はてなキーワード: キャラソンとは
大方、自分が辿ってきた物たちがだいぶ逸れた場所にあった物だからなのかもしれないが、共通の話題を持てる人と出会えない。
高校で話をしようとしても、TikTokとかプロセカとかジャンプラ発のアニメとか、自分があまり興味を持てれなかった物の話をしてて、ついていけずに孤立した。
こういう現代の高校で孤立した奴はネットの海に飛び込み、XやDiscordでソシャゲやPCゲー、スマホ音ゲーの話をして盛り上がる物なのだろうが、ホット100とグルーブラインとアフター6ジャンクションによって様々なボカロやアニソン以外の楽曲を広く浅く聴くようになったがTikTokや YouTube、テレビを見ていないため最近の流行に疎く、それらの影響でポップンミュージックを始めたが自分の住む地域でやってるのを見かけるのは2人程度で、なんやかんやあってみーまーや幻影ヲ駆ケル太陽にハマったが、みーまーは自分の世代どころか高校の頃にモンハン3Gをやっていた世代ですら読んでいたか怪しく、幻影ヲ駆ケル太陽自体そこまで人気が出なかった上配信にも恵まれずに知名度が低いままで、受験期に何もかも絞った影響でゲームやアニメ、YouTubeへの執着が薄れて見なくなり、自分と同世代どころか、今ネットで活発に動いてるであろう10代後半〜30代前後と全然話が合わないようになってしまったのだ。
自分の好きなものは好き。それは間違いないが、それを共有できるような人に恵まれずに、何のために生きてるんだろう、なんで自分は人に合わせる努力ができずに平然と生きてしまってるんだろう、そう感じ始めている。
自分と話が合うのはほとんどが30代後半〜50代前半辺りの世代だ。先日も養護教諭とスパイラルライフとノーナリーブスの話で意気投合した。でもそれ以外の時間は、はっきり言ってずっと孤独感しか感じない。ネットから離れても現実で孤立し、現実から逃げてもネットで孤立する。逃げるのも戦略としてありと言った人がいたが、逃げた先で上手くいく保証ないのによくそんなこと言えるなとは思う。
そもそもハマった物が悉く語るのに向いて無さすぎるというのはある。
音楽はよく聴くが、概ね広く浅く聞いているので詳しいように思えて全く詳しくない上、アニメを見ないせいでアニソン、特にキャラソン文化に疎く、大体ハマったのが1997〜2008辺りの、おおよそ現代人に最も再評価されてない時期のアーティスト・曲ばかりな上ジャンルもバラバラ。野猿とFM skylineとエイプリルズとhitriが混在している始末。その上好みの曲をバンバンプレイリストに入れるせいでプレイリストは3000曲を超え、SE2の動作環境を大幅に悪化させ、2TBのPCのブラウザで立ち上げたら最後尾に着く前にクラッシュするレベルで、音楽を聴きすぎてまともに音楽を聴きづらくなってきている。
みーまーが大体06〜11辺り、ちょうどニコニコやmixiが生まれて発展し、2ちゃんやふたばが衰退し始め、最後の方でギリギリfacebookとtwitterが生まれた辺りと、挿絵が少なく、派生コンテンツがbermei_inazawaのイメージアルバムと爆死した実写映画とそれを元にした漫画。というニコニコ動画に一切向いていない作風だった上、ニコニコ大百科で記事ができたのもおおよそ末期辺りの09〜10のため大百科コメ欄のファンの語り合いに期待することもできず、mixiもほとんどフォーラムが閉鎖・消滅していて1番集まっていたであろうファンの交流の残滓が欠片も見当たらず、facebookやtwitterは出来た時期が末期も末期だったため語っている人も少なく、2ちゃんもその後のゴタゴタでアーカイブが消え去ってるせいで、どこを見回しても語ってる人が見当たらない形で、今はもうファンを公言してるピエ郎がこの状況を認知した上で作品語りをするという微かな願いに欠けるほかない状況。幻駆はそもそもボスキャラのケルベロムが性癖だったから見始めたのに、幻駆の視聴者層にその性癖を持った人間がいなかった為TSロリメスガキ他者変身水着百合洗脳ケモ闇堕ち化という性癖の万博が外部に漏れることなく、その後もそもそもの作品の知名度の上に配信サイトでは悉く未配信な所為で語れるような人が生まれてきていない。
何故だろう。逆張りをしているつもりはない。自分が本当に好きだ!と思う作品、もしくは好きになりそうな要素がある作品に限って、語るのに適していないのは何故だろう。自分が語ってそれを広めるのはアリではあるが、自分が欲しいのは自分と趣味の合う友人である。布教された状態の友人が、欲しい。
でもそれが叶わないまま、今を生きている。
みーまーと幻駆が好きで、音楽を広く浅く聞いてて、まだジャンル名があった頃のポップンミュージックが好きなZ世代、どこにいるだろうか。Ζ世代どころかそのさらに上の30代前後でも怪しいラインである。
自分はどうやって生きていけばいいだろうか。
好きでもないリンバスやゼンゼロをしてネットの付き合いを増やすのか
大方、自分が辿ってきた物たちがだいぶ逸れた場所にあった物だからなのかもしれないが、共通の話題を持てる人と出会えない。
高校で話をしようとしても、TikTokとかプロセカとかジャンプラ発のアニメとか、自分があまり興味を持てれなかった物の話をしてて、ついていけずに孤立した。
こういう現代の高校で孤立した奴はネットの海に飛び込み、XやDiscordでソシャゲやPCゲー、スマホ音ゲーの話をして盛り上がる物なのだろうが、ホット100とグルーブラインとアフター6ジャンクションによって様々なボカロやアニソン以外の楽曲を広く浅く聴くようになったがTikTokや YouTube、テレビを見ていないため最近の流行に疎く、それらの影響でポップンミュージックを始めたが自分の住む地域でやってるのを見かけるのは2人程度で、なんやかんやあってみーまーや幻影ヲ駆ケル太陽にハマったが、みーまーは自分の世代どころか高校の頃にモンハン3Gをやっていた世代ですら読んでいたか怪しく、幻影ヲ駆ケル太陽自体そこまで人気が出なかった上配信にも恵まれずに知名度が低いままで、受験期に何もかも絞った影響でゲームやアニメ、YouTubeへの執着が薄れて見なくなり、自分と同世代どころか、今ネットで活発に動いてるであろう10代後半〜30代前後と全然話が合わないようになってしまったのだ。
自分の好きなものは好き。それは間違いないが、それを共有できるような人に恵まれずに、何のために生きてるんだろう、なんで自分は人に合わせる努力ができずに平然と生きてしまってるんだろう、そう感じ始めている。
