はてなキーワード: ミュージックとは
「負けヒロインが多すぎる!」というライトノベル及び、それを原作としたアニメをご存知だろうか?
2024年の夏季アニメにて上位の人気を誇り、その知名度を大きく上げたことで、その名前を見たことがあるのではないだろうか。
そう、そうやってアニメ化したことで私の目にも届いたのである。
2024年春、夏季アニメを楽しみにしながら、Youtubeにて【TVアニメ「負けヒロインが多すぎる!」第一弾PV】をたまたま見ていた時だ。
私は原作ファンの反応が見たくてコメントを見ていたのだが、"豊橋"などという聞き覚えしかない市の名前が散見され、挙げ句の果てに"時習館"という決定的な単語を発見してしまう。
"愛知県立時習館高等学校"ーー何も見ずに書ける、私の母校の高校の名前である。
「これは、他人事ではいられないぞ」、それが私の最初に思ったことだった。
******
私はこの一大ニュースに対して興味津々であった。この件について、もっと詳しく、そして正しく知りたいと。
この時点では予告PVがあるだけで、まだアニメは始まっていない。すでに刊行されているラノベがあるだけだ。
そして私は検索の結果、「負けヒロインが多すぎる!」の小説の表紙を見た。そしてPVを全て見た。
ここまでの私の生の感想をお伝えしよう。
「リボンが4つある」キャラデザについて、一般の読者も驚いていたことと思う。私も驚いた。しかし、実際の愛知県時習館高等学校も真反対の意味でイカれているのだ。
実際の我が母校では女子も、男子と同じネクタイが採用されているのである。
そして、制服はブレザーでもセーラーでもなく、なんとも形容し難い、黒色のジャケット(冬用)とベスト(夏用)が採用されている。スカートも同じく真っ黒で、ヒダがほとんどなく真っ平である。
平たく言うと、我々生徒からは「OLの制服のようだ」と呼ばれており、さらに分かりやすく言うと"可愛くない"という意味である。
この時点では、私は予告PVに対して懐疑的だった。どうせ、高校の名前を借りただけで見た目は再現しないんだろうと。
しかし、予告PVの段階で異常なポイントが一つあった。緑の多さである。
時習館高等学校の敷地は広い。校舎は普通の大きさだが、残りの敷地がデッドスペース(森)と化しているのだ。
敷地面積は公立高校内で日本2位と言われており、約10万平方メートル超である。ちなみに、同じ愛知県にできたレゴランドは9万平方メートルほどであり、うちの生徒からは「レゴランドは時習館より小さいから大したもんじゃない」とディスられていた。
私は一年時の夏休みに、理科の課題にて「(植物名)の木を校内から探して写真を撮ってくる。それを10個」という冒険者のクエストのような課題を強制でやらされた。
フィールドワークを校内で賄えることからその広大さがお分かりいただけるだろう。
そして校内には開けた大通りが一本あり、車が通るように出来ているのだが、その通りの名前を"ハンテンボク並木"という。(口伝なので漢字は分からない…)
この道に沿って、ハンテンボクという木がずらっと植えられているのである。これがまた異常な数で、このハンテンボクの落ち葉を綺麗にするためには生徒が30人ほど掃除する必要があるのだ。しかも毎日。
我が母校が、自然に溢れすぎた素晴らしい学校だと分かってもらえただろうか?負けインのPVで木々が多めに見られるのはそれが理由である。おそらく他ではこうはならないだろう。
というわけで、私は予告PVの時点で現地リスペクトを感じとっていた。そして期待していたのである。
これは創作あるあるだが、屋上がよく舞台にされる。きっとこれはロマンである。主人公たちしかいない場所で、高くて青空に近い場所。絵面は最高である。
そして私もロマンを求めて小学校(転校したので3校)、中学校、高校とずっと屋上を確認していたのだが、全て閉ざされていた。
しかしアニメ内では八奈見さんはぬっくんと悠々と屋上を楽しんでいらっしゃる。挙げ句の果てに、八奈見さんは屋上にて、青空をバックにちくわ("ヤマサのちくわ"という豊橋の名物。スーパーに売っている)を貪り食っている。
……悔しいよ、私は!
(ちなみに、アニメ本編で何度も弁当を食べている外階段も実在しない。あれも現実に欲しかった。ロマンが欲しかった。……悔しい)
******
さて、ここからはアニメ本編を視聴した上で語りたいことを言いたいと思う。
私の思う時習館像と解釈違いを起こしそうで、なかなか見る覚悟が出来なかったのだが、高校の同級生たちが見たという報告を聞き、「私も見なければならないな……」と重い腰を上げたのである。そう、それが10月のことだった。
私は解釈違いで発作を引き起こしながらも、あまりに良いアニメで2日で見切ってしまったのである!
まずもって、ラノベというのは幻想であって、現実に起きないようなことが起こるのが良いところなのだが、今回の場合、部分的にリアリティを持っているせいで私に夢を見させてくれないのである。どうも私のリアルな時習館像が私を苦しめる。
正直に言おう。私はあまり時習館高校に良いイメージを持っていないのである。母校だけど。母校だからこそ。
そして、私の高校生活とはーー恋愛など全くなかった。それが大きな相違である。
血涙を流しながら言おう、私にも青春はあった。
かけがえのない友人と、たくさん語り合った。
南栄駅(時習館高校の最寄駅)にて、リゼロについて熱く語っていたところ、他校の生徒に鼻で笑われたこともあった。今では良い思い出だ。
さてそのような私から、時習館高校について"負けイン"と同じところ、または異なる所を紹介しよう。
②うどん屋「みやこ」について。
八奈見さんとぬっくんが、何故か急にうどん屋でご飯を食べているシーンがある。これの元になったうどん屋「みやこ」は時習館の通りを挟んで向かいにあって、本当に近くに存在する小さな店だ。
一般の視聴者諸君からすれば、地域起こしのために無理やり入れられたように見えるだろう。だが、実際にこの店は時習生から人気なのだ。(※生徒のことを時習生と言う謎の呼称がある)
時習館は駅から5分で着くほど近いのだが、駅の沿線を歩いても何もなく、寂れた店と中身の分からない小さなビルしかない。
そのため飲食店は数えるほどしかなく、その結果、みやこは人気店だし、もう一つのパン屋「コンドーパン」も自動的に人気店である。どんなローカル店でも必ず繁盛する。だって他に競合がいないから。
