「演奏」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 演奏とは

2025-01-14

結局、私達は騙されていただけだった

地方女子大を出て、東京就職しようとしたが上手く行かず周囲のアドバイスへ従って「取り敢えず派遣」にした

当時のTV出版、そしてインターネットなどのメディア田舎保守的で都会にこそ自由があるのだと喧伝していた

かにそうなのかも知れない。でも当時は誰も地方製造メーカーには独身寮があって年額で60万円もの実質収入が多いだなんて誰も教えてくれなかったし、私が見ている範囲インターネットには何処にも書いていなかった

自動車メーカー工場で働いていた女性エントリーを読んで私は初めて知ったんだ。10年前にそれを知りたかった

当時と言うけれども、今でも私が見ているインターネットでは地方に働き口はない、セクハラパワハラだらけだし、子育て公立校しかなくて環境が悪いという話をかなりの頻度で目にする

皆さんが推察しているようにトヨタからか?そんなわけなかった

求人サイト金属加工をしているというメーカー期間工募集内容を見ると年収で今の私を超えており、独身寮のほか既婚者向けの社宅があり、女性正社員登用多数なんて書いてある

当時の私が悪いんだ。メディアインターネットに書かれている情報をそのまま鵜呑みにして東京企業しか調べたことがなかった

私は未だに派遣だ、10年間派遣だ。転職上手く行かなくてずっと派遣

持ち家なんてないし、公共交通機関があるので必要はないのだけれど車も持ってないし、結婚もしてないし、ましてやピアノなんて買えないし演奏する教養もない

私にあるのは食べることが趣味なので無駄に付いた贅肉だけだ。きっとあの増田工場で働いてたから痩せてるんだろうな

ねぇ?なんで嘘ついたの?なんで誰も教えてくれなかったの?

工場からオフィスワークになる可能性あるだなんて知らなかったよ

これから出勤だ、たぶんずっと今の人生変わらないんだろうな

2025-01-13

木琴奏者やってるけど

オーケストラ室内楽で木琴弾いてるけど、ほんとに木琴って軽く見られてることが多い

オーケストラとかで木琴のパートやってると無視するやつが多すぎる

正直、俺がいなかったら成り立たない曲だって山ほどあるのに、誰もその大事さに気づいてない

悔しい

ラヴェルの「ボレロだって

ストラヴィンスキーの「火の鳥だって

木琴がいないとただのメロディーだけの薄っぺらい曲になっちゃうんだよ

でもみんな気づいてない

木琴ってリズムを取るだけだと思ってる奴がほとんどだろうけど、正直、そう思ってるやつには本当に腹が立つ

かにリズムがメインなんだけど、メロディーだってできるし、

しろ木琴がメロディーの中に入ったときに曲のクオリティがぐっと上がるってこと、わかってないんだろうな

たとえば「ウェストサイド物語」の木琴パートもそうだけど、俺が弾いてるからこそ、あの曲に深みが出るんだよ

でも周りは俺の役割ほとんど見てない

なんでだろう、毎回これやっててイライラする

音色作りもクソ大変なんだけど、これまた全然理解されてない

マレットの種類一つで音色全然変わるし、打つ位置によっても響きが全然違うのに、

そういうこと気にしないでテキトー演奏してるやつが多すぎる

やればやるほど、木琴をちゃんと使ってるのは俺だけだって感じる

リズムを取るだけじゃなくて、音をどう作るか、どう響かせるかが大事だってのに、他の楽器の連中はそれに気づかない

多分アホなんだろうな

一番ムカつくのは、木琴が目立たないからって、みんなが無視すること

リズム取ってるときとか、他の楽器がどんどん目立ってきて、

俺はただのバックグラウンドみたいになってることが多いけど、

正直、木琴がいないと音楽の骨組みができないんだよ

なんでわかってくれないんだろう、マジでイライラする

木琴のことがわかってないから、俺がうまく演奏しても、それくらいできて当然みたいな顔される

木琴ってやることは難しいのに、全然理解されないんだよ

オーケストラの中じゃ、リズム取ってるだけだと思われがちだけど、それだけじゃないんだよ

俺がいなきゃ曲が締まらないってのに、誰も気づかない

木琴がないとダメな曲がいっぱいあるのに、あんなに地味に見られるのがムカつく

木琴の本当の価値をわかってる人って、ほとんどいない

愚痴を言っても結局は木琴を弾き続けるけど、もう少し評価されてもいいんじゃないかって思う

2025-01-11

志の高さが羨ましい

エレキギター、歌、ダンス絵画、演技…これらの活動共通していることは、プロアマわず

「やりたいからやっている」

ということだろう。

その意味で、表現レベル活動に対する考えは千差万別なれど、

「志の低い人間は一人もいない」

と言える。

からレベルや考え方の壁を超えて同好の士として、更には仲間になれる可能性も、少なからずあるわけだ。

もちろん、どの活動だってキレイなことばかりじゃないのは百も承知なつもり。

どんなに頑張っても「つまらない」「ダサい」の一言で切り捨てられることは全然珍しくないだろうし、妬み僻みみたいな話だって無いわけ無いと思う。

でも好きだから続ける、というかやめられない。

それだけで本当に素敵だと思うし、これ以上ないくらい輝いている。

その眩しさが、心底羨ましい。

えー、そんな大げさな…と思うかもしれない。

しかし、幼少からスタートしないとプロになれないような一部の楽器スポーツでは、この「志の高さ」が当たり前ではないという現実がある。

わかり易い例では、確かWBCだったと思うけど、野球のことが大大大大大好きなイチローが、松坂に厳しく対峙していた話がある。

要するにイチロープロとかどうとか関係なく、辞めろと言われようが、仕事として続けられなくなろうが辞めない気満々なレベル野球が好きなのに対し、松坂はむしろ仕事でやってるだけ」感が前面に出すぎていたと。

まり純粋野球好きとして「それで満足するとか、本当に野球が好きならそうはならんやろ」「てか、なんで好きでもないのに野球やってんの?」と思わずにいられず、ああなったわけだ。

そりゃ筆者含め、仕事については適性があったから食うためにやっていることだし…と割り切っている人は珍しくないというか、それが大多数だと推測される。

なんなら「こんなことして食うなんてやめたい」くらい仕事を嫌っている人も普通にいるだろう。

そして幼少から始めないとプロになれない技芸というのは、親が子の適性とか素質を見込んで、外堀を埋める形でプロになるよう頑張る以外に道がないルートに追い込み、そこで生き残れた人だけがプロになる流れだ。

そこで本人の好きかどうかなんて気持ちは顧みられないというか、なんなら本人がどこかでその感覚をかなぐり捨てて取り組んできたまであるので、好きでやってる人を探すほうが多分難しい。

その意味では、松坂スタンスも同じ社会人として、共感できる部分がないわけではない。

しかしながら、楽器スポーツはそれを趣味としてやっている人がいて、そういう人からするとプロ一般仕事と同じくらい「割り切って」やっている現実を目の当たりにすると、なんとも言えない気持ちになるわけで。

少なくとも自分は、自分趣味にしている楽器についてその現実を知ったとき、そういう一部のプロ演奏なんて聴きたくもなくなったくらいには落胆させられた。

しかもそのきっかけが、全く適性が無いながら自分演奏にどうしても納得できずレッスンを続け、気がつけば音大受験レベルの曲を弾けるくらいになったタイミングで、何人かの配信者の演奏を聴いて違和感を覚えたこからだったり。