自分と話が合うのはほとんどが30代後半〜50代前半辺りの世代だ。先日も養護教諭とスパイラルライフとノーナリーブスの話で意気投合した。でもそれ以外の時間は、はっきり言ってずっと孤独感しか感じない。ネットから離れても現実で孤立し、現実から逃げてもネットで孤立する。逃げるのも戦略としてありと言った人がいたが、逃げた先で上手くいく保証ないのによくそんなこと言えるなとは思う。
そもそもハマった物が悉く語るのに向いて無さすぎるというのはある。
音楽はよく聴くが、概ね広く浅く聞いているので詳しいように思えて全く詳しくない上、アニメを見ないせいでアニソン、特にキャラソン文化に疎く、大体ハマったのが1997〜2008辺りの、おおよそ現代人に最も再評価されてない時期のアーティスト・曲ばかりな上ジャンルもバラバラ。野猿とFM skylineとエイプリルズとhitriが混在している始末。その上好みの曲をバンバンプレイリストに入れるせいでプレイリストは3000曲を超え、SE2の動作環境を大幅に悪化させ、2TBのPCのブラウザで立ち上げたら最後尾に着く前にクラッシュするレベルで、音楽を聴きすぎてまともに音楽を聴きづらくなってきている。
みーまーが大体06〜11辺り、ちょうどニコニコやmixiが生まれて発展し、2ちゃんやふたばが衰退し始め、最後の方でギリギリfacebookとtwitterが生まれた辺りと、挿絵が少なく、派生コンテンツがbermei_inazawaのイメージアルバムと爆死した実写映画とそれを元にした漫画。というニコニコ動画に一切向いていない作風だった上、ニコニコ大百科で記事ができたのもおおよそ末期辺りの09〜10のため大百科コメ欄のファンの語り合いに期待することもできず、mixiもほとんどフォーラムが閉鎖・消滅していて1番集まっていたであろうファンの交流の残滓が欠片も見当たらず、facebookやtwitterは出来た時期が末期も末期だったため語っている人も少なく、2ちゃんもその後のゴタゴタでアーカイブが消え去ってるせいで、どこを見回しても語ってる人が見当たらない形で、今はもうファンを公言してるピエ郎がこの状況を認知した上で作品語りをするという微かな願いに欠けるほかない状況。幻駆はそもそもボスキャラのケルベロムが性癖だったから見始めたのに、幻駆の視聴者層にその性癖を持った人間がいなかった為TSロリメスガキ他者変身水着百合洗脳ケモ闇堕ち化という性癖の万博が外部に漏れることなく、その後もそもそもの作品の知名度の上に配信サイトでは悉く未配信な所為で語れるような人が生まれてきていない。
何故だろう。逆張りをしているつもりはない。自分が本当に好きだ!と思う作品、もしくは好きになりそうな要素がある作品に限って、語るのに適していないのは何故だろう。自分が語ってそれを広めるのはアリではあるが、自分が欲しいのは自分と趣味の合う友人である。布教された状態の友人が、欲しい。
でもそれが叶わないまま、今を生きている。
みーまーと幻駆が好きで、音楽を広く浅く聞いてて、まだジャンル名があった頃のポップンミュージックが好きなZ世代、どこにいるだろうか。Ζ世代どころかそのさらに上の30代前後でも怪しいラインである。
自分はどうやって生きていけばいいだろうか。
好きでもないリンバスやゼンゼロをしてネットの付き合いを増やすのか
一時期懐かしアニソン聞きまくってたら「おっ、こいつアニメオタクだろwwwウマ娘のキャラソンでも聞かせとくかwwww」って状態になったんだけど?
毎週ひたすら拒否り続けて少しは減ってきたと思っても、「お前確かキャラソン好きだったよなwwwまたウマ娘のキャラソン出てたから入れといたわwww」ってやってくるんだけど?
バーちゃん家でたまたま最初に出てきたお菓子が延々とそのあとも出続ける状態なんだけど?
「まーくんはこれだしたらいつも美味しそうに食べるねえ・・・」って、そりゃよっぽど嫌いなものじゃなかったら出されたものは食うし美味いって言うよ。
でもそれは俺のバーチャンだから許してた話であって、Spotifyに「でもお前ウマ娘のキャラソン入れたら毎回1番までは聞くじゃんwww」とか言われてもさ、そりゃお前出された曲は1番ぐらいまで聞いてから判断するのが礼儀だからやってんだよ。
でも最後はいつも「やっぱウマ娘やラブライブは俺に合わねえな・・・」って非表示に入れてるのになんでずっと出し続けてくるんだよ。
「ゆーてかわいい系が苦手なだけでカッコイイ系ならウマ娘のキャラソンも好きだろwww」みたいな感じでとにかく何でも試そうとするんじゃねえよ。
つうか俺が好きなのは最新のじゃなくて懐かし枠なんだけどなんで毎クールごとに「今季の新作アニメの主題歌でてたから入れといたぞwwww」みたいな顔して手当たり次第に進めてくるんだよ。
またコンクールも何曲も聞かせてきたけど現状でダンダダンしか刺さったのねーよ。
皆はこの無間地獄になってないってマジ?
俺だけなのこの酷い状況?
ハイキューが最終回を迎えた際、Twitterで感想を漁っていたら、「なんでバレーしてるだけなのにこんなに泣けるんだろう」というファンの投稿が目に入った。自分はハイキューで泣けるほどの感受性はとうに持ち合わせてなかったが、そこから数えて24年前にほとんど同じ気持ちを味わっていた。
井上雄彦の作品に通底するのは徹底したリアリズムである。彼が本作で行ったのは、本気でバスケットボールに挑む人間の思考と感情をつまびらかにするだけで面白くなるということの証明と、人気が出なかった時のため不良路線でも行けるような作風を選んだことだけである(当時バスケットボールがマイナースポーツであったことに留意したい)。この結果、フンフンディフェンスを除くあらゆる要素が後世のスポーツマンガにリアリティの基準点をもたらすこととなった。
桜木花道がバスケットマンに変貌するたった4ヶ月の物語は、命のやりとりや世界が終わることよりも一本のシュートの成否の方が遥かに切実で重要な問題になりうることを、今なお我々に伝えている。
講談社は1970年代末期には後発のジャンプにマンガ業界の盟主の地位を明け渡しているわけだが、それを奪い返す最大のチャンスが90年代後半に訪れた。DB幽白スラダンといった作品が終了した暗黒期のジャンプを、金田一はじめの一歩GTOを擁するマガジンは苛烈に追い上げ、ついには発行部数で逆転したのである。
