊んでるから、このゲーム始ようかな」と、そのゲームのトップページを見せられた。
面白いゲームだからぜひやってほしいということと、最初のガチャで何度でも引き直しができるので、(ごく一部のキャラは対象外だが)好きなキャラが出てから始めるとよいと伝えた。
伴侶はそれからしばらくずっと引き直しをしているらしかった。私が見かねて、「どのキャラ目当て?」と聞くと、引き直しでは出ないキャラクターを狙っていることがわかった。
私のミスなのだが、当初の見立てでは、普段好きになる傾向のキャラは全員引き直し対象だったので、そこの注意は必要ないと思って伝えていなかった。
長年のつきあいがあるはずの相手の好みの把握の甘さに反省しつつ、その子は出ないから好きに始めたらいいよと伝えて、ようやくプレイを始めたようだった。
ここから、伴侶のつたないプレイを応援して二人三脚で・・・で、みたいな展開が通常はあるかと思うが、伴侶は普通にそのゲームに興味がなかっただけのゲーマーなので、めきめきと上達していった。
まだゲームに慣れていなかった時代には、「コイツはこうやって倒すんだよ」などと、3ターンキルを見せてあげるなど、上級者ぶりを見せつけて悦に入っていたころもあったが、ほんのわずかな期間だった。
ゲームは好きだが他のゲームに浮気しまくっている私と、このゲームに一途にプレイしている伴侶とでおもしろいほどに差が産まれ、いつの間にか練度は追い越されていた。
とあるむずかしいメインストーリーのボス攻略に苦しんでいる私に、「これで突破したけど?」と、育成しきったキャラと編成でこともなげに攻略する様を見せつけられたときは、BSS…とつぶやいてしまった。(全然違う!
ありがたいことに、きっかけとなった生配信の後も定期的に公式生配信をしてくれていたので、一緒に生配信を観ていた。
お互い、新規キャラの実装で気になるキャラがいると、テレビに走り、間近で配信を観た。
あのキャラクターもあのキャラクターも、実装時の一番最初の記憶で頭に浮かぶのは、残念ながら伴侶の尻である。(人間が目線より下の角度に置いてあるテレビにひざをついてかじりついていると、その後ろにいる人から最初に目に入るのは見ている人の尻になるのだ)
新しい衣装が実装されると、一緒にテレビの間近まで近寄って、衣装イラストに散りばめられた小ネタを探した。
キャラクターの性能について語り合ったりもした。
気は合うが好みは合わないので、あまり一緒にハマれるコンテンツがなく、数少ない一緒に語れる作品だった。
もちろん、それぞれが別の作品にハマることには不満はない。お互いが好みを尊重しているので、無理に勧めることもない。
だから同時にハマれる作品がないのは仕方なく、それも承知でこれまで長年共にいたので、この作品ばかりが特異なだけだった。
カラオケコラボが始まり、田舎住まいだが辛うじて遠征できそうな場所でやってくれていたので、初めて一緒にコラボイベントに出かけた。
カフェコラボが始まり、ちょっと頑張れば行けそうな場所でやっていたので、わざわざ旅行の予定をいれてコラボイベントに出かけた。
ストーリーの更新があるたびに、お話の「これから」はどうなるか語り合った。
生意気なオタクなので、クオリティにばらつきがある、イベントストーリーの良し悪しの話もしたりした。
私は時々コミケに出るタイプの創作寄りのオタクなのだが、伴侶はそうでもないのに、珍しく「コミケに出てみたいな」と言っており、二人で合同誌を出すことを企画した。(残念ながら、コロナで中止になって叶わなかった)
こういったことは、このゲームがなければできなかった体験だし発想だった。
コミケはわりとまじめに出たかった。伴侶が元気になったら出たいとずっと思っていたし、今でもなんとか無理してでも出られなかったかなと思っている。
同じゲームにハマってからだいたい2・3年くらい経ってからだろうか。うろ覚えなので違うかもしれない。(追記:改めて見返したらやっぱり間違ってたので直した)
大変申し訳ないが、私はちょっとそのゲームへの熱量が下がってしまった。
メインストーリー見た?と言われても、敵が強くてまだだな~みたいな感じで濁すようになっていた。
伴侶も同じくらいで止まっていると言っていたが、それが本当に止まっていたか気を使って言っていたかがわからない。
これこそが私の最大の後悔だ。
伴侶は、昨年に持病をこじらせて亡くなってしまった。
私の手元には、しばらくサボっていたソシャゲが残った。
その年の秋か冬か春かくらいだっただろうか(暑くなかったので夏ではなかったくらいしか記憶がない)。・そのゲームは、「メインストーリーのシナリオ、今なら全部読めますよ!」という、まあまあどうかしているキャンペーンを始めた。