無駄に耳が肥えてしまったせいなのか、「確かに上手いし弾けてるし、リスナーが大満足なのも間違いない。でも本当にその楽器が好きなら、そんな大味な音で絶対納得するはずがないんだけどな…」と思わされる演奏が非常に多いことに気づいたと。

そしてそれは全然気のせいじゃなく、「上手いけど、楽器が好きじゃない」人の出す音なんだと確信するまで、そう時間はかからなかった。

聞けばプロ現場指揮者が最も苦労し、かつ演奏者と対立する点もまさにそこで、最悪「弾けて当たり前なのはいいけど、やっつけ仕事まで当たり前にしないで欲しいんだが」VS「なんだコイツ、何にも知らないくせに」みたいなギスギス展開も珍しくないと。

ちなみにアマチュアの出す音というのは、海外では"Funny Noise"と言われているらしい。

でもそれは決して侮蔑ではなく、むしろ好意や敬意を備えた意味なんだろうなーと、最近は思うようになった。

好きでやっていることは素晴らしい!というのを、こんな形で実感したくはなかったけどね。

ギター背負った生足女子高生を眺めていた

あんな娘と一緒に演奏してみたい!

いや、演奏まったくできないフリして手取り足取りFコードの弾き方教わりたい!

2025-01-10

B'zダサい論争が一部で話題になっていたが、主に90年代サブカルとか渋谷系から視点で語られているようなので、90年代当時のハード・ロックヘヴィ・メタルHR/HM)好きから見た当時の状況を交えて今思うことを殴り書きしてみる。

殴り書きの趣旨

本題の前に殴り書きの趣旨を書いておくと、唐突だがみうらじゅんは昔からキーポン」、つまり「keep on」が重要だと主張している。そして「keep on」の次に何が来るかは重要ではないともいっていた(と記憶している)。「マイブーム」を一般名詞にまで浸透させ、一大産業に発展した「ゆるキャラ」の名付け親でありながら「ゆるキャラ」にとどまることな意味のない「マイブーム」を続けているみうらじゅんが主張していることだから説得力があるともいえるが、個人的にも今強くそう感じるようになっている。学生時代から主に音楽の面でサブカル界隈をそれとなくフォローしてきた身として、今現在そう感じている内容を整理してみたい。

隙あらば自分語り

兄が学生時代ハード・ロックコピーバンドをやっていてそのコピー曲を聴いていた流れで、『Burrn!』誌で酒井康の紙面アジテーションに感化されてヘヴィ・メタルにハマり込んでいた。酒井康がしきりに「世界で最も売れたアルバムビートルズでもなくディープ・パープルの「Machine Head」だ」と連呼するのを真に受けていたし、ディープ・パープルライバルであり洋楽ロックが専門の渋谷陽一が好きなレッド・ツェッペリンヘヴィ・メタルとは違う「軟弱」なハード・ロックに思えた(なお「Machine Head」は80年代当時最も売れていたかもしれませんが2020年代歴代アルバム売上ランキングではトップ100にも入っていないようですね)。

その一方で『Burrn!』誌創刊とほぼ同時期に刊行された伊藤政則ヘヴィ・メタルの逆襲』を繰り返し読みながら、(まあ当然の話ではあるが)ビートルズローリング・ストーンズなどの有名どころのほかに80年代には名前も聞いたことのないバンド60年代から70年代ブリティッシュロック興隆期に活躍していたことを知った。

残らないもの・残るもの

そうして大まかな流れをつかみながら実際に曲を聴いたりしてみると、80年代当時の音楽シーンから見るとメロディー、音質、演奏テクニックも古臭くて長く残るようなものじゃないなと納得することが多かった(これはもちろん80年代当時の感覚であって、80年代音楽はまた別の意味で古臭くて長く残るようなものはむしろ少なそうですけどね)。

その後90年代大学HR/HM寄りの軽音サークルに入り、幅広く音楽を聴いているサークル仲間に教えてもらって普段テレビラジオ流れる以外の音楽世界にも触れようになると、音楽性もさることながら長く音楽活動を続けることこそが一番の評価軸になるのではないかと思うようになった。もちろん、長く続けてればいいということではなく、当時の社会文化情勢で受容される音楽が変わる以上長く続けるかどうかは結果論たまたまかもしれないし、今聴いている音楽も後世に残るのはわずなのだろうなどとも思いながら、結局同じスタイルやコンセプトで続けることがその音楽性を唯一無二のものとしていくのだなと実感するようになったのである

その時期はまた、80年代HR/HMギタリストとして『Young Guitar』誌にも登場していた松本孝弘がB'zというよくわからないユニットを結成し、その曲がテレビ主題歌CMバンバン流れるようになっていて、軽音サークルでは総じて「松本孝弘が魂を売った」と批判的だった。一方で「イカ天からイロモノ的にデビューした人間椅子は地道にアルバムを出し続けていて、サークルの後輩がコピーバンドを組んだりしてライブでは大いに盛り上がっていた。

人間椅子ブレイク

長く音楽活動を続けることこそが一番の評価軸になるというのを身にしみて感じるようになったのはアラフィフになったここ数年である。そのきっかはいくつかあるが、音楽でいえば人間椅子2010年代SNS海外から評価されるようになり、オズフェストに出演したり海外ツアー実施したりするまでにブレイクしたことである。少しずつ変遷しつつもコンセプチュアルなルックス江戸川乱歩太宰治を強く意識した歌詞3ピースハードロックという音楽性は一貫しており、海外から高く評価されるようになっているのを知ったときはなんとなく嬉しい気持ちになった。個人的にそこまで熱心なファンではないが、「ヘヴィ・メタルの逆襲」といえば伊藤政則ではなく人間椅子というHR/HM好きも多いだろうし、青森ローカルテレビ番組で披露していたキング・クリムゾンの「21st Century Schizoid Man21世紀精神○常者)」や「Lark's Tongues In Aspic Part2(太陽と戦慄パート2)」の完コピには感動したものである

なお余談だが、人間椅子の曲がディープ・パープルではなくブラック・サバスに影響されたものであることも長く活動継続できた理由ひとつであろう。個人的感覚ではあるものの、ディープ・パープルは今となっては古いロック定番としてなら聴けるが70年代という時代しか通じない遺物に感じてしまう。奇しくも酒井康が80年代中ごろにディープ・パープルの影響を誇示していたように、同時代とそのフォロワーにのみ影響を与えたバンドだったのではないかと思われる(重要バンドではないということではなく時代によって評価が変わりやすいという趣旨です。為念)。

松本孝弘の目論見

そして人間椅子とは対照的だが、2024年紅白歌合戦サプライズゲストとして登場したB'zもまた、活動継続することで唯一無二のポジションを獲得している。2024年放送NHKSongs」で松本孝弘自身が語った話では、80年代から浜田麻里TM Networkなどのサポートギタリストとして活動しながら、その活動限界を感じて自分バンドを結成しようとメンバーを探していたところ、所属事務所ボイトレに通っていた稲葉浩志を紹介されて88年に結成したのがB'zだった(大意)とのこと。

松本孝弘が感じた「限界」がどのようなものかまでは深く語られなかったが、80年代中盤以降アメリカではLAメタルが全盛期でトップチャートを賑わせていて日本からラウドネス進出する一方、国内では聖飢魔Ⅱテレビ歌番組活躍していたり浜田麻里ソウルオリンピックNHKイメージソングを歌っていた時代であるあくま個人的記憶だが、もしかすると日本でもHR/HMからメジャーバンドが生まれるのではないかくらいの勢いはあったと思う。