私は現役時代に躍起になって新しい店を発掘しようとして、誰も客のいないハンバーグ屋さんに通っていたのだが(美味しかった)、卒業して2年後には潰れていた。
八奈見さんたちは何度もファミレスで話し合いをしているが、時習生がファミレスに行くのは中々に大変なのである。最寄りにはファミレスもマクドナルドなどのファストフード店もない(有ったらきっと人気になっているだろうに)。
苦肉の策で、電車通学であることを生かし、別の駅で降りてそこから徒歩20分かけてコメダ珈琲に行っていた。また、電車で学校と逆方向に行き、その駅の最寄りにあるガストに行くこともあった。
さて私が在学していた時、時習館の最寄りにタピオカ屋が新しく出来たことがあった。最初はみんな殺到して、私も夜7時の帰り頃に並びに行った。
しかし、そのタピオカ屋は私が卒業する前にもう潰れてしまったのである!なんと勿体無い!この不毛の大地、時習生は良い店をいつでも待っているというのに。
「あのタピオカ屋の場所で、何の商売をしていたら時習生が常連になったか」という話題で友達とディベートしたものだ。
(余談。みやこには「カロリーハーフ麺」というメニューが存在し、うどんの麺をこんにゃくに変更するというオプションがある。カロリーはハーフよりもっと下だろ!というメニューである。
八奈見さんが太ってしまったことを気にしていたので、私があの場にいたらカロリーハーフ麺に変えておいてあげたのに……)
③豊橋駅について。
店が全然ないという話から、「とんでもねえ田舎なんだな」と思われるかもしれないが、地味に発展はしている。しかし、車がないと厳しい程度の田舎ではある。
アニメ内でも出てきた豊橋駅とは、豊橋市の一番中心の場所であり、新幹線でも"ひかり"が停車する程度には大きい(※"のぞみ"は止まらない)。
豊橋駅の2階にはロータリーのように開けた場所があり、ストリートミュージックがよく行われている。
夜8時頃にここを通る際には、外国人から何かの勧誘を受けること請け合いである。発展している証左だろう。豊橋市の人口の6%は外国人で、中でもブラジル人が一番多く住んでいる。
文芸部のみんなが合宿していた宿泊所がある"田原"と、焼塩のおばあちゃんが住んでいる"新城"。これらは正式には田原市と新城市であり、豊橋市の近隣の別の市である。
まるでもっと遠い地域のように書かれていたが、我が時習館にも田原や新城に住んでいて通学している生徒がいる。
しかし、この新城においては、豊橋にくるためには別の路線を使わないといけない。その名を"飯田線"と言う。飯田線とはとても脆弱な電車で「(台風などの影響で)学校は休みにならなくても、飯田線は休みになる」という事態が発生する。そのため、新城の人間だけ一限に間に合わないということが稀によく起こる。
また、飯田線の駅には改札がないことがある。そのため、電車内を駅員さんが一通り歩いて、運賃を徴収しなければいけないのだ。私は個人的には、「改札を一度設置してしまえばずっと使えるだろうに、そんなに未来が無いと思われているのか?」と邪推してしまっている。
焼塩が帰る際のシーンに、電車の駅(状況的に飯田線の)が見られるが、そこに改札はなかった。
再現度100000000点加点(←そんなところ誰も気にしてない)。
④部活について。
気の回る読者諸君であれば、この私ーー筆者が、あの負けインたちが在籍する文学部に所属していたのではないか?と頭によぎったかもしれない。このような書き物をする趣味を持つ私のことだ、その性向からして入っていてもおかしくない。だがしかし、その答えに対しては否である。
しかし、私は時習館の文学部に関しては知っているし、部誌COSMOSは文化祭で購入しており今も実家に置いてある。
そして、私には時習館の文学部に「入らなかった」理由もあるのである。
部活を選ぶ理由において、積極的に「入らなかった」理由があるのは珍しいかもしれない。
時習館では、新入生歓迎会において、生徒制作のビデオを視聴することになる。このビデオは放送部が統括しており、各部活のプロモーション映像を2分ほどでまとまるように提出しなければいけないのだ。
このビデオを新入生たちに見せることで、部活選択の一助とさせてもらうのだが、やはりこのビデオにはそれぞれの部活の色が表れる。
部活には2種類ある。無難に行こうとするものと、尖ろうとするもの。そして、時習館高等学校の文芸部は後者に属する。
私は時習館の生徒として、新入生歓迎会に3回参加したことがある。そしてその3回とも、文学部のビデオでは同じ人物が登場していた。いや、正確に言うと人物ではない。
……馬だ。文学部においては、馬の被り物が代々継がれており、毎回ビデオに出演されるのだ。(馬の被り物、分かりやすく言うとポーションが作れそうな感じの)
尖っている文芸部に対して私が思ったこと。当時、入学したての私は意識が高かった。主に青春を送るという方向に。
それゆえに私は、もっと無難に、真っ当に青春が出来そうな部活を選ぼうとしていた(結局それは達成されないし、その考え自体が愚行だった)。
それが入部しなかった理由だ。
部活の話というと、私は別の部活に所属していたのだが(どこかは秘密)、一度廃部した部活に入ったので、私の代で新しく部活Tシャツを作ることになった。
その際、顧問の先生から厳しく条件を言い渡されたのである。というのも、部活Tシャツの色は黒じゃないといけないらしい。華美な色は使ってはいけないとのことで、背景が黒という縛りがある中でデザインして作った。今では良い部屋着になっている。
その部活Tシャツが黒でないといけないという理由が、「近隣の住民からクレームを言われたから」という嘘みたいな本当の話である。私としては、そんなクレームに屈してほしくなかったのだが、現実は厳しいらしく仕方ない。
是非、負けヒロイン内で部活Tシャツの話が出てくることがあったら、黒地のTシャツにしていただきたいものだ。知られざる規制について正しくお伝えできたら幸いである。
私とおそろいにしよう!!
八奈見さんの髪の色は青色だ。負けるヒロインに多い髪色だから青らしい。それにしても他の色と比べても青色とはとても鮮やかな色である、眩しいほどに。とても目立ちそうな色合いだ。
時習館高校は豊橋の中では一番の進学校とされ、これよりも良い高校に行くとなると違う市にある岡崎高校に行く必要がある。そのため、地域の住民からはとても素晴らしい学校だと思われている。「あなた時習館の子なの?すごい頭良いんだねえ」と近所のおばちゃんから褒めてもらえるぞ!