ちょうど暇だったので、キャンペーンに合わせてストーリーを読んでみた。
めちゃくちゃ面白かった。
物語が佳境に差し掛かっていることもあって、伏線が鮮やかに回収され、巧みに回収されていくストーリーに目を見張った。
更新されたシナリオが、古いものばかりならそうも思わなかったのだが、伴侶が元気だったうちに更新されたものもそれなりにある。
「共有できる機会があったのにできなかった」ものがいくつもあるのだ。
めんどくさがらずにストーリーを進めていたら、この面白さの少しくらいは、一緒に楽しめただろうか。
もしかしたら、気を使って言わなかったけど、ここまでは進めていて、本当には早く進めてここまで読んで欲しかったのではないだろうか。
「共有したかった」と、ここまで思ったゲームは始めてだった。珍しく好みが合ったというのもあるが。
そのゲームの、完結が発表された。
私は、「共有したかった」と思った。
ずっと生配信を一緒に見ていた。おそらく伴侶が興味を持ったきっかけも生配信だったのではと思う。生配信で終了が発表されるゲームは稀だという。そんな、レアな「終了を発表する生配信」を一緒に見たかった。
完結の喜びと、もう見られない悲しみを共有したかった。ぐちゃぐちゃな気持ちをぐちゃぐちゃなままで共有したかった。
SNSに書くときは、どうしても感情を一旦整理してしまう。整理されないままの生の感情を共有できるのはリアルのコミュニケーションならではだ。
私はもともとコンシューマーゲームが好きな人間なので、ゲームが終わってしまうこと自体はそんなに悲しくはない(全く悲しくないわけではない、念のため)。
そもそもコンシューマーゲームであれば発売の時点でシナリオは完結しているのが普通だからだ。
だから終わってしまうことそのものよりも、終わってしまう悲しみを、「これから」が亡くなってしまう悲しみを、今までずっとゲームの「これから」を一緒に楽しんできた相手と共有したかった。でもその相手はもういない。
葬儀というのはわかりやすい。人が死んだから悲しいのだ。それを紙に記す。
ソシャゲの終わりを紙に記す人はそういない。さらに、そのゲームが好きだった人のことを紙に記す人は、もっといない。さらに、そのゲームのことがどれだけ好きだったか、そこに付随する気持ちがどれだけあるのか、これはもう、もっとどこにも記されない。
確かにこのゲームのことを、私の伴侶は愛していたのだ。でも、オンライン版のサービスが終了することで、アカウントは消えてしまう。こんなにたくさん衣装を買っていて、手持ちを全員レベルMAXにしていて、編成をたくさん作っていても、ゲームが終わったら消えてしまうのだ。
ネット上の画像は生成AIに既に取り込まれてるんだからいままでの環境を維持すればいいという主張を見たけどそれはそれで時代の変化を理解したくないバイアスなのではと思った。
絵を描く側の人たちが全員「ネット上に上げたものは機械学習されて良い」と思ってるなら生成AIは成立しただろうけど現実はそうじゃないし生成AI側はデータの著作権への対価を払うつもりはないと主張してるわけだから話し合いは始まらずに決裂してる。
画像にノイズを載せたり情報量を下げたうえで比較的クローズドな環境で絵を見せようとする流れになるのは必然なのでは。
ネットで気軽に平和に絵を見られる時代も終わっちゃうんだよ悲しいね。
例えば医療で画像診断の精度を上げてる、などは素晴らしいことだと思います。
一方で「高性能のAIはとても電気を食う」「熱が発生する」と聞くと
SNSでネタにする程度の用途で気候変動に加担するのはちょっと気が進まない。
うなぎは美味しいけど絶滅しそうなら増えるか完全養殖できるようになるまでは食べなくていいやと思うのと同じような括りに入る。
昔ディケンズがアメリカで講演をして自著の海賊版が出版されていることに苦言を述べたら「新世界で何ケチなこと言ってやがる」って炎上したんですよね。
でもいまアメリカは故人の没後の著作権を引き伸ばす側の国になりました。
そういう歴史上の実例を見るとネット上のデータについても(技術的には可能でも)取り放題みたいな時代が終わる可能性は全然ある。
生成AIの発展と使い勝手は技術だけではなく法律や社会通念の面からも影響されるわけで、
生成AIはいまの手法では立ちいかなくなるのではと思っています。
生成AIは企業のものなのでマネタイズできないなら最終的にはサービス終了するでしょう。
自分は絵を描く人でもITを開発する人でも法律の専門家でもなく、今後どうなっていくのか、どうなるべきなのかはわかっていませんが(冒頭に戻る)