しか松本孝弘は、NHKSongs」で子供のころに聴いていたテレビ主題歌歌謡曲が好きだったとも話しており、その勢いそのものに「限界」を感じていたのだろう。つまりガンズやメタリカのようにHR/HMをそれとして打ち出すのではなく、テレビ主題歌歌謡曲としてテレビ普通に流れるものに落とし込まなければメジャーになれないと考えていたのではないか。そしてその目論見は、現在まで長く活動を続けて唯一無二のポジションを獲得した松本孝弘にとって正しかったというほかない。

(というと「日本HR/HMモンスターバンドならX Japanがいるだろ!」との意見もあると思いますが、HR/HM好きからするとX Japanドラムベースは申し分ないものボーカルギターの要素が不足していて、ルックスからビジュアル系認識してしまうんですよね。)

歌謡曲路線

B'zのモンスターぶりは特に売上で際立つ。それはやはりB'zの所属事務所ビーイングによるところが大きいと思われる。ビーイングを創設した長戸大幸吉田拓郎に憧れて上京し、歌謡曲でヒットを連発していた阿久悠とも交友関係があったとのことで、その事務所方針松本孝弘の考えがあいまってB'zは着実に売上を伸ばしていった。

B'zはボーカルギターという最小限のユニットを活かしてデジタル音源を取り入れ、洋の東西を問わずその時々のヒットチャートや古いロックを取り込んだものとなっている。たとえばツェッペリンエアロスミスなどの洋楽ハードロックをモロパクリするところなどは、同じく洋楽を強く意識してパクリも辞さなかった(というより積極的にパクった)昭和歌謡曲の路線を忠実に踏襲していることが伺われる。当時からパクリではなくオマージュだ」という擁護はあったものの、現在では結局それも擁護というよりB'zのテクニック解釈への正当な評価認識されるようになっている。これもまた長く活動継続したことの成果である

パクリorオマージュ

ただし、人間椅子もいわばブラック・サバスパクリだし、アメリカイギリスを中心とした洋楽への憧れがあって独自解釈した結果が音楽性に反映しているという点はほぼすべての日本(というより非アメリカイギリス圏)のバンド共通しているだろう。B'zがほかのバンドより批判されやすいのは、良く言えば今風のフレーズ古今東西メロディーを織り交ぜる昭和歌謡路線踏襲しているから、悪く言えばほかのアーティストの有名フレーズのみならずあまり有名じゃない曲のメロディーまで一部ではなく全編に隠すことなく入れ込みながらも知っているとニヤリとするどころかなんでそこまでまるまる?と思うくらいパクり方に節操がないと感じられる(※個人の感想ですからという程度である

HR/HMギタリストだった松本孝弘を知っているHR/HM好き(自分もその一人)からは主に昭和歌謡曲的パクリについて反感を買っていたが、ミリオンセラーの前にはそんな一部のマニア批判など無力である。むしろそんな批判松本孝弘が聞いても「だからHR/HMでは限界なんだよ」という思いを強くしただけだろう。その意味では、人間椅子とB'zを比較すること自体HR/HM限界如実に表しているともいえる。人間椅子ブレイクしたといってもB'zのように単独アリーナツアーをすることはないし、和嶋慎治ギブソンからシグネーチャーモデルSGを送られることもおそらくない。売れるバンドになることが目的ならB'zの方向こそが目指すべきものであり、人間椅子の方向は長く困難で実入りの少ないいばらの道が続く。

さらに余談だが、ブリティッシュロック出自としながら時代に応じて曲調もルックスも変えて長く活動を続けているのがローリング・ストーンズであるストーンズもまたデビュー当時からパクリとの批判が大きかったが、次第にオリジナリティが認められていった。B'zはローリング・ストーンズ手法にも学んでいるのかもしれない。

諦念

もちろん、この文章には若干の皮肉を込めている。ただしそれはあくまで若干であり、残りの大部分は長く活動継続したことに対する私なりの敬服である

音楽マーケットあくまで「市場」であり、売上こそが正義であるパクリでもなんでも売れ続けることによって批判は称賛に変わり、その音楽性や演奏力といった音楽という表現方法内包する軸とは別に、売上という別個の軸が評価基準として自己実現する。B'z以前から日本歌謡曲洋楽パクリとして始まっており、これは日本のみならずアメリカイギリスの影響を受けた音楽マーケットを持つ国でも同様であろう。なんなら上記のとおりローリング・ストーンズに限らずアメリカイギリスでもパクリ盗作)をめぐっては訴訟だらけである。ここで「パクリ」の定義踏み込む余裕はないが、どのように定義するにせよパクリ否定することは売上によって成り立つ現在音楽マーケットのもの否定することになり、現実的ではない。

ここまで読んでいただければお分かりだと思うが、この文章人間椅子の方向に面白さを感じる人間が書いている。「keep on」の次に何が来るかは重要ではないかもしれないが、それによって得るもの時代人間関係などの環境や運によって大きく異なり、おそらくそれは本人が意図的に選ぶことはできない。その現実のどうしようもなさに対して諦念するほかないのである

長く続ける力

人間椅子とB'zは個人的に対比しやすいから取り上げただけであり、売上がギネス認定されたB'zを一方の頂点とすることはできるかもしれないが、人間椅子はその他のバンドの一つに過ぎない。売上ではB'zに及ばずとも単独アリーナツアーできるバンドミュージシャンはそれなりにいるし、人間椅子のような活動の積み重ねを前提として運よくブレイクしたバンドも探せばそれなりにいるだろう。明確な売れ筋狙いが功を奏した場合もあれば、愚直に一つのスタイルを貫くことが評価される場合もあるというだけの話である。いずれの場合にせよ長く続けて評価されるためには、その水準を満たす表現力や演奏力などの本人の能力はもちろん、各関係者との良好な協力関係などの制作体制、そして固定ファン層を安定して構築することこそが重要である

長く続けること自体が本人や関係者、ファン層のそれぞれの厳しい条件をクリアしてようやく成立するものであり、さらにそれが売上などで評価されるかは時代社会情勢によって変わってしまうという現実に対しては諦念するほかはないが、それを実現したB'zとその関係者、さらファン層にもやはり敬服するほかないというのがとりあえずの結論

参考

https://yamdas.hatenablog.com/entry/20250106/being-sibuya

https://storywriter.tokyo/2020/09/01/3673/

https://the-king.jp/nana_247.htm

2025-01-08

紅白でB'zとか福山とかMISIAデカい顔してるのが当たり前と思ってる40代

俺46歳がそうなんだが、息子16歳のことを考えると微妙な気になった。紅白は、しばらく前からターゲット団塊から団塊ジュニアに変更してきている。ずっと前は演歌歌謡曲大御所がトリをつとめてきたが、福山MISIAがトリだというのは、ターゲットが我々40代からである。我々にとっては順当に思える人選は、他の世代にとってはそうではない。上の世代からすると、馴染みのあるメンツが減った紅白である。下の世代から見ると、実力派と呼ばれるベテラン勢がでかい顔しているように見える。

俺たちにとって馴染みのあるメンツが並び,たまに出てくる別世代向けの歌を「まあ、ケン玉もやってるし存在ぐらい許してやっていいか」とか言ってるのは、その時代で消費のメインとなる世代傲慢であり、下から見れば傲慢のものである