その中で強引に看板作品に祭り上げられ、ジャンプの屋台骨を支えることになったのが本作だ。後に和月伸宏は「次につなげたい」という気持ちで描いていたと語っている。明治という激動の時代の中で不殺の剣士・剣心が刀を交える相手は、旧時代に未練を持つ者や、新しい時代の荒波に飲み込まれた者たちであった。黄金期と暗黒期の狭間で奮闘した本作のありようは、皮肉にもそこに重なって映る。
ワンピナルトが出てくるまでを空白期間にせず、少年マンガ誌の代表というジャンプのアイデンティティを守りぬいたのは同時代の誰も比肩できない功績だ(幕張や封神演義やBOYSにこの役割を代替できたか考えてみてほしい)。現代のジャンプ読者はもっと、もっと本作に感謝すべきだと、佐藤健の超人的なワイヤーアクションを眺めながら思うのである。
連載終盤、もはや燃え尽きる寸前だったといううすた京介は後年、「マサルさんはシュールではなく、ベタをシュールに見せていただけ」と語っている。自分を含め、多くの読者は同意しかねるだろう。彼が未来永劫に参照点となりうる新たなベタを作り上げたことに疑いの余地はないからだ。
本作はギャグマンガでやってもいいことの範囲を大幅に拡大した。キャラクターの行動原理なんてなくていい。話の展開は唐突でいい。絵柄は毎ページ変わっていいし上手くなくていい。読者が知らなさそうなパロディだって入れてよいのである。現代の観点では至極当然と思える要素を2年弱、全7巻に惜しげもなく詰め込んだ。
彼の次回作(ピューと吹く!ジャガー)ですらも、ついにその革新性を更新することはなかった。90年代にうすたに憧れ新人賞に応募した有象無象のワナビー達も誰一人として出来なかったことを考えれば少しは気が休まるだろうけども。
闇の人格を持つ主人公によるダークヒーローものというコンセプトで始まった本作は、ほどなくしてマジック&ウィザーズという架空のTCGを中心にした物語に変化した。この変化が、数十枚の紙束を並べる行為を、玩具・ゲーム業界において最も存在感のあるエキサイティングな遊びに位置付けることになる。
コナミでは社内の遊戯王関連の部署をしばしば「造幣局」と呼ぶそうだが、紙を刷って売上1兆円に到達するコンテンツなど他に存在しないことの証左である。こうした状況に、高橋和希の優れたキャラクターデザイン、ストーリー構成が大きく貢献したのは言うまでもない。ゲームが友情を育むツールになりうると示し、メディアミックスの力を世に知らしめた功績は間違いなく彼のものだ。
世界で最も多く発行された単一作者によるマンガ作品について何か語るべきことがあるだろうか?まだ言及すべき余白が。本作のように自然にカテゴライズを避ける作品というのは極めて少ない。友情、夢、自由、強さという最もありふれたテーマに挑み、ついにそのすべてを超然と飲み込み描き切ろうとする本作を何らかの箱に入れて理解するのは難しい試みに思える。
毎週月曜日にワンピを読んで喧々諤々と考察できる世界に我々は慣れ切ってしまった。30年間マンガ業界の頂点に君臨する男がいるという現実に。一定の年代以上の人間にとって、本作の終わりがジャンプという雑誌の終焉に見える人がいても無理のないことだ(今ワンピの次に長寿連載しているのはハンタを除けば2019年連載開始の夜桜さんである!)。ルフィと尾田栄一郎という二人の男の、幼少期から練り上げた夢の果てを世界中が見届けようとしているのだ。我々がこうした光景にふたたび立ち会えるかは疑わしい。
幽白は極めて質の高い作品でありながら、冨樫義博が抱える巨大なアイデアの数々を収めきれた作品ではなかった。それでも仙水編と、その後に異例の月一で掲載されたレベルEで前人未踏の領域に踏み込んだ彼は、自身4作品目の連載においても既視感のある展開とご都合主義を執拗なまでに避け続けた。彼の描くキャラクター達は自身が取れる最善の選択を積み上げた末に、我々が期待する最善以上のドラマを生み出す。幾度もの休載を挟みながら。
「今週の『HUNTER×HUNTER』は休載いたします」の表記(今はこれすらなくなったが)を昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらぬ平常心で見られるようになってもなお、自分に限ってはこんな感じであった───「HUNTER×HUNTERの最終回を読める可能性があるというだけで、どんなクソみたいな人生でも生きる理由が生じる」
いまや冨樫は少しずつ体調を取り戻し、我々は一時期とは比べ物にならないほどコンスタントに彼の創り出す世界に触れることができる。何百何千もの作品がジャンプにおいて連載され、本作に近い作品、それ以上のものを期待し続けてきたが、その度に彼の偉大さを突き付けられるだけなのだろう。
前例のないテニスマンガでの成功、女性読者の流入、クールで生意気で強い主人公像、菊丸が分身して以降のテニヌ...といった誌面上で読み取れる新規性だけでは、本作のもたらした文化のごくごく一部しか語りえない。
1000曲近いキャラソン、出役としての役割を求められる声優たち、2.5次元文化の源流かつ若手俳優の登竜門としてのテニミュ...現代における狭義のオタク文化の根を辿れば、必ずテニプリが残した功績にぶち当たる。「推し」という文化が、人間を描くあらゆるコンテンツに侵食して久しいが、許斐剛が生み出した世界は、ジャンプで築き上げられたあらゆるファンダムの中でもっとも複雑で永続的な強度を保ち続ける、史上最も「推す」に値する文化であり続けている。
すみませんほんとに書くことが思い浮かびませんでしたでも世界的にマンガ文化を広めた功績は鳥山に並ぶと思ってますマジで
あまりに多くの言及がこの作品になされ、そのどれもが口をそろえて言う。「描き分けが上手い...絵の引き算が上手い...ルビ振りのセンス...久保帯人は中二病...ストーリーが薄い...」これらすべてはもちろん真実だ。
連載中、ワンピナルトブリーチの三枚看板の最後尾というポジションが崩れることは一度もなかった。果たしてこの評価が妥当だったのかは分からないが、少なくとも我々ネット民は久保帯人のセンスをバカにし過ぎたことに対し大いに反省すべきところがあるのではないだろうか。海賊、忍者のような明確なモデルがいないのに、久保帯人はどうしてあれほどまでに洒落たキャラクターとセリフ回しを無尽蔵に生み出せたのか、系統立てて説明できる理屈は未だ見つからない。もしその答えが彼の脳内にしかないとするならば、我々は本作を源流に大いなる歴史が作られていく可能性を認めなくてはならないだろう。
デスノートという作品は複数の点で極めて例外的な成功を収めた。肉体的攻撃を伴わない心理戦、一切の引き伸ばしをしない、公権力、宗教的崇拝、欠点の無い主人公、ゴシック的キャラ造形、ダークヒーロー、死亡エンド...