しかし、その実態は「自称」進学校と揶揄される類の学校である。
校則は全然自由じゃないし、土曜補講も日曜模試も多いし、文化祭だってしょぼい。前章で述べたような"部活Tシャツの黒縛り"だって中々に酷い。
「お前らの自主性を大切にする!」と言われながら(実際に"自考自成"という校訓がある)、やることに制約がありすぎるし、良い大学に入るためには勉強をしなければいけない。
やらないといけないことが多いくせに、やれないことも多すぎる。
入学時に「高校で青春してやる!」と意気込んでいた私の夢が、打ち砕かれるのは早かった。
皆なまじ頭が良いせいで、馬鹿になるほど青春に熱狂することもなく、どこか冷めたところがある中、青春をしている感じを出そうとする。そんな我々に、魂を震わせるほどの大恋愛などしている暇はないのである。そして失恋をしている暇もない。
近所の高校の体育祭では、女子が男子にサイダーを差し入れするなどというイベントがあり(サイダーだけに「振らないで」という意味をこめて)、青春を謳歌している中。我々の体育祭では、まず本番の体育祭が終わったら即解散である。女子はすぐ強制で帰らされるのだ。男子は強制で残される。その理由とは、男共だけが残ってキャンプファイヤーのような儀式をやる必要があるからだ。帰らされる女子も可哀想だし、これのために昼休憩の度に練習させられる男子も可哀想である。みんなで後夜祭しようよ。
さて、三年間というのは長いようで短い。不意にするには長いが、人生というスパンで見れば短い。高校とは、中学と大学を繋げる通過点だ。ここで怠けたら、せっかく積み上げたものを大学へと繋げられない。そんな未来がチラついて、現在に打ち込みすぎるやつがいない。有名な言葉でいうと、「まるでレールに載せられているようだ」である。
私にとっての時習館高校とは、現在に対する絶望感が仄かに漂う高校だった。
ーー私の高校の時の趣味は、"小説家になろう"を読むことだった。
お金もないし、図書室に行く気もないし、寝っ転がっていたかったからだ。費やした時間は半端ではない。ランキング上位の50ページくらいは全部読んだことがある。だからこそリゼロが好きで、「無料で読めるよ」と友達にオススメしたこともある。
さて当時、異世界転生を馬鹿にする文脈があって、「あんなものは仕事に疲れたオッサンが読むものだぞ」という意見を見た時に、ハッと愕然としてしまった。「私はそんなに疲れているのか?」と。
たしかに、異世界転生ものと呼ばれるジャンルが、全て素晴らしく良く出来たものだとは思っていない。だが、私は読むことがやめられなかったのだ。
なぜか?休みの時間に何をするかは自分で選べる。私に必要だったのは、束の間のファンタジーに身を浸すことだった。擦り減った何かを満たすように、ファンタジーはMPを回復させてくれる。
星野源の音楽は、ブラック・ミュージックからの影響を受けつつも、常に新しい音楽作りに挑戦しています。
彼の楽曲は、ポップ、ソウル、ゴスペルなど、幅広いジャンルにまたがっており、その多様性が大きな魅力となっています。
PC電源も同様に、様々な電圧(12V、5V、3Vなど)を供給し、異なるパーツに適した電力を提供する必要があります。
星野源の音楽は、複雑な社会への不安に抗しつつ、現実を豊かに彩るメッセージを含んでいます。
彼の楽曲は、聴く人に希望を与え、効率的に感動を伝える力を持っています。
高品質なPC電源、特に80PLUS認証を受けたものは、高い電源変換効率を誇ります。
これにより、電力の無駄を減らし、PCの安定動作と長寿命化に貢献します。
PC電源も技術革新を重ね、より高効率で静音性の高い製品が開発されています。
新しい規格や認証制度の導入により、常に性能向上が図られています。
両者とも、それぞれの分野で多様性、効率性、革新性を備えており、
今のNHK紅白、選出された歌手を見ると「日本に生まれ育った視聴者だけの為の紅白歌合戦」のようで。百歩譲って+韓国。
もっとベトナムで人気の歌手やヒットした曲やインドネシアやフィリピンのそれを採り上げれば、日本に暮らす皆で盛り上がれるのじゃかなろうか。
と書いてみたものの「ベトナムで人気の歌手やヒットした曲やインドネシアやフィリピンのそれ」を全然知らないな。
インドネシア人のYoutuber、Rainych(レイニッチ)がDoja Catの“Say So”を日本語カバーしバズったのくらいしか知らん。
それももう4年前の話か。
調べながら書こう。
ビルボードが2022年にベトナム版を始めたらしいので、これ見られたら簡単なんだけど有料会員登録必要で断念。
引っ掛かった個人ブログを辿りつつ参考に。今は個人ブログの中心地ってnoteなのね。
“「An Thần" (ft. Thắng)」は、Low Gの代表曲の一つ。
ローファイ好きならハマるかも?”
自分的にもツボな音だ。
「インドネシア 2024年 ヒットした楽曲」でググってみる。
インドネシア音楽について熱心に書いてる人がはてなブログにいらっしゃった。
インドネシア音楽大賞Anugerah Musik Indonesia 2024ダンドゥット関係まとめ - 世界の果てでダンドゥット
それを参考に歌手選び、つべで今年公開された楽曲で再生回数伸びてるのをチョイス。
本当にただの失業者
まだ収入はない
てな歌詞らしい。
機械的に生成されたものを除いて日本語で言及された記事が見付からないな、と思ったらちょろっと触れたのがあった。
太陽が“ジュッ”と音を立てそうな夕日の名所も。フィリピンの首都「マニラ」を巡る | 無料のアプリでラジオを聴こう! | radiko news(ラジコニュース)
これ書く為に色々見てたら、つべのレコメンが一気にワールドミュージックと言うか東南アジアミュージックっぽくなっちゃった。楽しい。
主人公の鳩野ちひろは作中で16歳であり、おそらく2008年生まれであると思われる。
作中では、ELLEGARDENのジターバグという曲が紹介されていたが、この曲は2003年発売である。
これは、例えるならば、1984年生まれの40歳の人が16歳だった頃(2000年)に、
高校のライブで1975年のバンドの曲を演奏するようなものである。
wikipediaで調べたら、1975年の売り上げ第一位の曲は、さくらと一郎:「昭和枯れすゝき」である。
2000年の高校の軽音部で昭和枯れすゝきを流すようなジェネレーションギャップがあると考えるべきである。
なお作中で、彼女が歌っている最も古い曲は、ミスチルの名もなき詩である。
この曲は1996年に発売されており、彼女が生まれる12年も前である。
先程の例に当てはめると、1968年となる。まだ日本語ロックの夜明け前である。
wikipediaによると、この年の売り上げ第二位は、ザ・フォーク・クルセダーズ:「帰って来たヨッパライ」である。
そんなことを考えている。
以下追記
そういえば、彼女はザ・ブルーハーツのリンダリンダを歌っていた。この曲は1987年発売なので生まれる21年前の曲である。
追記2
サブスクが当たり前になった時代だし、ミュージックの変化も直線的ではないので、一昔前の「古さ」と今の「古さ」の感覚は全然違うという実感はある。
夫や子供に責められたり怒られたりすると、
パニックになって混乱して、
どうにか場を沈めたい、気を逸らしたいと思って、
火に油を注ぐようで、余計怒られる!
その後は反省するんだけれど、
ほとぼりが冷めて、忘れた頃に喧嘩をするとまた歌って誤魔化そうとしてしまう!!
そしてまた怒られる!!
(追記)
喧嘩してしまった夜の勢いに任せて書き殴った増田がこんなにバズるとは。
以下返信です。
インド映画みたい→そう言われると素晴らしいもののように思えてくるw
踊りつけろ→次からは踊りも入れてみる!