自分10代だった時に紅白がどのように見えていたかを思い出す。青い山脈やら高校三年生やら五木ひろしみたいなのが居並ぶ中で、光GENJITMネットワークが居心地悪そうに演奏していて、それに対して若い聴衆が必死ペンライトを振っていた。我々はそういう居心地悪さを他に強いている世代の側だと自覚した方がいい。

anond:20250108011659

そんなことで断たれるとは悲しいなあ

俺も昔はMuseっていうMML風のテキスト演奏するシーケンサーで色々遊んで、声優の曲とか耳コピしていた

『B'zは見れるときに見ておけ』という増田を読んだけれどまったく刺さらなくて自分音楽に関しては完全に複製メディアネイティブなんだなと自覚できた。

複製技術がなく音楽再現性が著しく低かった時代ライブ演奏こそが音楽のものだったのだろうけれど自分はその時代遺伝子記憶も受け継いでいないのだ。

ただ誰もいない場所で好きな姿勢好きな音楽を好きなだけ聴いて頭の中で好きなだけイマジネーションを発揮して架空風景人物感情を創り出しては霧散させることこそが自分にとっては自然で真の音楽の楽しみ方だった。

過去ライブに出掛けてみたことがないわけではないし行ってみれば楽しい体験ではあったけれどどこか周りの人達と同じように楽しめていない見えない壁のような何かを感じていた。

その何かというのは自分音楽の楽しみ方とライブという形式があまりにかけ離れ過ぎていたということだった。

2025-01-07

anond:20250107213804

胸だけ出してても全然エロくないんだよな

真剣な表情で演奏してる顔のほうがエロいと思う

anond:20250107131321

それが、以外と地方公立病院勤務医って趣味も楽しんでて充実した生活送ってんだよなあ

俺が出会った範囲だと、楽器演奏ゴルフサーフィン社交ダンスマラソン、なんかをやってる人がいた

しかもみんなすごい腕前

激務なのに

頭いいか効率いいのと、体力が常人とは違うレベルなんだと思う

つーか、体力ないとあの仕事むり

2025-01-01

anond:20250101072835

元々アコギ1本で歌うのは「地獄でなぜ悪い」も同じだったんだよね?

本来めちゃくちゃ明るい曲調で演奏してる曲を敢えて弾き語りで歌うことでメッセージ性を高めたかったってのはあったと思う。

から星野源が伝えたかった思いとかが、今回の経緯で色々変わってしまってるのは星野源可哀想だと思うんだよね。

と、書こうと思ったけど新垣結衣結婚してるからダメだ。

新垣結衣結婚したやつはメッセージ性とかいらないの。恋ダンスしておけ。

マッチングアプリなんてどうでもいいんだよ

俺が超絶演奏すれば観客の女性股間が濡れるんだよ

でも、どうすれば股間が濡れる超絶演奏ができるようになるか分からないんだよ

スキンヘッドマッチョ野郎ウケるリフは演奏できるのに…😟

2024-12-31

紅白のB'z良かった

事前収録の1曲だけと思わせといて、ホールに移ってLOVE PHANTOMultra soulサプライズ演奏

LOVE PAHTOMの長い演奏カットご愛敬

泣き所はサポートメンバーシェーン(ドラム)と大賀さん(ギター)が復活してたところ

清さんとケンさんは今年のツアーに帯同してたからわかるけどね

マイクが入って無かったらしいけど声を拾ってたw

2024-12-28

timeleszとタイプ

この文章は、色々なグループを程々に推しているアイドルウォッチャーが、タイプロをうっすらと眺めながらアイドル2024年くらいの日本男性アイドルグループ必要なことについてつらつらと考察してみたという記事です。

timeleszの置かれた状況とタイプロ開催の目的

timeleszの前身Sexy Zoneは、2011年に結成されて結成13年を迎えるベテラン男性アイドルグループです。元々は5人組だったところに、2024年の時点では3人まで体制が縮小し、巻き返して人気拡大を狙うために増員という決断をしてタイプロが開催されることになりました。タイプロは「timeleszの人気拡大」のための増員施策としてのオーディション番組という位置付けとなります

では、増員前のtimeleszってどのくらい人気なの?というところですが、wikipediaによると執筆時点の最新シングル「because」の初動が25万枚(同社は音楽配信には積極的ではないケースが多いのでCD売上枚数比較しています)。これがどのくらいの数字かというと、比較対象として、Snow Man2024年に発売したシングル「break out」は初動106万枚、 SixTONESの「GONG」は初動42万枚、またSTARTO社以外のアイドルでも、JO1は(wikipediaには記載が開く、またダウンロードストリーミング配信等もあるので正確な比較はできませんが)シングルCD初週売り上げが50万枚を超えている記事がありました。そういったことが、2024年時点のtimeleszの人気を測る上で一つの指標になると思います

timeleszの持つ魅力とアイドル市場

私自身がアイドルウォッチャーをしていて過去に驚いたことの一つが、Sexy Zone時代グループセンターは圧倒的な華を持ちパフォーマンスも上手で世間的な露出も多い中島健人さんではなく、グループで一番可愛らしいビジュアルを持つ佐藤勝利さんだという事実でした。これは、Sexy Zoneは結成当時、若さとそのビジュアルに重きを置くグループ(言い換えると、それが自分達に求められている最たるものだという認識が内部にあるグループ)だということだと理解しています。彼らのデビュー年齢を考えても「かわいらしい未完成男性(デビュー当時は男性というより男の子ですね)」というテーマグループの形が作られたのだろうと。

事実として、そこから10年以上経った今でも彼らの外見的魅力は、年相応以上の可愛げや、可愛げに変わる色気や精悍さ等に置き換わりつつも、デビュー当時以上に磨かれて放たれています

一方で、(Sexy Zoneデビュー以前からも人気はありましたが)東方神起BTSといった歌もダンスも上手な「完成した(完成に近い)」男性アイドルとしてのK-POPが本格的に日本に台頭してくることで、徐々に「未完成」の男性アイドル需要が減ってきているというのが、2024年男性アイドル市場様相ではないかと感じます。(補足:これはどちらがいい悪いという話ではなく、単純に日本人口が増えていかない局面なので、男性アイドルファンも総数は増えない。その中で様々なアイドルグループがあるということはパイの取り合いになるため、相対的Sexy Zone路線に対する需要は減少するということです)

さらに、旧Sexy Zone にとって逆風となったのは、こうしたK-POPが台頭してくることで、相対的アイドルファン側の見る目が肥えてしまたことです。ハイレベルパフォーマンスをするグループも同じ“男性アイドル”という舞台上の勝負となってしまうため、パフォーマンスを見るファンの感動の下限値が以前に比べて高くなってしまたことも、「未完成」というアイドル像ではファンを拡大することが尚更難しい状況を作る一因となりました。

新生timeleszへの生まれ変わり

そういう状況の中で、逆風に向き合いながら成長して適応してきた10年以上のキャリアを持つメンバーが、グループ名前を変えて、メンバーを新たに募集して人気を拡大していくというのは、旧来のチームのコンセプトを刷新していく必要があります。つまり、「未完成を経て、完成した男性になった」アイドルとして、ハイレベルパフォーマンスをする同世代グループと競う必要がある、ということです。(世界的なアイドルとなったBTS日本ファンを数多く持つ彼らと同世代男性アイドルであるということを考えても、要求されるレベルは相当に高いということが伺えます

timeleszの強みは、Sexy Zoneから古参ファンがいること。そして、日本国内ではテレビでもYoutubeでも大人気の菊池風磨さん擁していることをはじめとして、各メンバーで個々の活動もできていて、色々な媒体への露出が容易であるということです。つまりグループ楽曲広報について、国内地盤が整っている。さらに、タイプロを開催したこと世間的な注目や話題性を集めてもいる。あとは興味を持った人をどれだけCD等の潜在購買層(ファン)として引き込めるか、また引き込んだ人をどれだけ深く長く留めておけるかというところで、グループとしての魅力の向上が最優先課題であるということがわかります