本作に散りばめられたこれらの要素は、すべて従来のジャンプ漫画では邪道、あるいは不要とみなされてきた要素であった。このような野心的な作品がメディアミックスにおいても成功を収め、国民の誰もが知る作品となったのは驚異的だ。この作品が出たことは心理戦を描こうとする後世のマンガ家にとっては悲劇かもしれない。夜神月ほど賢く、悪どく、魅力的なキャラクターを矛盾なく作れる人間は大場つぐみくらいしかいないのだから。
2010年代にジャンプを購読していた人間はみな共通してうすぼんやりとした不安を抱えていた。「ワンピの連載終わったらジャンプってオワコンじゃね?」
ジャンプの終わりという、週刊少年マンガ誌という形態の終わりと同義に思える未来を避けるべく、集英社は読者以上に血眼になって後継者を探し求めた。しかし我々の期待も空しく、トリコ暗殺教室ヒロアカソーマブラクロ約ネバドクスト呪術といった平成末期の傑作たちすらも、尾田栄一郎が築き上げた領域には辿り着けなかったように見えた───ただ一つの例外を除いては。
「家族、友人への愛」「困難を乗り越える強さ」という普遍的なテーマにフォーカスした吾峠呼世晴の連載デビュー作は、あらゆる世代へ届く成功を収めた。特に、劇場版『無限列車編』は社会現象化し、国内の興行収入1位を達成するなど、経済的にも文化的にも大きなインパクトを残すことになった。
出版業界の衰退、コロナ禍、趣味の多様化といった逆境の中で、マンガが世界的なムーブメントを引き起こすことがまだ可能であると証明した本作は、令和を生きる日本人の心象風景に残る新たな「国民的マンガ」として、時代に選ばれたのだ。
ひとりのスターの存在がプラットフォームの価値を定義することは古今ジャンルを問わずあることだ。ダウンタウンの登場がお笑い養成所という存在をメジャーにしたように、米津玄師の登場がニコ動の文化をオーバーグラウンドなものにしたように。
2014年に創立したジャンプ+というプラットフォームの目的である「紙とデジタルの垣根をなくし才能を育てること」が名実ともに達成されたのはいつだったのか?それは初めて本誌とジャンプ+両方でスターとなった人間の登場によって定義付けられる。
かつて秋田の片田舎から新都社に「長門は俺だ」という名前で投稿していた少年は、その衝撃的なストーリー展開で我々を魅了する存在となった。ファイアパンチ以降、ジャンブ+はあらゆるWebコミックサイト、いや雑誌を含め、もっとも野心的な作品を読める場所のひとつとして認知されるようになった。
藤本タツキの本誌への到着は新たな才能の鉱脈をインターネットに求める時代の始まりを告げ、媒体の違いというものがマンガの面白さになんら本質的な影響を及ぼすことはないという事実を我々に突き付けたのだった。
https://anond.hatelabo.jp/20241015203914
ふしぎ遊戯(1992-1996)はシリーズが今も続いていて作者のライフワークみたいになってる
少年向けではない、女のための美少年がカタログのようにわらわら出てくる作品は当時珍しく、アニメ誌の表紙をよく飾り人気投票でもキャラが上位に食い込んだ
作者は元は少年漫画志望であり、能力バトルやお色気の多さ、主人公も肉感的で可愛いため男性人気も高かった
個性豊かな美少年たちが戦いの中で凄惨に死んでいき、死ぬたびにキャラソンが流される謎演出がアニメにはあった
中国風異世界に迷い込んで冒険という題材は、学園ラブコメの多かった中でかなりチャレンジした内容であり、
作者は保険として前作『思春期未満お断り』のキャラデザを流用しまくり「異世界なんてとっつきにくいかもしれないけど、馴染のある顔がいれば…」と前作からのファンを引き寄せる工夫をしていた
結果的には思春期~を知る者はそんなにいないがふしぎ遊戯を知る者はわりと多いというヒット作となった
快感フレーズ(1997-2000)は、ある意味では少女漫画の地位を貶めた戦犯でもある
ふしぎ遊戯などで「ちょいエロ」が少女の心を鷲掴みしたことから、快感フレーズは一歩進んで「めちゃくちゃエロい」路線だった
昨今の全年齢誌エロ漫画と比べると可愛らしいものだが、当時は「少女漫画でこんなことするなんて!」と激しい衝撃をもたらし賛否両論を巻き起こした
作者によれば編集に求められ嫌々描いたエロ描写であったが、少女漫画でちょっと乳首を描きまくっただけで爆売れし千万部超えというのは語り草となり、
美人でカメラ映えする作者がバラエティ番組に呼ばれることも何度かあり、売上で豪邸を買い「乳首御殿」と名付けた武勇伝がある
この作品がヒットした影響か、一時期の小学館の少女漫画はエロエロで薄っぺらいゴミエロ漫画まみれになった
2000年代前半、まだ「表現の自由戦士」と呼ばれる存在がいなかったころ、「女向けばっかエロが緩くてズルい」と怒った男性オタクたちが「エロ少女漫画を規制しろ」と抗議署名を集団で送りつける運動へ発展した
エロエロ少女漫画は消えていき、かつて少女コミックでエロエロだった人が今では清純派を描いていたり、あるいはエロエロ路線にこだわってTLの世界に渡ったりした
作中に登場するロックバンドを現実で結成させてみたり、アニメ版はエロ皆無な健全内容で4クールやったり、ガラケーやソシャゲもでたり、メディア展開も華やかだった
前クールでやってたなぜ僕の世界を覚えていないのかってアニメが作画ボロボロで低予算なのがよくわかる出来だったんだけど、
わ!おんなじこと思ってる〜!仲間やん!と思って開いてみたら過去の自分の投稿で凍りついた。惨め。
そもそも増田の中で、キャラソン=漫画を原作としたアニメのキャラクターソングのシングルCD、という方程式が出来ていたので、ゲームのキャラやVtuberの存在を完全にすっぽ抜かしていた。この2つ入れたらキャラソン文化は死んでないどころか、まだまだ元気いっぱいだ。
あとはアイドル系みたいな、もともとキャラクターが歌うのがメインの作品のキャラソンも多いね。増田の知らない作品のキャラソンもいっぱい教えてくれてありがとう。カバーとかも多いのね。てかやっぱジャンプのキャラソン文化だけ絶滅しかけてない?大丈夫?
ただまぁ、あれだ。フルアルバムだのダウンロード配信のみだの、果てはBlu-ray特典だの、増田が子供の頃友達とキャッキャしながら買ってたキャラソンとは大分違うみたいだ。時代だね。
歌2曲とカラオケ音源(まじでこれの用途がわからん)2曲のシングルで1500円は子供にとっては大金だったわ。
ぐだぐだ言ってるけど、自分の好きなキャラクターが、ばーんとアルバムの表紙を飾っているのは嬉しかったよ。
あとは、個人的にあんた歌うキャラじゃないだろ!ってキャラソンがけっこう好きなので(極端なやつだとベジータ様のお料理地獄とか)ここで教えてもらった作品の中で一番増田が想像してたキャラソンに近いのは、ブルーロックだと思います。サッカーしなくて良いんですか。
タイトル | リリース年 |
---|---|
THE BEST OF DETECTIVE CONAN | 不明 |
ユリイカ (ジム・オルーク) | 1999年 |
ラプソディ・イン・ブルー (山下洋輔) | 1986年 |
ターミネーター2 サウンドトラック | 1991年 |
さんだる (たま) | 1990年 |
空と君のあいだに (中島みゆき) | 1994年 |
情熱の薔薇 (ブルーハーツ) | 1990年 |
フレンズ (REBECCA) | 1985年 |
TEAM ROCK (くるり) | 2001年 |
マトリックス サウンドトラック | 1999年 |
四季 (ヴィヴァルディ) | 不明 |
NEW JERSEY (Bon Jovi) | 1988年 |
マニアマニエラ (ムーンライダーズ) | 1982年 |
もう恋なんてしない (槇原敬之) | 1992年 |
夢であるように (DEEN) | 1997年 |
Teenage dream (DEEN) | 1997年 |
time goes by (Every Little Thing) | 1998年 |
夢を信じて (徳永英明) | 1990年 |
キミがいるから・・・/Twinkle Trick (奥田綾乃) | 2000年 |
ロビンソン (スピッツ) | 1995年 |
BLUESEED キャラソン | 不明 |
CYCLE HIT1997-2005 (スピッツ) | 2006年 |