ラップ系?ラップバトルしろ→韻を踏もうと考えてる間に落ち着けるかも。楽しそうだったから、仲直り後、子供にラップバトル仕掛けてみたら結構ノッてくれた。ラップいいね!家庭にラップを取り入れることにした。
何系の歌?→反省系ではない。家族の名前(自分の名前も含む)を入れた、どちらかというと煽り系?
オペラでもラップでもない。敢えて言うなら系統はポップミュージックかな。
防衛本能?→そうかも
日替わり定食を食べるごとに、
その都度日替わり定食を美味しくいただき噛みしめるように思い出しているんだけど。
なにを間違ったのか私は分からなかったけれど
アジフライのその今日ではない別の日の日替わり定食になっていて間違ったものが私のテーブルにやってきたことがあったの。
私は別に、
キリンさんも大好き!ゾウさんも大好き!なレヴェルと同様にアジフライも大好き!チキングリルも大好き!なので、
当初求めていて食べられなかったチキングリルは惜しかったけれど
そのまま味わって食べちゃったの。
その時はそれで今日の日替わり定食の冒険家としての活動は終わって
竜宮城で鯛や鮃の舞にアジフライの舞もセンターメンバーに加えていいと思っているぐらいの舞、
でも、
週半ばから、
その日替わり定食のいつもの定番のスケジュールが変わっていて変更になっていたの。
それを知らずに、
私は普通にノールックで今日の日替わり定食がアジフライの日替わり定食がてっきりやってくるものだと思って頼んだら、
自信満々にプレートに乗ってきた、
その日替わり定食には、
キャベツのステージの上に盛られたカツがいるランチプレートでやってきたのでビックリしたわけ。
揚げたての臨場感の様子を舞が踊っているというダブルミーニングで表現した妙!
私もカツの舞を披露しなくては!って。
やってきたカツにアジフライの舞を見られたら失礼で多分気分を悪くするかなと思って、
事なきを得まくりまくりまくりすてぃーで急遽カツの舞を踊ったの。
あれ?でも、
ジェイウォークさん文法で言うところの「何も言えなくて…夏」に正確に照らし合わせて言うところの、
「なぜゆえに…カツ」って思ったの。
今日はアジフライじゃないの?って目をこすりながら目がおかしいんじゃないかしら?って
おもむろにポーチに入れているビタミンBのピンクの色が眩しい目薬をケースから出して目薬を点眼したの。
そして、
悲しいかな、
私の大好きなアジフライがなくなっているの日替わり定食のラインナップから。
私は悲しさを抑えきれないような勢いで
その予想もしていなかったまま、
私のテーブルにやって来たカツの日替わり定食は現金にも美味しく食べたものの、
もうあの美味しいアジフライには二度と出会えないと思うととても切なくなったの。
何度見ても見ても新しい日替わり定食の掲載されたメニューにはアジフライのラインナップがなく、
私に最後のさようならを言いに伝えにランチプレートに乗って来たんだなって。
そこで私は気付いたの!
その時は、
なぁんだ普通に間違ってやってきたシェフの気まぐれで起こったアジフライの日替わり定食だとばかり思っていたのだけれど、
シェフがアジフライに操られて何かしらのスピリチュアルな作用で私にアジフライが提供されたんだと思うの。
チキングリルの思いをよそにアジフライの思いの方が強かったみたい。
私はその思いを一緒に揚げられたアジフライの気持ちに気づかないまま、
そして、
さようならも言えないまま、
もう二度と会えないのねってまた思ったの。
現金にもカツの日替わり定食は美味しく食べたけれどお支払いはキャッシュレス決済。
そして、
いくつかの季節が巡った頃。
私の心の中にはかつて夢中になっていた日替わり定食のアジフライのことなんてすっかり忘れていたの。
食べきってしまう意見が二手に分かれてしまうでお馴染みの最後のアジフライの尻尾の先の存在のように。
私は足繁く通うそのお店の日替わり定食にちょっと飽きてしまったことはここでは一応の日替わり定食探検家として活動していることを否定してしまいかねない言動だということは内緒にしておいてほしいんだけれど。
その時はそう思ったのよ。
それはまるで涙そうそうまだ涙を流して泣くには早いぐらいのランチメニューのページを古いアルバムのようにめくるかのように。
そしたらよ!そしたらよ!
私の中で湧き上がる、
いや揚げ上がる揚げたて美味しいアジフライへのかつての熱い気持ちを思い出したの。
そう華やかに!
ってそのボリューム満点の何種類かフライ揚げ物が入っているミックスフライ定食には、
お得なサラダもついていてコストパフォーマンスはもう最高で。
私はそのミックスフライ定食でのアジフライの再会を祝したってことなの。
うふふ。
ションテン上げたいときの手っ取り早いのは美味しい大好きなものをいただくに限る黄色い玉子は美味しくて元気になるわ!
ここのタマゴサンドはタマゴゾーン厚くなかなかの食べ応えがあって、
満足感も高いのよね。
そこもお気に入りだわ。
白菜は芯の部分を細切りにして、
それを入れて置いておくと
昆布は長く浸けておかないで
途中で取り出してもいいかもしれないわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
YMO(Yellow Magic Orchestra)は、日本の音楽史において極めて重要な位置を占めており、その評価の高さは革新性、音楽的影響力、そして国際的成功に基づいています。以下に、その評価を支える要素を日本の音楽における歴史的文脈と革新性を交えて詳説します。
a. ポップとテクノロジーの融合
• YMOは1978年に結成され、日本のポップ音楽(歌謡曲や演歌)が主流だった時代に登場しました。当時の音楽シーンにおいて、テクノロジーを積極的に活用した音楽制作は画期的でした。
• シンセサイザー、リズムマシン、シーケンサーといった電子音楽の技術を駆使し、日本独自の音楽性と融合させることで、ポップ音楽に新たな次元を開きました。
• 日本で「テクノポップ」というジャンルを確立し、他のアーティスト(坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣がそれぞれの活動を通じて影響を広げました)を巻き込む形で、テクノロジーを基盤とした音楽の普及に寄与しました。
• YMOの成功をきっかけに、テクノポップは一時的なブームとなり、プラスチックスやピチカート・ファイヴなど後のアーティストたちに影響を与えました。
2. 革新性
• 当時の音楽シーンでは、電子楽器の使用は主に実験音楽や映画音楽に限定されていましたが、YMOはそれをポップミュージックに取り入れました。
• アルバム『Solid State Survivor』や『BGM』では、シンセサイザーとリズムマシンを駆使しながらもキャッチーでありながら知的な楽曲を作り上げ、多くのリスナーを魅了しました。
• 楽曲「Technopolis」や「Rydeen」では、当時まだ一般的でなかったサンプリングやシーケンスの技術を駆使しました。このアプローチは後のエレクトロニカ、ヒップホップ、ハウスなどに直接的な影響を与えました。
• 細野晴臣のエキゾチシズム、坂本龍一のクラシカルな音楽教育、そして高橋幸宏のロック・ポップス志向が融合し、多文化的な音楽を生み出しました。
• 「東洋的なサウンド」を意図的に取り入れた楽曲(例: “Firecracker”)は、当時の西洋リスナーにとって新鮮かつ魅力的であり、日本独自の音楽文化を国際市場に発信しました。
• アルバム『Solid State Survivor』は日本国内だけでなく、海外でも高い評価を受けました。特に、アメリカやヨーロッパのエレクトロニカシーンにおいてYMOは一種のカルト的な人気を持つ存在となりました。
• 初期MTV時代にも、彼らのビジュアル表現やスタイリッシュなパフォーマンスが注目されました。
• YMOの音楽は、後にテクノ、エレクトロニカ、IDM(Intelligent Dance Music)といったジャンルの発展に寄与しました。Aphex Twinやエイフェックス・ツイン、ダフト・パンク、ジャスティスなどのアーティストにその影響が明確に見られます。
• YMOは、アジアのアーティストが世界的に成功する道筋を作ったパイオニアとして評価されています。彼らの音楽は、「日本の高度経済成長期」における技術革新を象徴する文化的な成果としても語られています。
• YMOの楽曲やアルバムアートワークは、常に「未来」を感じさせるものでした。例えば、『Technodelic』ではアルバムタイトル自体が「テクノ」と「叙情」を掛け合わせており、電子音楽と人間の感情を統合する試みが見られます。
• メンバー全員が音楽だけでなく、映像やテクノロジーへの深い関心を持っており、YMOのライブパフォーマンスやプロモーションビデオにおいて、当時としては非常に先進的な視覚演出を採用していました。
a. 後進アーティストへの影響
• YMOの活動は、坂本龍一や細野晴臣が手がけたソロ作品やプロデュース活動を通じて、多くの後進アーティスト(例えば、小室哲哉、電気グルーヴ、Perfume)に直接的・間接的な影響を与えました。
• 日本の音楽制作において、MIDIやシーケンサー、デジタルオーディオ技術の使用を普及させた功績は非常に大きいと言えます。
まとめ
YMOは、日本の音楽史において「テクノポップ」という新しいジャンルを確立し、世界的な電子音楽の潮流をリードしました。その革新性は、音楽的、技術的、文化的な側面で非常に広範囲にわたり、現在でも多くのアーティストやプロデューサーに影響を与え続けています。YMOの存在は、日本音楽のグローバルな発展とその多様性を象徴するものと言えるでしょう。
https://thegameawards.com/nominees
Game of the YearとBest Game Directionは6本中4本が和ゲー(アストロボット、エルデンリングDLC、FF7リバース、メタファー:リファンタジオ)。日本スゴイ
アストロボットとFF7リバースは最多の7部門ノミネート、メタファーは6部門ノミネート。日本スゴイ。和ゲー以外だとBalatroとサイレントヒル2(開発はポーランドのBloober Team)が5部門ノミネート
スコアアンドミュージック部門にステラーブレイド(日本のMONACAが作曲を担当)、
アクションアドベンチャー部門にゼルダの伝説 知恵のかりもの、
RPG部門にドラゴンズドグマ2、エルデンDLC、龍が如く7、
格ゲー部門にドラゴボスパゼロ、グラブルVS、マヴカプ、鉄拳8、
ファミリー部門にプリンセスピーチ、マリオパーティ ジャンボリー、ゼルダの伝説 知恵のかりもの、
アダプテーション部門にソニックVSナックルズ、龍が如く←は???????????????????????
期待ゲー部門にデススト2,メトロイドプライム4、モンハンワイルズ、
https://anond.hatelabo.jp/20241106140729
https://anond.hatelabo.jp/20241106183428
https://anond.hatelabo.jp/20241106112459
このへん見てたらなんとなく書きたくなったので。
2D時代のゲームから選出したけどだいぶ偏りが出ちゃったかも。海外のものは詳しくないのでパス。
ゲーム中にBGMがついた最初のビデオゲームとも言われる。楽曲としてはおそらく翌年発売のNEWラリーXのほうが有名で、大野木宜幸が手がけたメロディは当時のゲーマーに強烈な印象を残した。
たった2小節からなるメインBGMは作品の神秘性を高め、日本初のゲームサントラが制作されるきっかけにもなった。細野晴臣によるリミックスも発売され、最先端のサブカルチャーとして強く認知されることになった。
おそらく世界一有名なゲームミュージック。何度も作り直したというメインテーマは絶妙なテンポ感でゲームにマッチしている。ゲームサウンドとしてはじめてアメリカ議会図書館に登録された。
ファミコンの二〜三和音で見事にクラシックを表現し、オーケストラによるゲームミュージック演奏という道も切り開いた。また、洞窟の下層に行くほど音程が低くなるという、今でいうインタラクティブミュージックのようなアイデアも取り入れられている。
ハードの進歩とレースゲームというジャンルの特徴により、イントロからソロ、アウトロダクションまでを兼ね備えたおしゃれなフュージョンが表現可能になった。セガ体感シリーズの系譜は後にS.S.T.BANDを産み、ゲームミュージックバンドの先駆けとなった。また”Outrun”は80年代シンセを使った音楽ジャンルのひとつにもなっている。
Ⅱではなく2。ファミコンを含め、ROMカセットに拡張音源を載せたゲームは数あるが、知名度が高いこちらを選出した。透明感と重厚感を兼ね備えたSCC音源はMSXユーザーの自慢のタネであり、様々な方法を使い自作曲を鳴らす文化まで生み出した。
映画のような演出のアドベンチャーゲームは多数つくられたが、ゲームでしか実現できない仕掛けによってそれ以上のものになっているのが本作。作曲にあたっては難しい条件があったと思われるが、美しいメロディでそれに答えている。
FM音源の迫力あるドラム、うねるようなリード音が響くオープニングは当時のパソコンユーザーの度肝を抜き、以降のパソコンゲームの音のレベルを引き上げた。
PCエンジン版では米光亮によるアレンジ音源が使われ、CD-ROMの優位性を見せつけた。
企画段階から音楽をキーとしていたという本作は、ギターの奏法を再現するなど独自の手法も編み出し、ドラクエとはまた違ったタイプのRPGサントラを作り上げた。「エイト・メロディーズ」は特に有名で、音楽の教科書にも掲載された。
容量の厳しいスーパーファミコンの音源を最大限に活かし、オーケストラサウンドを実現して業界を震撼させた。植松伸夫がこの作品に衝撃を受け、完成間近だったファイナルファンタジーⅣの音色を全て作り直したという逸話が知られている。
「ハウスの教父」と呼ばれるFrankie Knucklesによる「Your Love」は、ハウスミュージックの基礎を築いた代表作の1つです。この曲は、シカゴのレジェンダリーなクラブ「The Warehouse」で生まれたサウンドを体現しています。滑らかなシンセサイザーとベースライン、Jamie Principleのセクシーなボーカルが特徴的で、今日でも高い評価を受けています。Knucklesは、ディスコとエレクトロニックミュージックの要素を巧みに融合し、新しいダンスミュージックの形を作り出しました。「Your Love」は、その後のハウスミュージックの発展に大きな影響を与え、多くのリミックスやサンプリングの対象となりました。この曲は、ハウスミュージックの持つ感情的な深さと踊りやすさを完璧にバランスさせ、ジャンルの定義的な作品となっています。
Marshall Jeffersonの「Move Your Body」は、「The House Music Anthem」というサブタイトルが示すように、ハウスミュージックの精神を体現した楽曲です。シカゴのハウスシーンで生まれたこの曲は、ピアノハウスの先駆けとして知られています。キャッチーなピアノリフと反復的なリズム、そして「Gotta have house music all night long」という歌詞は、ハウスカルチャーの本質を表現しています。Jeffersonは、この曲でハウスミュージックにメロディックな要素を導入し、ジャンルの音楽的可能性を広げました。また、歌詞がハウスミュージック自体について言及している点も革新的で、自己言及的なトラックの長い伝統の先駆けとなりました。「Move Your Body」は、ダンスフロアを熱狂させる力と音楽的洗練さを兼ね備え、今日でも多くのDJやプロデューサーに影響を与え続けています。
Larry Heardが Mr. Fingers名義でリリースした「Can You Feel It」は、ディープハウスの原型を作り上げた楽曲として高く評価されています。シンプルながら洗練された制作は、当時としては革新的でした。ローランドのシンセサイザーとドラムマシンのみを使用し、1テイクで録音されたという事実は、ハウスミュージックの本質を体現しています。深みのあるベースライン、エモーショナルなシンセパッド、そして微妙に変化するリズムパターンが、聴く者を瞑想的な状態へと導きます。この曲は、ハウスミュージックに精神性と深みをもたらし、単なるダンスミュージックを超えた芸術形態としての可能性を示しました。後のディープハウスやテックハウスの発展に大きな影響を与え、今日でも多くのプロデューサーやDJに尊敬され、頻繁にプレイされています。
A Guy Called Gerald(本名:Gerald Simpson)による「Voodoo Ray」は、イギリスのアシッドハウスシーンを代表する楽曲です。マンチェスターで生まれたこの曲は、独特のサウンドと反復的なリズムで、後のレイブカルチャーに大きな影響を与えました。Roland TB-303ベースラインシンセサイザーの特徴的な音色と、サンプリングされた「Voodoo Ray」というフレーズが印象的です。この曲は、アメリカのハウスサウンドをイギリス独自の感性で解釈し、新しい方向性を示しました。「Voodoo Ray」は、クラブシーンだけでなく、イギリスのポップチャートでも成功を収め、ハウスミュージックの大衆化に貢献しました。また、この曲の成功は、後のUKガレージやドラムンベースなど、イギリスの電子音楽シーンの発展にも大きな影響を与えました。
Masters At Work(Kenny "Dope" GonzalezとLittle Louie Vegaのデュオ)による「To Be In Love」は、ニューヨークのガレージハウスシーンを代表する楽曲です。India Arieのソウルフルなボーカルとラテンの要素を巧みに融合させ、ハウスミュージックに新たな深みと洗練さをもたらしました。この曲は、ディスコとハウスの伝統を受け継ぎながら、90年代後半の音楽性を反映しています。リズミカルなパーカッション、温かみのあるベースライン、そして感情豊かなボーカルが絶妙にバランスを取り、ダンスフロアを魅了します。Masters At Workは、この曲でハウスミュージックにおけるソングライティングの重要性を示し、単なるビートトラックを超えた音楽的深さを追求しました。「To Be In Love」は、今日でもハウスクラシックとして高く評価され、多くのDJやプロデューサーに影響を与え続けています。
Fatboy Slim(本名:Norman Cook)の「Right Here, Right Now」は、ビッグビートとハウスの融合を象徴する楽曲です。90年代後半のクラブシーンを席巻したこの曲は、サンプリングとブレイクビートを巧みに使用し、エネルギッシュでキャッチーなサウンドを生み出しました。特徴的なギターリフと「Right here, right now」というボーカルサンプルは、瞬く間に人々の記憶に刻まれました。Fatboy Slimは、この曲でダンスミュージックとロックの要素を融合させ、より広い観客層にアピールすることに成功しました。ミュージックビデオも話題を呼び、MTVの頻繁な放送により、ハウスミュージックの大衆化に大きく貢献しました。「Right Here, Right Now」は、エレクトロニックダンスミュージックがメインストリームに進出する上で重要な役割を果たし、2000年代以降のEDMブームの先駆けとなりました。
Stardustの「Music Sounds Better With You」は、フレンチハウスの黄金期を象徴する楽曲です。Thomas BangalterとAlan Braxeによって制作されたこの曲は、Chaka Khanの「Fate」からサンプリングしたギターリフを中心に構築されています。フィルターハウスの代表作として、ディスコサンプリングを効果的に使用し、90年代後半のハウスミュージックの方向性を示しました。反復的なリズムと中毒性のあるフックは、ダンスフロアを熱狂させる力を持っています。この曲の成功は、フランスのエレクトロニックミュージックシーンを世界的に注目させる契機となり、後のDaft PunkやJusticeなどのアーティストの活躍につながりました。「Music Sounds Better With You」は、ハウスミュージックの商業的成功と芸術的価値の両立を示し、今日でも多くのリミックスやカバーの対象となっています。
Eric Prydzの「Call On Me」は、2000年代に入ってからのハウスミュージックの商業的成功と大衆への浸透を象徴する作品です。Steve Winwoodの「Valerie」をサンプリングし、キャッチーなリミックスに仕上げたこの曲は、クラブシーンだけでなく、メインストリームのポップチャートでも大きな成功を収めました。特に、セクシーなミュージックビデオが話題を呼び、ハウスミュージックの新たな側面を示しました。Prydzは、この曲でクラシックロックとモダンハウスの融合を実現し、幅広い年齢層にアピールすることに成功しました。「Call On Me」は、ハウスミュージックがポップミュージックの主流となる過程で重要な役割を果たし、後のEDMブームの先駆けとなりました。また、この曲の成功は、サンプリングとリミックスの可能性を再認識させ、多くのプロデューサーに影響を与えました。
Disclosureの「Latch」は、2010年代のUKガレージとハウスの融合を象徴する楽曲です。若手デュオのDisclosureと、当時無名だったSam Smithのコラボレーションによるこの曲は、ハウスミュージックとポップの架け橋となりました。洗練されたプロダクションと感情的なボーカルの組み合わせは、クラブシーンだけでなく、ラジオやストリーミングプラットフォームでも大きな成功を収めました。「Latch」は、ディープハウスの要素を取り入れながら、キャッチーなポップメロディを融合させ、新しい世代のリスナーにハウスミュージックを紹介する役割を果たしました。この曲の成功は、エレクトロニックダンスミュージックがメインストリームポップに与える影響力を示し、2010年代以降のダンスポップの方向性を形作る上で重要な役割を果たしました。
Yellow Magic Orchestraの「Firecracker」は、厳密にはハウス以前の楽曲ですが、電子音楽の先駆けとして後のハウスミュージックに多大な影響を与えました。坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣によって構成されたYMOは、この曲でシンセサイザーとリズムマシンを革新的に使用し、未来的なサウンドスケープを創造しました。特に、ローランドのシンセサイザーとドラムマシンの使用は、後のハウスプロデューサーたちに大きなインスピレーションを与えました。アジアの音楽要素とエレクトロニックサウンドの融合は、グローバルな音楽シーンに新たな可能性を示し、テクノやハウスの発展に寄与しました。「Firecracker」は、その独特なリズムパターンとメロディラインで、特にアシッドハウスの発展に影響を与えたとされています。
まずはこれを挙げておくべきであろう。
聴けば様々な物語や登場人物達の心情を思い出し号泣必須の超名曲。
何年経っても色あせない、いや、時が経てば経つほど泣けるというのか。
素晴らしきメロディーライン、物悲しき8Bitの音源、何度聴いても心をかき乱される名曲。
作曲者植松氏のロックミュージックへの想いが詰まっているのだろうか?
もちろんギルガメッシュというキャラクターの魅力も相まってファンの多い1曲である。
高校時代エレクトーンのコンクールで演奏したが余りにも下手すぎて当時の先生に超怒られたという個人的な思い出がある。
完全に個人的なエピソードとなってしまい非常に申し訳ないが、中学生時代下校時にかかる音楽に採用して欲しいと提案し、
いまだに忘れられないメロディーライン。曲全体の構成も素晴らしく、心を揺さぶる名曲。
転調を上手く組み込むなど曲そのものも素晴らしいが、不安と希望など複雑に入り混じるキャラクター達の心情をこれまでかと表現している名曲。
やはり植松氏は哀愁漂う世界観を演出する曲作りの天才なのではと思わずにはいられない。
最後どの曲を入れるか大変悩んだ上で、敢えて選ばせて頂いた。
あの暗く混沌とした世界観と、ティナというミステリアスなキャラクターを表現している非常に素晴らしい1曲と言える。
Q.
「一般化」という言葉は、ほぼ全員に普及して話題にならなくなった状態を指すでしょうか? 例えばK-POPは日本で「一般化している」と言えるでしょうか?
A.
「一般化」という言葉には、いくつかの意味や段階があると考えられます。 社会学的な一般化: ある現象や商品、文化などが社会に広く浸透し、特別なものではなくなった状態 必ずしも「全員」である必要はなく、社会の中で一般的な選択肢の一つとして認知されている状態 K-POPの例について考えてみると: 認知度は非常に高く、メディアでの露出も多い 若い世代を中心に愛好者も多い しかし、「ほぼ全員」が積極的にK-POPを聴いているわけではない むしろ「ポップミュージックの一ジャンル」として定着した状態と言える したがって、K-POPは日本において: 「一般的な音楽ジャンルの一つ」として認知され、定着している しかし「ほぼ全員に普及」というレベルには達していない 「一般化」しているとは言えるが、それは「選択肢の一つとして普通になった」という意味 つまり、「一般化」は必ずしも「ほぼ全員への普及」を意味するわけではなく、むしろ「特別なものではなくなり、社会に定着した状態」を指すと考えられます。
どうもゴシップV豚増田です。花奏かのんさん、ご入籍ご出産おめでとうございます。
正味全然気配がなかった……は噓になるけど、花奏氏のそういう部分に興味がなかったので気にしてなかった。
以上です。引き続き紹介に移ります。
花奏かのん。映像制作者、バンドマン、ベーシスト、シンガーソングライター、ボーカロイドの中の人(予定)、バーチャルYouTuber。
デビュー日は2018年5月13日。にじさんじ月ノ美兎(2018年2月7日)、ホロライブ白上フブキ(2018年6月1日)、ななしいんく因幡はねる(2018年6月9日)に並ぶ黎明期後期の存在。
2019年9月に現在の所属であるななしいんくに加盟する(当時の所属はブイアパ)
バーチャル界のインディーズ音楽の古参としてVtuberおうちフェスを開催するなど界隈の盛り上げに貢献的だった。
AZKi・ツラニミズ(イノナカミュージック)の#音楽を止めるな、歌衣メイカのV紅白、ぽんぽこ24のように個人で多くを巻き込んだイベントを打つのはただただすごい。
高みに駆け上がっていったぼっちぼろまると違ってインディーらしさのある音楽をずっと続けていて好き。
パチスロで2年ほど生活のち、遊技機開発企業に就職。みんなが打ってるあの台の映像は花奏かのんが作っていたかもしれない。
バンド活動ではベーシストを務め、スタジオエンジニア(違ったらごめん)のハツコ・マキシマイズを引き抜いてバーチャル活動へ参入。
ハツコさんは頻繁に花奏かのんの配信に登場する精霊みたいなやつ(声は男性)
育ちは良く年末年始は帰省を強要され、北陸の古い風習の社会で家事に忙殺される。飾り切りが上手い。
音楽活動で名を上げて、音楽で両親に認知されたいと思っている。バーチャル活動は内緒にしている。
2021年秋に行われた3周年ライブはリアルバンドとの融合のAR方式で開催
にじさんじに先にやらせるために春から秋に延期になった可能性がある(お目目ぐるぐる)
(所属企業774株式会社(旧ラボット)は上場企業のアドウェイズの子会社で、代表取締役の岡村陽久氏がにじさんじ運営企業のエニーカラーに出資しており(のちに株式はアドウェイズに移管)以下略)
先に書いたが音楽性のインディーズ感が強い。ボカロミュージックとは別系統な文化を感じる(気のせいかもしれない)
現在はバーチャル活動を行いながらも映像クリエイターとしての仕事の比重が高いらしい(配信は週1定期+月1定期+不定期)
これまでガチ恋勢の発生に配慮してそういうのやらなかったけど、人妻でいいならやるって言ってたって縁側の猫が言ってた
買うから出して
伊科田海『道産子ギャルはなまらめんこい』の無事最終巻が発売されたのを記念して、ネタバレを含む評論をさせていただく。
と言うわけで、ネタバレを含むので、嫌う方は戻ってください。
地方娘とのラブラブ恋愛マンガでなんで最後にワイ向けに致死性の毒を仕込んだの?ねえなんで? あっ、ノットフォーミ-でしたかすいませんごめんなさい。
ワイ、無事死亡したのでこれ書いてる
まぁワイの余談と色々な現実を知ってるからそう思うだけなので「こいつ(ワイのこと)マジ頭おかしいわ」って感じで読んでくださいマジで。
原作が悪いとかじゃなくて、ワイの頭とこの世のパラメータ設定をミスった運営が悪い。
最近の若い子も地元愛はかなりある。毎年継続している調査では、最近は大学を卒業した後地元に戻りたいとする回答が63%以上となっていて、これは地味に伸びている。色々な理由が考えられるが、家族とともに暮らしたいと言ったことが理由に挙げられている。
その他、現実問題として生活費が高く、初任給の伸び以上に生活費が上がっているため、大都市圏での生活が厳しいと言う事情もみられるようだ。
また、行政側の目線で見ると、ここ10年ほどか、色々な地方が地元の事をちゃんと教える教育をやっていると言う事もあるのだと思う。
が、現実問題として、実際に地元で就職するのは4割を切るのが現実である。で、ワイの地元に限ると2割もない。これは
もう現実すぎて死にそう。
こんな現実をなんで見せられなきゃならないのか。
そんなの仕事だけで十分です。。
(なお、実際には30歳超えたぐらいでUターン転職してくる人もかなりいるので、4割しか地元にいないと言う話でも無いです)
最も現実的でクソな話は
「主人公は地方での幸せな思い出を持って東京に帰りました。大卒で大企業に就職しましたが東京では家庭を持つことはできませんでした。
ヒロインは札幌の専門学校を出ましたが、業界体質としてブラックな理容美容関係は薄給すぎて一人では暮らしていくことができなくなり、結局親元に戻りましたが、その時には結婚適齢期を過ぎていて結婚することができませんでしたとさ」
だけど、その次の次ぐらいに来るのがこれ。主人公は小学校教諭という、熱心であればあるほど激務であるほど家庭が犠牲になりがちで、さらに長年その業界にいると世間からドンドンズレてて浮いてしまう状態になり転職も難しくなる職業に就いている。
さらにヒロインはメイクアップアーティストということだが、はっきり言ってこの業界、安定した職業の旦那(敢えてこの書き方してます)がいることが大前提のやりがい搾取業界であり、金になんかならない。最も安定的に稼げるのがブライダル業界と死に化粧という状態であり、これらは休日などを犠牲にして働く必要がある。それ以外は名ばかりメイクアップアーティストといいつつ、化粧品販売のセールスみたいな仕事になる。
もちろん、売れたらかなりの金になるが、その場合もライフワークバランスをワークに全振りしているような廃人に対して戦う必要がある。
と言う状況で、結婚した勢いで最初に子どもをひとり授かるが、その後2人目以降は作らないという選択肢は、必然であろう。
これ、音大卒がアーティストにも、そして学校教育法第1条に定める学校の教諭にもなれなかった場合になる職業のひとつと言う性質があり、音大卒が大量に余っている中、音大卒でないと就職できない。と言う事は娘は音大を卒業していることは間違い無いと思われるが、私立では900万円ほどかかる。もちろん、札幌教育大学を出ていると言う可能性もあるが。
ちなみに娘の旦那は歯科医だそうです。コンビニより数が多い事でお馴染みの歯科医……。
なんつーかさ。リアリティありすぎ。あえて一人っ子にして、所得水準的に相当な無理をしないと進学できない所に進学させるとか、ワイをころしにきてる
北見市から札幌市。高速道路は繋がっているが、ノンストップで4時間かかる。東京大阪間の新幹線の半分で、時間的距離で見ると東京広島と同じぐらいなのであった。
何か緊急事態が発生したとき、呼んだところで多くの場合手遅れになるし、ちょっと子どもを見ててほしい、と言う程度で呼ぶことはほぼ難しい距離である
実は、地方での現実もこれがある。県内の中核都市から離れた土地の出身者が、地域の中核市に出て家庭を築く、と言うケース、実は公共交通機関がショボいのと、高速道路もそれほど整備されてないために時間的距離がかなり長い事が多いのだ。そうすると、都市部で子育てするときの悪い部分と、地方で子育てする悪い部分の両方を兼ね備えたような状況になってしまうことがある。
こうなると実家が持っているリソースを活用する事ができないために、選択肢が限られてくる。
日本は公共交通が優れていると言われているが、地方都市と地方都市の間を移動しようとするとものすごく手間がかかることが多い。公共交通だと一度東京か大阪どちらかに出てからの方が早いと言うケースが非常に多く、それ以外では車移動になってしまう。
これが地方と地方の間の連携的な動きを結構阻害している所があって、結構苦労している。
なんでこんな苦労を思い出させるような展開にするのか。
作者の先生は北見市出身札幌市在住なので、たぶん自分の周りの人々のリアルな様子をベンチマークして、そこから見える世界で最も幸せなラストを選んだのだと思うので、それは全然問題ない。
ないんだけど、それについて妙な知恵を付けたようなワイのような人からみると、もうなんかね。
現実がクソで、現実を忘れて楽しんでたラブコメの最後で毒ガスが出てきた
そんな気分なのでした。ハハッ。まぁノットフォーミーだったのを今更ながら気付いたんですね。はははのは。
ヒロインは、メイクの先進地、1回プチ留学していた韓国に今度は本格的に留学することにしました。
主人公は色々な事を悩みましたが、東京の大学に進学しました。しかし、韓国への留学プログラムで2年目には留学して二人は韓国で同棲を始めました。
ヒロインは独立を前提に韓国のメイクアップアーティストの会社に就職し、主人公もそれに合わせて韓国の大学に正式に移籍、4年後の修了に合わせてふるさと北見に戻ります。
ヒロインはオンラインをベースにメイクアップ講師の仕事をしながら起業し、主人公は地元北見の企業(貿易商社)に就職して、充実した日々を送っています。
二人とも出張が多い仕事ですが、じいちゃんばあちゃんひいじいちゃん達の援助があるから、家族で子育てです。
家も、大往生でなくなった祖父母の家を受け継ぎ、北見の広い土地でのびのびと4人の子どもを育てました。
その様子が一つのロールモデルとなり、周りの友人知人達にも影響を与え、子ども達にもよきロールモデルとなり、子ども達も恋をして、就職し、結婚して、自分らしく生きています。
妄想だと思うでしょ?
でもこう言う人実際に結構いるんですよね。地元で楽しく暮らしている人、都会に行って微妙に失敗する人よりはたぶん多いです。可視化されにくいけど。例えばヒロインの育った家とかはまさにそれなのよ。
でも、マンガにすると、特にこのマンガの読者層に対してリアリティがなくなってしまってだめなのかなあとか、思ってしまいました。
ごめんなさい。