まりタイプロで獲得すべき人材も、このグループとしての魅力を向上してくれる人物ということになります

タイプロでtimeleszが獲得すべきものと、獲得しなくても良いもの

STARTO社のアイドルグループは、歌(演奏などの音楽性を含む)が得意なグループと、ダンス(アクロバットローラースケート等も含む)が得意なグループと大きく二種類あります。このうち、timeleszは前者の歌が得意なグループに属していると考えています

しかし、2024年現在アイドルグループが人気を獲得するための要素としては歌よりもダンス比重が大きいです。これは、2020年に現TOBEを率いる滝沢秀明さんがSixTONESSnow Manをそれぞれ歌重視、ダンス重視グループとしてデビューさせました。その両グループCD売り上げ枚数を比較して得られる推論です。

この推論が正しいと仮定すると、人気拡大を狙うためのtimeleszの課題(=タイプロを経て獲得すべきもの)として、最優先すべきはダンスチューンでファンを魅せられるようになることです。更に、グループとしての仲の良さを下敷きにした会話の面白さ、アイドルとしてのレベルを超えた歌の上手さを獲得できればなお良しといった感があります。この辺りについて、詳しくは後ほど述べます

また、すでに固定メンバーデビューして10年以上の歴史があってファンダム形成されたものがあるからこそ、通常のアイドルグループオーディションと比べるとタイプロではあまり考えなくても良い面もあります。それは、「ビジュアルメンバーの獲得」と「メンバー若さ」です。

timeleszがタイプロを経て獲得すべきもの

ダンスチューンで更にファンを魅せられるようになる

先ほども言いましたが、今の男性アイドル界隈はダンスに対する比重が大きいです。ここから人気を拡大をしていくためには、ダンスブレイクで本職のダンサーさんを引き連れて踊っても様になるレベルダンスの実力者が入って全体のダンスレベルを引き上げてくれることが望ましいです。

松島聡さんもお上手ですが、例えばブレイクダンスアクロバットの大技ができるとか、コミカルな動きで笑わせられるとか、アイドルとしてのダンスだけではなく、踊ることそのもので目を引ける人が入ることで一段グループとしてレベルアップしていくと思いますダンスパフォーマンスにおけるエースです。(このポジションは、アイドルダンスけが求められるわけではなく、グループ代表して色々なジャンルを踊れる必要があるので、ダンスリーダーではなく、個人としてダンスに突出した人というイメージです。)

特に、timeleszとなって一作目(実質timeleszとしてのデビュー曲)の「Anthem」のような楽曲で派手なパフォーマンスを出来る人が、2024年アイドルグループには一人は必要です。また、timeleszにとってもそれは過去Sexy Zoneにはない新たな魅力として、新しいファン層を開拓する大きな原動力になってくれるはずです。

グループとしての仲の良さを下敷きにした会話の面白

グループとして長く売れていく上で、仲の良さと会話の面白さはファンを飽きさせない・離れさせない意味で非常に重要です。

チームとしての仲の良さを育むには時間がかかる部分ですが、それを時間をかければそれを実現させられるような、チームメイトからファンからも愛される楽しい人・自分他人を上手に楽しませられる会話ができる人を選ぶということは、timeleszは特にタイプロという過程を経て選んだ人と選ばれた人で一つのチームになるという特殊過程を踏まざるを得ないことからも、とても大切な部分です。

単に単発で魅力的なパフォーマンスをするだけなら仲が良い必要はないかもしれませんが、男性アイドルグループファンというのは、グループメンバー間の仲の良さを好意的に受け取るという性質があるように思います。そして、メンバー間の空気の悪さはおそらく本人たちが思っている以上に敏感にファンに伝わります

アイドルグループファンにとって待望のイベントは、新曲の発売とコンサートですが、新曲の発売は一年に数回のタイミングしかなく、コンサートも常時あるわけではありません。(下手したらこれらのイベントは年に一回もないこともある)

この間、Youtube等のグループが出演する番組ファンアイドルを見るわけですが、ここがファンにとって面白くなければファン熱量を維持できません。自身が推すアイドルたちが仲良くしており、その姿をコンテンツとして面白く視聴できるということは、アイドル側のビジネスの都合でグループファン熱量を減らさない(結果的ファンダムから離脱する人数が少なくなる)という意味で、人気を維持拡大していくにはとても大切な部分です。(timeleszが所属しているSTARTO社の場合特に関西出身グループの方々はこの部分を文化として非常に大事にしている印象があります

Sexy Zone時代は、中島健人さんと菊池風磨さんの不仲説が一時語られるなど、この部分に特に苦手としていた印象があります(それがどの程度の不仲だったのかという詳細な事実がどうかは私は存じ上げないまま申し上げていますファンの方、気に触りましたら申し訳ありません)。

timeleszというチームを一つにしていくための潤滑油として、また古参ファン新規ファンを分割させないように上手にtimeleszを一枚岩にして長く進んでいくためにも自分と周りを楽しませる会話ができて雰囲気をよくして、知らず黒子のような役割を果たせる人を追加することは、今後のtimeleszのグループ活動において必須であると思います

アイドルとしてのレベルを超えた歌の上手さ

timelesz(旧sexy zone)は歌に強いグループだというのは前述した通りで、良い楽曲がたくさんあります。これは、通常のアイドルオーディションで結成されるアイドルにはないtimeleszが培った強みの一つです。ただ、これを新メンバー過去をなぞって普通に歌うだけでは、古参ファンに、過去メンバー比較してオリジナルの方が良かったと言われてしまいかねないリスクがあります。(というか、ほぼ確実に言われると思います

過去楽曲新メンバーが歌ってそれを古参ファンに受け入れてもらうには、過去楽曲が全く新しい解釈で歌われるなど、過去を上回る出来栄え披露できる必要があります過去というのは常に美化されるので、過去と同等レベルでは受け入れられず、おそらく相当の出来栄え必要です。

未完成男性からの脱却という意味でも、新たなグループ過去楽曲一定の「完成」のレベルに持っていくことで、古参ファンメンバー追加の正当性

受け入れる下地になっていくでしょう。

もちろん、強引に新しい人を加入させて時間をかけて既成事実化して受け入れさせる(あるいは諦めて離させる)という方法もあると思いますが、古参ファンを惚れ直させるという作業を丁寧にすることで、長く強固な質の良いファンダムが出来上がっていくのがタイプロを経たtimeleszの理想形であろうと考えます。そのために、過去楽曲を新たに歌い直せるレベル歌唱力の人をタイプロで確保する必要があると考えています

timeleszがタイプロで獲得する優先度が低いもの

ビジュアルメンバー

アイドルは飛び抜けたビジュアルメンバー必要と言われますが、timeleszに限って言えばその必然性は薄いです。なぜかというとすでに佐藤勝利さんがいるからです。なまじなビジュアルメンバーを入れたところで、今の時点で化粧品などの広告塔にもなりうる鉄壁ビジュアルを持つ佐藤勝利さんに勝るかという点を意識する必要があります