COLORS (宇多田ヒカル) | 2003年 |
ムラヴィンスキー指揮6枚組曲集 (メロディア) | 不明 |
Tremolo e.p. (My Bloody Valentine) | 1991年 |
You’re living all over me (Dinosaur Jr.) | 1987年 |
奇跡の海 (坂本真綾) | 1997年 |
IMPRESSIVE (T-SQUARE) | 1992年 |
時の河 (FENCE OF DEFENSE) | 1989年 |
永遠の孤独 (小坂由美子) | 1992年 |
はじめてのC | 1987年 |
アウトラン セガS.S.T サウンドトラック | 1986年 |
「不明」とすまんけど1957年と2019年の外れ値は除いてExcelでカウント。
年 | 人数 |
---|---|
1970 | 1 |
1971 | 1 |
1972 | 0 |
1973 | 0 |
1974 | 1 |
1975 | 0 |
1976 | 0 |
1977 | 1 |
1978 | 0 |
1979 | 1 |
1980 | 0 |
1981 | 0 |
1982 | 1 |
1983 | 3 |
1984 | 3 |
1985 | 5 |
1986 | 10 |
1987 | 9 |
1988 | 18 |
1989 | 10 |
1990 | 20 |
1991 | 12 |
1992 | 14 |
1993 | 11 |
1994 | 12 |
1995 | 11 |
1996 | 15 |
1997 | 20 |
1998 | 8 |
1999 | 11 |
2000 | 4 |
2001 | 3 |
2002 | 1 |
2003 | 6 |
2004 | 2 |
2005 | 1 |
2006 | 3 |
2007 | 1 |
25~40年前の1985年~1999年頃リリースのCDが多い。
Copilot => 小中学生(文献:https://gakumado.mynavi.jp/freshers/articles/10920 )
これはあくまでも自分からの視点で、当人から見たらまた違うのだろうということに念を押しておく。これだけを鵜呑みにしないでほしい。
解除したのはいろいろ応援したりしてきたけどしばらく自分への当たりが強かったからとも言える。
最初は「それはダメなのか」と反省していたが他のリスナーがやっても良くて、自分がやると咎められるということが2回あった。あまり記憶に残ってないが間違いなく今回の一因ではある。
あるゲームの配信で「感動する場面で嬉々とチャンネル登録者数の話をしだした」ので、Xで名前こそ出さないものの「皆その感動の反応を目当てにしてるのに」と批判をしている人を目撃。俺は空リプではあるが「そこは配信者の自由だろう」と考えを示したらどういうわけかそのVは俺が批判していると思って配信中に嫌なら離れれば?とチクチクと遠回りに刺してくる。
ここで解除を考えたがその後彼女の家族が大変になり、情に脆い俺は居た堪れなくなりもう少し支援するかと継続。
彼女がある病気で体調を崩して配信を強行した時、罹ったことのある自分の経験上完治まで休むことをXで勧めた。その病気は簡単に悪化し、末期まで行くと取り返しのつかないことになるからだ。
しかしモデレーターが医師の了承を得てると言うので、なら負担にならないように静かにしていると言うことをモデレーターに伝えてあまりコメントせずに見守っていたら、後日日記で「思う通りにならなかったから怒るのって違わない?」と。最初は俺のことを言ってるとは思わなかったが、「あと遠い人になったのは違う、あなたがついていけてないの」と批判があって「ん?」とおもった。
前日に俺は公共の電波に乗った親しいご当地Vにお祝いと共に「遠い存在になったなあw」と軽口をXで伝えていたのだ。
ああ俺のX見てんのか、それともモデレーター(この時は相互)から伝わってるのか。とりあえず見られていることは理解した。
にしても「負担をかけないように静かにする」と伝わってないのか?
誤解を解こうかと思ったが、この手の思い込みの激しいのは相手にするだけ無駄、言いたいことだけ言って非を認めないというのは経験上理解してる。
この場合名指ししないことで「誰もあなたのことを言ってない」と逃げ道を作っているからだ。面倒臭え。
結局彼女が無理をしたツケはすぐに来た。俺の心配通りしばらく休む羽目になったのだが、本当に医師と相談したのかは疑問に残るところだ。あの病気で医師が配信を許可するとは思えないからだ。
故におそらく嘘だろうとは思ってるが、一介のリスナーでしかない俺はそこからは何も言えない。
そんな感じで彼女の支援がいままで続いたのは他のリスナーが誕生日サプライズを提案してくれたり、応援を盛り上げてくれてそれに乗って一時的にVとの関係が回復したりとあったからだ。
その配信の時のコラボ商品は俺がアレルギーがあるのでダメな奴だった。
ここで「欲しいけど食べられないのが辛い」とコメントしたのだが、その後Xで「企業様が見てるので食べられないとかネガティブなことを言わないでほしい」と。
え、これネガティブなん?
今だから言うけど、俺その系のコラボ責任者にされる身分だがそんなこと思わねーよ?
むしろ「ダメなのに欲しいと言ってくれてありがとう。こんなファンがいるこの人に任せてよかった」って思うよ?そこまで人気があるってことはまたこの人に任せられるってことだからね。
アレルギーがあるにせよその商品は買いました。物が来たらリスナーを続けてる人にあげるつもりです。
実は俺の仕事先で個人V案件コラボの可能性はあったのだが、彼女にうちのコラボの話を持ちかけなかったのはやはりその性質にある。
これは一見面白おかしくはあるが、一方的な見方でしかないからだ。相手には相手の言い分などがある。例えモデレーターともども被害を被ったからと言ってその話を鵜呑みにするようじゃ責任者なんて務まらん。
それにこんな堂々と他人のことを公に暴露する、悪くいうのはいずれ同じことをやる可能性がある。他のゲーム配信もだが問題あるリスナーの悪口を言ってたりと言うのもあった。
自分の感情を優先して自分の「大きくなりたい、コラボ案件が欲しい」などの夢と、皆が見てる公の存在と言う立場を自覚しない。
そんな人物にコラボを持ちかけるのは一責任者として認めることはできなかった。
結局このコラボの案は流れてしまったのだが、俺の判断は正しかったと思う。
まあこんな文書いている俺がいうのもなんだが。
そしてあるゲーム配信の時、彼女はあるガチャキャラに興味を示したので俺は「ストーリー見たら欲しくなるよ」とコメントしたが「匂わせてしまったか」と思った。このキャラはストーリーで著しい成長を見せ、しかもかっこいいキャラソンまで歌う。今までと扱いが違うのだ。この一言だけでストーリーでキャラがどんな扱いなのかわかると言ってもいい。
とりあえずこの程度(ストーリーに直に触れない程度)なら良いらしい。
後日別のストーリーを進めていた彼女がクライマックスに差し掛かった。このゲームのストーリーは必ずクライマックスで泣かせにくるのが定番で有名なのだ。
なので「ネタバレ、タオル用意」とコメントしたところ「匂わせやめてください!」と返信が。最初俺のおふざけに付き合ってくれたのかと思ったが、後でXで「ネタバレやめてって書いてるのになんでやるのかな」と。
地雷を踏んでしまったという奴だ。しかもわざわざすぐ特定出来る形でだ。当然これには俺も納得が行かなくて「じゃあこの前の反応はなんだったのか?」と反論しようと思ったがネタバレの大原則を思い出した。要はネタバレの定義は個人の裁量によるって話である。
例えばペルソナ5はリリース後しばらくはネタバレを禁止していた。同時に配信にロックをかけていたのは個人の裁量なので完全に防ぐことはできないと言うことと、ロックをしたという実績を無視して配信した場合、著作権法に問うことができるからだ。
企業がここまでやることに対し、一般人がやれることは「ネット断ちする」など自己防衛だ。
例えばあるVさんは「これはいいけどこういうのはやめてね」と自分の基準を示している。
「ネタバレ、指示はやめてね」が全面禁止ならば納得できるが、ならばこの前のうっかり匂わせは?と言うことになる。
じゃあどうするか。謝る?