そもそもビジュアルメンバーがなぜアイドルグループ必要なのかというと、グループメンバー全員の人柄なり長所を知ってもらうには時間がかかるからです。

から、少数の見目の良さを各所で露出することで、興味をもって貰ってファンになる入り口を用意する。そこからグループパフォーマンスなりメバーの人となりを知ってもらって、ファンになってもらうという過程の中で、最初入り口になるのがビジュアルメンバーです。

でも、先述したようにtimeleszはすでに菊池風磨さんが大人気で各所に露出しまくっていたり、ビジュアルではすでに佐藤勝利さんという鉄壁ビジュアルを誇る人がいたり、テレビなどの歌番組にも普通に出れる状況が出来上がっているので、ビジュアルメンバーをあえて獲得する優先度は他のアイドルオーディション番組に比べると低いです。

しろ、timeleszの前身Sexy Zoneは見た目とコンセプト重視でグループを組んだ流れで今の状況になっていて、そこから変革して人気を拡大したいと思っていることを考えると、尚更ビジュアルメンバーを(他の人を追い落としてまで)追加する意義はよく考える必要がある状況だと思います

アイドルとしての若さ

timeleszに限って言えば、タイプロで若い人を入れることを必要以上に意識する必要はない(というか、年齢を判断基準考慮する必然性は低い)と思います。なぜかというと、彼らはすでに(人気拡大を狙ってオーディションを開催している立場にあるといえど)トップアイドルからです。

アイドル若いうちにデビューする必然性というのは、売れるか売れないかからない中で、少しでも若い時代デビューした方がトライエラーで爆発する可能性をたくさん試行できるからです。例えば40・50代になって容姿が衰えてからアイドルとして爆発的に売れるようなことは考えづらく、それより前に世間に見つかる必要があると思えばその試行ができる期間は長い方がいいという感覚若いうちからデビューできる方が良いということになるわけです。

しかし、timeleszはすでにトップアイドルファンダムもあり、加入が決まればそれこそ次の日にでも歌番組に出て歌う可能性もあるようなグループです。そうした時に、若くて歌やダンススキルが揃っているなら最高ですが、若いだけで伸び代の塊だという人だと、却って悪目立ちしてtimeleszの人気を落とすだけの人になりかねません。最悪、歌については口パクなども可能ですが、所作ダンスについては本人以外にはどうしようもありません。

タイプロを経てtimeleszは注目されています。おそらく、メンバーが決まって最初歌番組の出演等も注目度が高いと思いますが、高いからこそ、そこで経験値が低く満足なパフォーマンスができなければ終わりです。ジュニアのように育ててから露出するという作戦は取れないので、若さと将来性ではなく即戦力として成立するかどうかを最初に見る必要があります

増員を経て成功した若いアイドルとして、Snow Manデビュー直前に加入したラウールが最大の成功例かと思

2024-12-27

有名になった友人によかったとしかえれなかった

もし,あなたが私の立場であるなら,あなたは直接素直に自身感想を友人に伝えられるだろうか.

もし,あなたがこの友人のような立場であるなら,あなたは直接素直に感想を伝えられて嫌じゃないだろうか.

ぜひ教えてほしい.私はもし自分がこの友人の立場だったなら……と考えてもうまく想像できない.

この文章が友人に届くことはないだろうから,おおよそそのままを書く.

私と彼は子供の頃からの友人だが最近は年に一回ラインで連絡をするかしないかぐらい関係だ.彼は最近ノリに乗ったイケイケのボカロP企業メディアタイアップしていたり,製品使用しているアーティストの声みたいなのに彼の名前が載ってたのを見たときは随分と遠い存在に感じた.

私は彼がそのボカロPだということを知るその前から,彼のボカロPとしての曲を聞いていてファンだった.彼がそうなのだと知ったときはそれはそれは驚いたが,身近な人間自分が好きな曲を作っているのだと謎のわくわくと彼に対する尊敬の念を覚えた.同時に私の彼に対するイメージに"有名なボカロP"が加わった.

最近,彼も演奏する音楽イベントタイミングあい参加することができた.参加する前,テンションがあがっていた私は彼に参加することを伝えていたが,その時にはすでにリハーサルをしていたので見ていなかった(それはそうだ)と終わってから連絡がきた.

彼が自身の曲を演奏していたときにはその場にいる人全員がその日一番の勢いで盛り上がっていて,こういったイベントにあまり参加したことのない私には衝撃的だった.彼は自身の出番のあと足早に帰宅したようで,その日私が彼と直接会うことはなかった.

私は普段何か作品を見たりイベントに参加してもその感想インターネットで発信することはなく,もちらんファンレターのような形で作者に直接感想を伝えることもない.他の人の感想なんかを読みながら,自分だけでその体験を反芻するような人間だ.ただ,どうしてもその時は彼の演奏がとてもよかったということを彼に直接伝えたくなった.

伝えたいことはいくつもあった.彼の曲がアレンジされその場限りで聴くことができた特別感,自作曲以外の有名でない曲でも場を盛り上げるスキル演奏する真剣な姿がすごく格好良く見えたこと,他にもよかったと思った点がたくさんある.

だが私はそれらの感想を彼に直接伝えることを躊躇した.私と彼は立場が違うのだと気後れしたのだ.曲をアップなんかしていない一般人の私は彼と同じ土俵にいないから仲間内から言葉というわけでもない.私はそのボカロPのいちファンであるわけだが,他のファンはその感想を彼に直接伝えることはほとんどできない.それなのに自分は友人だから,直接連絡できるからと連絡していいのだろうか.作者から必ず返信がもらえるファンレターを書くなんて単純にずるいんじゃないか

そんなことを考えた私は結局「今日演奏よかったよ」とだけライン送信した.この日彼とイベントについての他の話はしたが,彼の演奏についてはこの「よかった」という感想だけしか伝えられなかった.

私は素直な感想を送ってもよかったのだろうか.送っていたら彼は不快に感じたんじゃないだろうか.

随分しょうもないことにもやもやしているのは自分でもわかっているんだけど,よかったらあなた意見を教えてほしい.

星野源有害ファン

有名人って大変だな、と心から感じた。

星野源さんくらい人気者になるとファンを選ぶことができない。

紅白歌合戦での楽曲変更について、あまりに浅はかで間抜けで、星野さんにも失礼なことを「義憤として」「良かれと思って」喋っているバカを何人も見て心からげんなりした。本当に星野さんが可哀想だ。

地獄でなぜ悪い』の件に関する議論というか了解は、まず下記の四つの要素から成っている。

①『地獄でなぜ悪い』の詞は、星野源さんが闘病生活中に感じたことを綴ったものであり、それぞれの孤独と苦境の中で動けないでいる人の肩を優しく抱く連帯の歌である

紅白歌合戦は、公共放送標榜するNHKの、とりわけ注目度の高い看板番組ひとつであり、老若男女に高い知名度を持ち一種権威であるとされてきた。アーティストファンが自ら視聴するライブフェス民放音楽番組とは異なる一定の「公共性」を持った場であると多くの人に認知されている。

③『地獄でなぜ悪い』は園子温映画主題歌としてオファーを受けて発表されたもので、かつ映画と同名であること。園子温は性加害・ハラスメント告発を受けており、被害者自殺しているという経緯があること(さらに言えば同映画には、園の性暴力共犯とされた俳優も出演している)。

星野源は『ドラえもん』など、主題歌オファーに対して真摯対象作品に向き合って楽曲をつくるアーティストのひとりと目されており、同曲にも映画念頭にした要素(「地獄」という言葉の使い方など)はある。

タイミングとして、滋賀医大レイプ事件逆転無罪判決や、性行為強要があった岸和田市長の不信任決議を受けての議会解散さらには中居正広フジテレビレイプ疑惑など、「男性による性暴力が、市民感覚として正しく罰せられていない」という印象を覚えるニュースが立て続いていた時期だった。

そして論点を整理するなら三つのレイヤーに分かれるだろう。

【1】星野源さんの体験をもとにした、切実でかつポジティブメッセージを含んだ楽曲である地獄でなぜ悪い』を、ことさら封印タブー視する必要はない。ファンが『地獄でなぜ悪い』を愛することに何の問題もない。

【2】ただし、その成立の経緯から「性暴力加害者連想させる」という指摘が難癖とは言えないほど隣接しているのは確かだ。

(「星野さんの個人体験をもとにした歌なんだから園子温関係ないじゃないか!」という反論無理筋である

【3】公共放送権威的な番組で【2】のような要素を含む楽曲を、世論が性加害の報道に敏感になっている時期に放送するのは、「NHK園子温の性加害を大した問題とは思っていないし、国民の多くもそうだろうと考えている」というメッセージになりかねない。

(「過去に何度もフェス演奏されてたし、NHK番組でも流れたのになんで急に怒られなきゃならないの!?」という反論への回答)

この【1】~【3】を、問題視する側もそれに反発する側も取り違えてはいけないと思うし、ほとんどの人はちゃん腑分けして語れていたと思う。

問題になっているのはあくまで【3】、「今、紅白歌合戦で流すのには、ふさわしくないバックボーンを持つ曲なのではないか」という一点のみだ。

そして、星野さんサイドは昨日、披露する楽曲を『ばらばら』に変更すると発表した。

その数時間前にあまり醜悪松本人志の無反省で無神経なインタビュー記事で目を汚してしまっていた私は、あのステートメント星野さんの(ご本人の、あるいは事務所としての)バランス感覚に心打たれた。

論点になっている各レイヤー言及し、問題が【3】であることを正しく解説し、「私たちは、あらゆる性加害行為容認しません。」と結ぶ。そしてもちろん、楽曲を愛するファンへのフォローも忘れない。

変更された楽曲が『ばらばら』なのも良い。

かつて星野さんはこの曲についてインタビューでこう語っていたそうだ。

>みんながばらばらなことを考えながら集団を持続させていくのって、むちゃくちゃめんどくさいんですけど、それが健全なんじゃないかなと思います。ばらばらのままでも「ひとつのものを生み出せるだろうっていう、そんな歌だと思います

今回の件で、撤回しろと怒りの声を上げた人も、それに対して楽曲星野さんを守ろうと反駁した人も、楽曲変更に安心した人も悲しんだ人も、誰も間違っていたとは言わない。「ばらばらのままで良い」そのままで良いと優しく抱きとめるような選曲だ。

あーあ!直接の加害者でもなんでもない星野さんたちがこんなに「正解」を叩き出して聴く人を安心させてくれたのにさ!松本人志はさ!!!

……というのはさておくとして。

冒頭に立ち返る。私が憤っているのは、これだけ誠実でバランスの取れた回答を星野さんサイドが出したのに、まだ上記のような論点整理をごちゃごちゃにしたまま、とんだお門違いな文句をぶーこらぶーこら垂れているファンがいることなのだ。

そういう奴は大抵、最近覚えたからよく意味も分からずに「キャンセルカルチャー」という言葉を使う。

ファンでも被害者当事者でもない第三者クレーム楽曲が踏みにじられて悔しい」とか「歌いたい曲も歌えない源さん可哀想」とか言うんだ。挙句には、「『ばらばら』の選曲は最高の皮肉だ!『クレーマーとは分かり合えないし分かり合う必要もない』という決別の表明だ!」みたいなこと言ってはしゃいでる奴まで。

害悪だよ。気持ち悪い。こんな奴らが「私たちが源さんを一番心配してるし一番気持ちが分かってる!」と息巻いて、批判者への人格攻撃を繰り返す。

お願いだ。もう喋らないでくれ。SNSアプリをぜんぶ削除しろ

楽曲変更の前に「星野さんはNHKからまれたから歌うだけなのに叩かれて可哀想!」みたいなことを言ってる奴もいたな?お前らもだよ。

何か?星野源NHKから「あの歌うたってくださいよ~」とオファーされたら、自分の頭で何か考えることもなく「は~いうたいま~す」と脊髄反射で答え、歌うなと言われたら「は~いうたいませ~ん」とこれまた脳みそを経由せずに答えるような、思考能力責任能力もない無自我のデクの坊の昆虫だとでも思ってるのか?

星野源は「こういう経緯でつくられた曲だから、性被害者への二次加害になりかねないよ」と言われて、「うるせえな!俺の芸術文句をつける愚民どもがよ!」と開き直って批判者たちに背を向けて嘲笑するために紅白で歌うような傲慢性格の悪いカスだと思ってるのか?

いくら自分傲慢性格が悪くて無能のデクの坊だからって、それを星野さんに投影するのは失礼だよ。

あの選曲に悪意や皮肉が込められてるって言う奴は、「飯を食い糞をしてきれいごとも言うよ」「嘘で何が悪いか ただ地獄を進む者が悲しい記憶に勝つ」という星野さんの歌を聴いたことがあるのか???

マジでいい加減にしてくれ。せめて星野さんが可哀想なんて言わずに「俺は心が狭くて想像力がないから『地獄でなぜ悪い』を紅白で歌われて傷ついたり不快に思う奴の気持ちなんて分からん!そんな奴は俺の敵だから死ね!」と正直に言ってくれ。正義ヅラすんな善人ヅラすんな。私は星野源じゃないからお前らと共存なんかしたくない。

2024-12-26

「恋とか夢とかてんてんてん」を途中まで読んだので感想を書く

 

主人公は非常に情熱的な片想いをしており、非常に行動的で、総じてみれば非常に楽観的でもある

ストーカーじみているとすら言える。ただ顔を合わせる機会がある他人程度の距離感しかないのに、相手の転勤にあわせて引っ越すのだから

とはいえ程度の差はあれど、相手気持ちを軽んじて自分気持ちばかりを優先して行動してしまうというのは、誰しも経験があるだろう

それでも一線を越えるか越えないかでアチラ側とコチラ側とにわけたくなる人がいるかもしれないが、

自分としては家庭環境や周囲の交友関係といった幾らかの幸運に恵まれていただけで、一線を超えてしまうひとは地続きにいるただ不幸な人なんだと認識している

かといって相手気持ちを軽んじた行動が結果功を奏して欲しいわけでもないので、自分としては主人公になるべく浅い傷で多くを学んでほしいと願っているのだろう

 

主人公の行動は浅慮で軽率であるというのを前置きした上で好き勝手に言ってしまうが、正直主人公を羨ましいと思う自分がいる

朝起きて何のために今日を生きてるか自問して、主人公子供も猫も希望もなんもないとしつつ、「生きてる心地がする」くらいに恋愛している

一喜一憂しながら報われない片想いをすること、恋愛感情など抱かず平坦な生活をすること、甲乙付け難いが、後者自分は前者のほうが悪くないように思える

自分も何のために今日を生きてるかという問いに答えを持ち合わせていない。それどころか、なにかをやりたいという意欲がなんだったのか思い出せなくなってしまっている

そして何かをするにあたって不必要不安気持ちになったり、やらない理由を探してしまったり、思考停止して逃避したりを自分は繰り返している

けれど主人公は、良く言うのならば、前向きで不安気持ちに負けたりしないし、やりたいことに対して逃げ続けるなんてことしてはいない

そういう側面では、自分主人公に悩んだり失敗したりがありながらも、意欲を失わず成就する恋愛をしてほしいと願っているのだろう

 