そこまでしなきゃならんのは面倒臭え。そこまで付き合う義理もねえ。
今までのが積もり積もって手前ェには付き合いきれねえよって奴だ。
おそらく彼女はかつて同僚のことを暴露したように、憂さ晴らしや視聴数稼ぎにこの話をすると思う。これはその時のカウンターにするか。
できれば今の俺の憂さ晴らしで終わることを祈る。
チャンネル解除が視野に入った時、一方的な、本人に都合のいい内容の暴露を避けるために散々Xで攻撃的な一面を見せて「面倒くさい奴」を演じたんだ。少なくともモデレーターにはそう映ってるはずだ。頼むぜ。
あのむちむち原作を新アニメが再現したんだけど一部に不評らしい
でも流行りはむちむちだし、あかねは原作準拠で寸胴でいいと思う
旧アニメであかねがスタイル悪いって言われるの違和感あったんだよな
ここから作品を重ねると高橋留美子のキャラは細くなっていくんだけどむちむちがいいと思うようん
なんか島本和彦がそのへんの推移生放送で突然熱弁したら後で留美子に怒られてたの思い出したわ
あああと声優の話ちょっとすると、らんまと声優は人気を切り離せない存在で声優ブームの一つであったし変えるのはないと思ってた
まぁなんだ。好き勝手自分のらんまを語るのもいいが、らんまは高橋留美子のものなんだぞと改めて確認しておきたいね
多分今更地位とか名誉とか金とか求めてなくて純粋に自分の作品がまっとうに映像化されることを応援してんじゃないかなぁ
三ツ葉市のゆるキャラに葉渡賢治が選ばれた。
葉渡賢治が12,375票で1位、みつはきゅんが265票で2位、みっちゃんが76票で3位だった。みつはきゅんが三ツ葉市のゆるキャラに最もふさわしいと思ったので、葉渡賢治はみつはきゅんに投票したが、選ばれたのは圧倒的に葉渡賢治であった。そんな馬鹿なと思った。だいたい葉渡賢治は三ツ葉市のゆるキャラに立候補していない。しかし、それを言うならみつはきゅんもみっちゃんも、第4位の葉っぴぃも自らの意思で立候補したわけではないから、異議を申し立てる根拠としては不足しているだろう。第2位のみつはきゅんは緑色がイメージカラーのアニメのヒロインのようなキュートなキャラクターであった。第3位のみっちゃんは二頭身にデフォルメされた中性的なキャラクターで頭部に三箇所結った髪が三枚の葉っぱのように見える。第4位の葉っぴぃはギザギザの葉っぱが特徴の植物が地雷系ファッションに身を包むキャラクターであった。葉渡賢治は葉渡賢治だった。葉渡賢治38歳。三ツ葉市立三ツ葉第一小学校、三ツ葉市立第一中学校を卒業、三ツ葉市立三ツ葉高校入学・卒業、三ツ葉市立三ツ葉経済大学入学、大学卒業後は三ツ葉市の老舗和菓子屋・三ツ葉堂に就職、3年前に看板商品である三ツ葉大福製造ラインの責任者に就任、で今に至り、三ツ葉市のゆるキャラに就任。
市の命令で、葉渡賢治は市役所から徒歩10分の場所にある8畳1Kのアパートに引っ越しをすることとなった。他の自治体では大抵のゆるキャラは市役所の倉庫に押し込められているので、専用のアパートを与えられることはゆるキャラにとって異例の待遇である、と市の観光課の人間は言った。これまでは6畳1Kの部屋で生活をしていたので、わずかにグレードアップしたことになる。普通ゆるキャラはクルマを運転しないだろうし、ゆるキャラが交通事故で人を轢き殺すなどすればそれは前代未聞の事案で、どのように対処すればいいのか誰にもわからないので、リスク管理のためにクルマは売却が推奨され、それに従った。引っ越しとクルマの売却に伴って勤務先である三ツ葉堂への出勤が困難になったため、退職した。
就任式には何を着て行けばいいのかわからず、葉渡賢治はスーツで行った。市役所の3階。「それでは三ツ葉市の新キャラクター、葉渡賢治38歳さんです、拍手でお出迎えください」と女性の司会役が言い、俺が入室する手筈になっていた。葉渡賢治のゆるキャラとしての名前は、本名の他「38歳」まで含まれているのだと葉渡賢治はこの時に知った。つまり「葉渡賢治38歳」がキャラ名である。来年とかどうするんだろう、と思った。葉渡賢治は拍手で出迎えられ、ゆるキャラとしての葉渡賢治の姿がみなさんにお披露目された。ゆるキャラとしての葉渡賢治の姿というのは、この場合、スーツ姿の葉渡賢治のことである。昨日は髪を切り、家を出る前に入念に髭を剃り、ヘアオイルを付けて髪を乾かし、化粧水を顔に塗りたくるくらいのことはしたが、葉渡賢治が葉渡賢治であることには変わりなかった。
思ったよりも厚みのある会場の拍手の音で薄々気付いてはいたが、おびただしいカメラのフラッシュに意表を突かれた。葉渡賢治を見に来ている人がたくさんいた。マスコミとかだろうか。フラッシュの眩しさにしかめっ面になりそうになったが、そうだ、俺は三ツ葉市のゆるキャラなんだと思い出し、できるだけゆるキャラとしてふさわしい振る舞いをしようと心掛けた。少なくともゆるキャラはしかめっ面はしないだろう。そんなゆるキャラを葉渡賢治は見たことがなかった。三ツ葉市のゆるキャラに葉渡賢治が選ばれてからというもの、葉渡賢治はゆるキャラの勉強に余念がなく、大抵のゆるキャラの顔面にはうまく言語化できない愛嬌があることを発見していた。だから、葉渡賢治は笑顔とも微笑みとも無表情とも言えない、強いて言えば、いつも行っているラーメン屋でいつも通りの醤油ラーメンAセットをオーダーする時の表情(よく観察するとわかるが、殆どのゆるキャラはこの表情をしている)をして、大量のフラッシュをやり過ごした。
会場は大きな多目的室のような場所で、皆の衆目が集まる正面に、緑色背景に白抜きで三ツ葉市と書かれた市松模様の大きなボードが聳え立ち、その上に「三ツ葉市 ゆるキャラ就任式」と書かれた横断幕が設えられている。簡素な作りではあったが、今日の葉渡賢治のために用意してくれたかと思うと率直に感謝の念が溢れた。市長は既に市松模様の大きなボードの前面にいて、登場した葉渡賢治に手を差し伸べ、我々は握手をした。市長の手は大きくて温かく、焼き立てのパンのようだった。フラッシュが一層大きく焚かれる。醤油ラーメンAセット、醤油ラーメンAセットと葉渡賢治は念じて、パンのことはひとまず忘れた。マイクを持った市長が司会に促されて喋り始めた。
「えー、葉渡賢治38歳さん、今日からあなたは我が三ツ葉市をより一層盛り上げる存在として、大いに期待していますし、市一丸となってその活躍を後押しをしていきたいと考えています。よろしくお願いしますね。さて、三ツ葉市を躍進していく政策としては三枚の葉っぱがあります。昨日考えました。一枚目は教育。日本に誇る三ツ葉市立三ツ葉経済大学。ね。これがその大きな役割を担い、地域経済をますます活性化して行くでしょう。すごいですね。二枚目は産業。三ツ葉堂の三ツ葉大福がブランチで何回取り上げられたか知ってます? それはもうね、何回も取り上げられてるんですか? 三ツ葉市ってのは交通の要所ですから、お土産もたくさん売れるってもんですよ。ね。そして三枚目。それがこのゆるキャラですよ。これから、はま……、は……、はわ……、はわたり、けんたろう、だっけ? そうそう、あはは、ねぇ? ってーかビシッとスーツで決めちゃって、ゆるキャラなんだからゆるい格好でよかったのに。パーカーとか。あ、でもゆるキャラはパーカー着ないか。ね。誕生日いつ? いま何歳? あーね。そうそう、歳とったら名前の歳も一歳増やして、葉渡賢治39歳になるから。直木三十五みたいで格好いいだろ? あ、どうせなら漢数字にする?」
市長の演説が終わると、委嘱状が授与された。市長から確かに委嘱状を受け取った。酔っ払っているのかなと思ったが、その挙動は素面のそれで、特に酔っ払っているわけではなさそうだった。額縁に入っていて重みがあった。正面にそれを掲げるとたくさんのフラッシュが焚かれた。やがてマイクが手渡され、司会者が「葉渡賢治38歳さん、意気込みをお願いします」と言い、葉渡賢治が喋る番になった。何を言うべきか迷ったが、「大好きな三ツ葉市を盛り上げて行きたいと思いますので、よろしくお願いします」と言って礼をしたところ、隣の市長が「君、ゆるキャラってのは喋らないんだ。喋ってるゆるキャラを見たことがあるかい?」と耳打ちし、うっかりしていたと思った。「何かそれっぽいポーズでもしておきなさい」と市長は続け、俺はとっさに左手を自らの腰に当て、右腕を天に掲げたそれっぽいポーズをした。会場からは笑い声が漏れた。俺のゆるキャラとしてのコミカルさが会場の笑いを唆したのであれば、ゆるキャラとしての初めての仕事としては上出来だろうと思われた。やがて葉渡賢治は音楽に合わせて「みんみんみんなの三ツ葉ダンス」を踊った。ワルツだった。式典の最後で披露するから覚えてきてくれと言われていたやつで、おそらくこれも上出来だった。キャラソンで三拍子の音楽はあまりないように思われ、攻めてるな、と思った。左手を自らの腰に当て、右腕を天に掲げたポーズでダンスを終えた時、会場に迎えられた時と同じくらいの拍手の音が鳴った。
俺はこれからゆるキャラとしての自覚を持った暮らしをしていくことになる、と葉渡賢治は思った。給与は前職のものが引き継がれ、家賃は半額の補助が出る点も同様だったから、ひとまずは生活には困らないことになっていたのは幸運であった。おそらくゆるキャラはコンビニ弁当を買って食べないから、しっかりと自炊をすべきだろう。三ツ葉市を後押しするキャラなわけだから、肉よりも野菜多めの生活がいい。ゆるキャラにサプリメントを摂取するイメージはないが、活動を下支えする健康のためには取り入れるべきかもしれない。アルコールはこの際やめるべきだ。タバコはそもそも吸っていないが、タバコの原材料は葉っぱなわけで、敢えて喫煙を始めたほうがいいだろうか。いや、さすがにそれは考えすぎだ。タバコをスパスパ吸っているゆるキャラがどこにいる。夜は早めに寝て、朝は早めに起きたほうがいい。過度な筋トレはゆるキャラとしての外見を毀損するから、きっと避けた方がいいだろう。どちらかと言うと、ご飯をもりもり食べて丸々と太った方が愛嬌が出るだろうな。
初めての仕事は就任式から4日後の葉渡マラソン大会であった。パーカーを着て行った。一ノ葉町、二ノ葉市、三ツ葉市、四ツ葉町を合わせて葉渡地区と言い、一ノ葉町のいちかてゃ、二ノ葉市のにのの、三ツ葉市の葉渡賢治38歳、四ツ葉町のよもぎんが会場に来ていた。よもぎんを見るのは久しぶりだった。実は俺は小学生の頃、隣町である四ツ葉町のお祭りに行った際にたまたま会場に来ていたよもぎんを友人と共にふざけてボコボコにしたことがある。よもぎんはよもぎ団子を模した緑の丸いキャラクターで、そのふくよかな見た目は子供たちをして、体当たりをしてくれ、サンドバックにしてくれと言わんばかりのように思えた。よもぎんは複数の子供たちにもみくちゃにされながれも笑顔を保っていて、それが更に子供たちの加虐心を駆り立てた。子供のやることだったし、よもぎんは丸くて厚い「側」に覆われていたように思われたので、死活問題になるようなダメージはなかっただろうが、いま思えばむごたらしい仕打ちをしたものだと思える。
葉渡マラソン大会の会場にはキッチンカーなどが集まり、老若男女大勢の人で賑わいを見せた。マラソン大会という名のお祭りであり、我々ゆるキャラは集客のための賑やかしだろう。俺はランナーに手を振ったり、子供たちと触れ合ったりしながら、かつてのよもぎんのように四方八方からボコボコにされやしないか懸念していたが、杞憂であった。かねてより思っていたことであるが、最近の若い人は礼儀正しくて、思いやりがあり、優しい。「本当にリアル葉渡賢治だー」などと子供たちは言い、俺は求められるままに子供たちと握手をしたりした。
ひとしきりの子供たちが離散すると、大きな丸い物体が視界に入った。俺の記憶にある若々しい新緑のよもぎ色ではなく、数年に渡って浴び続けた太陽光線で色褪せ、汚れや黒ずみが目立つ、言われれば確かによもぎ餅かもしれない、という物体であった。側面にはわずかにへこみがあり、これはあの時に俺が蹴りを入れたへこみだろうか。よもぎんは俺の眼前に佇み、俺を見つめていた、気がした。実際のところは俺を見つめていたかどうかわからない。たいていのゆるキャラにはどこを見ているのかよくわからないようなところがある。何か言いたげなようにも思えたが、やはり実際に何か言いたいかどうかはわからなかったし、そもそもゆるキャラは喋るべきではなかった。やがてよもぎんは去っていった。俺の目は確かによもぎんの背を見つめていたが、何を思えばいいのかまではわからなかった。
葉渡賢治39歳は全日本ゆるキャラグランプリで審査員特別賞を受賞し、その名を全国に知られることとなった。同年、地上波テレビに初出演。つぶあん同盟という深夜番組で、芸人さんが1〜2分程度のネタをする番組だった。葉渡賢治には人を笑わせるようなネタがあったわけではないが、「おまかせで」というオファーを頂いていたので、三ツ葉市のPRをし、フル尺でオンエアされた。SNSや動画サイトでも切り抜かれて大いに拡散し、コアなお笑いファンを中心に話題になった。三ツ葉市は葉渡賢治のテレビへの出演オファーは全て受け入れ、それとは別にインターネット動画配信も精力的に行い、着実に人気を獲得していった。葉渡賢治39歳のグッズが制作され、三ツ葉駅で販売された。特にアクリルスタンドは好調な売れ行きのようで、葉渡賢治39歳を前面に押し出したパッケージデザインに刷新した三ツ葉堂の三ツ葉大福は前年に比べて売上が約25%向上したとのことである。
葉渡賢治40歳は全国を飛び回る多忙な日々を過ごした。市のPRのみならず、県や地方の宣伝にも駆り出された。グッズは39歳のものから40歳のものへ刷新され、商品数を増やしたこともあり、売上金額を更に伸ばした。アクリルスタンドの他、クリアファイル、Tシャツ、トートバッグは特に人気だった。終売となった葉渡賢治39歳のグッズはフリマアプリでプレミア価格で取引された。
葉渡賢治41歳は全13話で深夜アニメ化され、毎週のようにSNSでトレンドに浮上した。これは葉渡賢治の声優デビュー作でもある。実は葉渡賢治40歳10ヶ月あたりで極東経済という雑誌が「なぜ葉渡賢治は40歳でブームが終わるのか?」という挑戦的なタイトルで記事を出し、かなりページビューが回っていたようで、このまま葉渡賢治は終焉に向かうかと思われたが、アニメが起死回生の立役者となったというわけだ。
翌年には葉渡賢治42歳のマンホールが市内に5か所設置された。これは葉渡賢治の聖地巡礼をする観光者への秘策であった。さすがにマンホールは毎年デザインを刷新するわけにはいかないから、葉渡賢治アプリのカメラで撮影するとARで葉渡賢治の現状の歳が浮き出てくる仕様になった。就任時に動画サイトに投稿していた「みんみんみんなの三ツ葉ダンス」は葉渡賢治43歳4ヶ月の時点で1000万回再生を記録した。
葉渡賢治は45歳になり、葉渡賢治45歳になった。葉渡賢治45歳はアニメの時ほど多忙でもなく、しかしイベントに呼ばれればそれなりに盛況という、ライフワークバランスの取れた時期であった。できるだけ丸々とした愛嬌のある体型を維持しようとしていた葉渡賢治であったが、ここ最近は太りやすさを感じており、愛嬌のある体型をオーバーしているようであることが気になっていた。愛嬌とは丸々としていることであり、腹がだらしなく出ていることではないだろう。以前よりも頭髪が劇的に薄くなっているような気もしていた。
平日昼の帯番組「ひるとん」で、リリースされたばかりの新曲「三ツ葉にあつまれ!」のプロモーションのために生放送でダンスを披露することとなっていた。良く言えば安定、悪く言えば停滞していた葉渡賢治の人気を今一度ブーストするための満を持してのリリースであった。楽曲制作、MV作成、振り付けなど、「三ツ葉にあつまれ!」には潤沢な予算を投入したと聞いている。気合いを入れなければならない。
「さーて、今日は、三ツ葉市から特別ゲスト、葉渡賢治45歳さんが新曲を披露してくださいます。それでは聴いてください、「三ツ葉にあつまれ」です、どうぞ!」とアナウンサーが言い、スタンバイしている葉渡賢治の姿がモニターに映し出されたのが見えた。モニターに葉渡賢治の姿が映し出されたということは、生放送で全国のお茶の間のテレビにも葉渡賢治が映し出されているということだ。音楽が鳴り、葉渡賢治45歳は周りに従えたちびっこダンサーと共に踊り始めた。やはり子供の人気は不可欠とのことで、ダンサーは10〜14歳の男子2人、女子2人の4人であった。葉渡賢治の両隣に男女2人、後方に並んで男女2人という体制であり、葉渡賢治を合わせた計5人がステージで新曲を披露した。新曲の振り付けはデビュー作よりもテクニカルで、葉渡賢治の加齢と体重では踊り切るのが難しく、MV撮影時にはNGを出しまくり、現場はピリピリしていたように思った。葉渡賢治は醤油ラーメンAセットのことを考えながら生放送を踊り切ろうと思ったが、最近ではにんにくたっぷり餃子付きの醤油ラーメンBセットも気に入っており、迷いが生じた。曲の終盤、メンバー全員が2回転スピンを披露する箇所がある。2回転スピンとは、2回くるくるとその場で高速で回ることである。葉渡賢治はこれを苦手としていて、これがこの日最大の山場だろうと考えていた。
事件は起きた。いざ2回転スピンの場面になると、加齢、肥満、緊張など様々な言い訳はできると思うが、葉渡賢治は2回転目によろよろと右にバランスを崩した。葉渡賢治の右にはダンサー最年少である10歳の女性(本名非公開)が配置されており、不覚にも葉渡賢治は彼女に激突、葉渡賢治は彼女に覆い被さるように倒れ込んだ。この場面はSNSや動画サイトで切り抜かれて大いに拡散し、ネット民による数々の自発的な検証が行われ、「葉渡賢治の右手が女児の胸を掴んでいる」「葉渡賢治の唇が女児の首すじに触れている」「葉渡賢治の右膝が女児の脚と脚の間に入り込み、女児は開脚を余儀なくされている」「葉渡賢治の汗とよだれが女児の衣装に付着している」「葉渡賢治の息はにんにく臭そうである」「それ以降の女児の泣きそうな顔は見ていられない」「それでも最後まで踊り切った女児はプロ」「人生で一番気分の悪いものを見させられた」「葉渡賢治とかいうセクハラ野郎」「犯罪者」「消えろ」などという書き込みがあった。
どのゆるキャラにも否定的な意見は最低一つはある。養老塚市のよろよろには「どんくさい」、木宮町のきのやんには「アドリブが効かない」、千脈市のちーおには「正面を向け」など。しかし、彼ら/彼女らゆるキャラがいちいちSNSをチェックしてそれらネガティブな意見を閲覧して真に受けているようには思えないし、何しろ彼ら/彼女らにはゆるキャラという「側」が鎧のように装着されているように思われ、その無機質な「側」がダメージを吸収あるいは反発して無効化しているように葉渡賢治には思われた。その点、葉渡賢治はそれら誹謗を生身で受けざるを得なかった。葉渡賢治は葉渡賢治それ自体がゆるキャラだったからである。葉渡賢治はSNSはもちろん、ニュースサイトのコメント欄、匿名掲示板への書き込みなど、自らへの誹謗中傷を全てチェックした。なくなった仕事の退屈を埋めるように、まるでそれが葉渡賢治の仕事 Permalink | 記事への反応(1) | 17:38