絵を描くことが好きだった主人公は夢を抱いて上京したものの、結局は東京を離れ絵を描くことも止めてしま

一時絵を描いてみせたが、楽しさを感じることもなく苦しかたからと、続けて絵を描くことを諦めている

自分も絵ではないが作曲演奏するのが趣味学生時代からうっすら続けてはいたが、いまとなっては同じ感想を抱くに至ってしまっている

趣味は必ずしもずっと楽しいことばかりではなく辛く感じる時間も少なくないだろうが、それでも好きだからやりたいからという気持ちがあるから続けられるんだろう

でも好きじゃなくなっちゃった自分主人公と同じように。好きとかやりたいという気持ちはどこからやってくるんだろう。それがわからないまま、なくなってしまった

から主人公にまた絵を好きになってほしい。どうやって絵をまた好きになれたのか、その過程自分に示してほしいと願っているのだろう

 

そういうわけで、笑ったり泣いたりしながら、いろんな経験をして成長して、願わくば最終的に主人公なりの幸せを実現してほしい

年齢に不相応な幼稚さだったり過ちだったりがあるだろうけれど、それでも「変わるんだ」という想いを主人公なりに消化してほしい

良いこと考えてニコニコしてたり、良くないことがあって眉を落としたり、感動してキラキラしたり、傷ついて涙したり、表情豊かなのが良いな

でもさ、居酒屋で飲む機会があると、生4、5杯を一度に頼んで、それを全部自分で飲んじゃうのはどうかと思うよ。いや、でもやっぱそれは続けてほしいかも…

2024-12-25

anond:20241225131949

想像力とか感受性とか器用さとか、まあぶっちゃけ才能よね

マッサージ楽器演奏が上手い男はセックスの才能があるとみて間違いないと思う

触れただけで相手身体がどこをどう刺激して欲しいかわかるのがマッサージの才能

繊細な刺激から激しい刺激まで思い通りの動きができる器用さが楽器演奏の才能

どちらも練習して上達するものではあるけど

才能ないなら無理しない方がいいよ

anond:20241224230103

海外オタクから罵詈雑言尽くして罵倒されるレベル意見だよ

したり顔意見だが

本当に分かってない輩が多い

彼らが摂取したいのは「オリジナルコンテンツ」なんだよ

日本学校と、そこでの生活、彼らの選択が見たいわけ


日本だって同じ

アメリカバンドアニメがあったとして

日本人ならこれ演奏(やる)だろって改変なんざ必要ないんだよ

ほうほう、アメリカじゃこういう感じなんだなが見たいんだよ

魔改造するなら別作品しろって思うわけ

2024-12-24

anond:20241223225740

最近はもう配信で何年発売とか意識せずに聴けるからそんな「生まれる何年前」なんて意識せずに聴いてんだよ高校生は。

それと、前にも話題になってたけど、素人高校生バンドコピーできるような簡単な曲は昔のバンドの曲が多くなるって話。

最近の打ち込みを多用した曲はギターベースドラム+ボーカル高校生バンドには演奏は無理だし、音大出たような演奏技術の高いバンドの曲も無理。となるともうはとっちがやってるような曲になっていくわけだよ

anond:20241223225740

ブコメから自分達の世代名曲若者にも通用するみたいな中高年の願望が滲み出てる…

昔の名曲を好き好んで聴くような若者もそりゃ個人単位はいるけどさ

全体の傾向で言えば高校軽音部で実際に演奏されてるのは10年代以降の曲が大半やぞ

まあ天体観測とか小さな恋の歌とか椎名林檎とかの例外もあるけど

anond:20241223225740

楽器やらない人からはそう感じるのだろうか。音楽進化スピードはどんどんゆっくりになってる気がして、ここ十数年の音楽演奏しててもあまり新しい古いって差を感じないなぁ。鳩野の選曲見てるとあーやっぱ高校軽音やるってなるとこんな感じよなって思う

anond:20241223225740

最近メジャーバンドの曲は技術的に高度になり過ぎて高校生演奏するのにかなり無理があるというか、演奏出来る=かなり上手い自慢みたいな感じがあって、だから90年代00年代くらいの比較簡単な曲が学生バンド演奏用に需要あるんだよ。鳩野の歌ってるのはそういう文脈でならギリ不自然ではないチョイス

2024-12-23

鳩野ちひろが歌っている曲は「ちょっと古い」どころではない

ふつう軽音部を読んでいて思った。

主人公の鳩野ちひろは作中で16歳であり、おそらく2008年まれであると思われる。

彼女父親の影響で少し昔のロック精通しているという。

 

そこで表題考察に至るのである

作中では、ELLEGARDENのジターバグという曲が紹介されていたが、この曲は2003年発売である

彼女が生まれる5年も前である

 

これは、例えるならば、1984年まれ40歳の人が16歳だった頃(2000年)に、

高校ライブ1975年バンドの曲を演奏するようなものである

wikipediaで調べたら、1975年の売り上げ第一位の曲は、さくらと一郎:「昭和枯れすゝき」である

2000年高校軽音部で昭和枯れすゝきを流すようなジェネレーションギャップがあると考えるべきである

 

なお作中で、彼女が歌っている最も古い曲は、ミスチル名もなき詩である

この曲は1996年に発売されており、彼女が生まれ12年も前である

先程の例に当てはめると、1968年となる。まだ日本語ロック夜明け前である

wikipediaによると、この年の売り上げ第二位は、ザ・フォーク・クルセダーズ:「帰って来たヨッパライである

 

そんなことを考えている。

 

以下追記

 

そういえば、彼女はザ・ブルーハーツリンダリンダを歌っていた。この曲は1987年発売なので生まれる21年前の曲である

 

追記2

 

サブスクが当たり前になった時代だし、ミュージックの変化も直線的ではないので、一昔前の「古さ」と今の「古さ」の感覚全然違うという実感はある。

2024-12-22

anond:20241221165704

今思い返してみれば、事務所にせっつかれていた(いついつまでに登録者◯万人とか、一ヶ月で◯万稼げみたいなやつ)のがほぼ確実なんだけど、

1回30曲以上、3時間を優に超える歌+演奏枠を1日おきでやってた人がいたわ

前世では超名門の音高→音大という経歴を明かしていたこともあってか、歌と演奏には絶対の自信がある一方、音響設定やトークダメダメという人だったんだけど、

とにかく歌って弾いての物量作戦で数を稼ぐことばかり頑張った結果、1年で登録者数5万行くか行かないかタイミング事務所から独立事実上開店休業状態になったというオチ

でも今振り返れば、弱点だった音声やトーク底上げしなかった時点で負けは見えていたんだなって感じ

がむしゃらにやる前に、もっともっと大事な、必要な工夫があったってことだ

そもそもご自慢の歌も演奏も、上に書いた物量作戦が始まった途端、目に見えて粗製乱造レベル品質になったというか

特に演奏は、経験者が聴いたら怒りを覚えるレベルの手抜き状態で、素人相手とは言えそれはないだろーって思ったし

アーカイブ確認してみたら、一番低品質だった頃のアーカイブはすべて非公開化してて、クソデカ溜息が出たわ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん